プライベートのヒーロー・イン!訪問編

御屋敷?豪邸?いいえ要塞です!

 連日のテロ事件で、街は騒然としていた。

 停学中の狼流ロウルには関係ないが、G&C記念学園ガチこうは全学年が臨時休校となった。

 勿論もちろん、この時代のリモート学習技術は徹底しているので、誰もが持ってるオプホオプティフォンで授業は続いている。

 だが、リモート授業にダミーの自分を出席させておくくらい、お手の物だ。

 ただ、そうまでして物騒ぶっそうな街にり出すなど、狼流以外にいるとは思えない。


「と、思ったんだがなあ。俺以外にもバカがいたか」

「ワン!」


 勿論、例のパンダカラーの柴犬、ベコも一緒である。

 そして狼流は今、どさくさに紛れて部室から持ち出した英雄号を歩かせている。

 昨日はあのあと、事件直後のゴタゴタの中で真心マコロと別れた。周囲に喝采かっさいと声援を高鳴らせて、何故なぜかメイデンハートは軽自動車の上に着地。そのままサンルーフから車内に入って、ドアから出てきたのだった。

 真心の驚異的な早着替えを間近で見て、その間ずっと肌で感じていた。

 でも、また真心は「では、さよならです」と、そっけない態度で行ってしまったのだった。


「それにしてもあいつ、こんな場所に住んでるのか。さて……」


 赤信号で停止して、周囲の高級住宅街を見やる。

 そのまま、メインモニタの片隅にバックミラーの映像を表示させた。

 バックミラーといっても、後方警戒カメラに移った映像だ。

 そこには、見知った少女がコソコソとついてくるのが見える。キックボードで追える程度には、公道でのローダボットはゆっくりと歩くのだ。

 物陰に隠れつつ、こっちを伺っているのは……蘭緋ランフェイだった。


「どれ、ちょっとごめんなさいよっ、と」


 信号待ちの間に、その場で英雄号を反転させる。

 スムーズでなめらかな上体の荷重移動で、そのまま屈んで手を伸ばした。

 そして、そっと自動販売機の影から蘭緋を引っ張り出す。

 ほかならぬ蘭緋自身が調整した、新しいマニュピレーターがキュイン! と鳴った。以前より一回り大きくなっているが、器用で繊細な操作感は変わっていない。

 狼流は、蘭緋の襟首えりくびを人差し指と親指で摘んで引っ張り上げた。


『ちょ、ちょっと、先輩! ひどいッス! ……どうして完璧な尾行がバレたのだぜ?』

「どこが完璧だっての。てか、お前さあ」

『会長から聞いたッスよ! 先輩、真心先輩に会いに行くんスよね?』

「うん、まあ、そうだけど」


 あの事件のあと、夜にアイネからメールがあった。

 真心の住所を調べてくれたらしい。

 それが犯罪スレスレの行為があったであろうことは、予想だに難くない。

 でも、いつも「さよなら」と言って去る真心のことが、とても気になっていた。だから、それを察して情報を回してくれるアイネには、心の底から感謝していた。

 さっきまでは感謝していたが、今は微妙である。

 アイネは、蘭緋にもバッチリ話を漏らしていたのだった。


「とりあえず、下ろすぞ? 一緒に来たいなら、一声かけてくれりゃいいのに」

『……先輩、バカ』

「は? おいおい、なんだよ」

『先輩のっ、ヴァーカッバーカ! もう、知らないッス!』

「なんだよ、急に。どした? 機嫌なおせよ」

『なんていうか、はぁ……どうして自分、こんなのに……ま、いッスよ。自分も真心先輩の家に同行するッス。いつ出発する? 蘭緋院ランフェイイン! って感じス』


 トボトボとキックボードを押しつつ、蘭緋は英雄号に並ぶ。

 それならと、今度は狼流はそっと両手で彼女を持ち上げる。勿論、キックボードごとすくいあげるように静かに、丁寧ていねいに。

 そして、青信号で歩き出すと同時にコクピットのハッチを解放した。


「こっち乗れよ、蘭緋。狭いけど、お前小さいから大丈夫だろ」

「先輩よりはおっきーですー! 色々あちこち、ちゃんと育ってるんですー!」

「はいはい、わかったから」


 現行の道交法では、特別な許可や緊急の必要性がない限り、搭乗者は必ずコクピットに入ることになっている。手の平に乗せて歩けるのは、私有地や一部の業者、そして災害時などである。

 胸のコクピットに手を寄せ、同時に自分の手を伸ばす狼流。

 おずおずとその手を握って、蘭緋が入ってくる。

 彼女を横に招いて、再びハッチを閉じた。早速ベコが、ハッハ、ハッハと息せき切らして蘭緋に飛びついてゆく。犬属性同士、実に仲がいい。

 キックボードは、落とさぬように両手で包んで運んだ。


「こっちさ、あんまし来ないけど……割とブルジョアな住宅地だよな」

「そッスね。見てくださいよ、先輩。どこもかしこも、庭付きの一戸建て、それも豪邸スよ。って、こらこらベコ、くすぐったいスよぉ~、もぉ」

「いいよなあ、広い庭……自分の家でローダボットが動かせるもんなあ」

「……はあ、やっぱ先輩って」

「ん? ああ、そうそう。この角を左だ。左折して直進……そのまま真っ直ぐ突き当りが真心の家らしいぞ」

「は? いや、先輩……突き当り、って」

「……お、おおう。なんだこりゃ、そうきたか」


 大通りから小道に左折して、そして唖然あぜんとする二人。

 そのまま真っ直ぐであっている、というか一本道だ。

 真っ直ぐに道が、小高い丘へと続いている。左右に民家はまばらで、そこだけ森林公園みたいになっていた。そして、なだらかな坂道の向こうに大豪邸がある。

 古びた洋館という形容がぴったりな、雰囲気のある西洋建築だ。

 ともすれば、家というよりはちょっとしたお城である。


「うへぇ、あいつこんな家に住んでるのか」

「ま、負けた……うう、庶民じゃ太刀打たちうちできないッスよ」

「なんの勝負だか。生まれや育ち、家がなんだっての。ローダーローダボットに乗りゃ老若男女ろうにゃくなんにょみんな一緒だぜ?」

「それ、なぐさめてるんスか? ふふ、でも……そッスね」


 狼流は、ゆっくりと英雄号を歩かせる。

 もうすでに、角を曲がってから異世界だった。

 そこだけファンタジーのようで、真心姫が住むお城が近付いてくる。

 だが、すぐに今が西暦2045年だと思い知らされた。

 不意にメインモニターのすみに、小さなウィンドウがポップアップする。


『お客様、これより先は柊家ヒイラギけの私有地となります。アポイントメントはお持ちでしょうか』


 CGの執事が浮かび上がった。

 ややポップアート調の三頭身で、その見た目だけはコミカルである。

 だが、硬い口調は電子音声も手伝って酷く冷たいものに感じられた。


「あ、ども。えっと、真心……さん、いますか?」

御嬢様おじょうさまはただいま、トレーニングで外出中です』

「トレーニング……あっ、じゃあ少し待たせてもらってもいいですか」

『……少々お待ちください』


 丘へと続く道の半ばだが、もうその先は全て柊家の土地なのだろう。ということは、もしかしたら周囲の森も木々も全部だろうか? なんとまあ、スケールの大きな家柄いえがらだ。

 しばし停止していたCGの執事は、Piピィ! と小さく鳴って動き出す。


『申し訳ありません、アポイントメントのないお客様をお通しすることはできかねます。大変申し訳ありませんが、どなたかの紹介状等をご用意の上で、後日改めて――』

「や、そこまでの用事じゃないっていうか……と、とにかく、ここで待つだけでもいいですから」


 だが、不意に執事キャラの目付きが変わった。

 そして、左右の森からメカニカルな機械音が響く。

 サブモニターに寄り掛かるように張り付いていた蘭緋が、ちらりと横を見て血相を変えた。


「せせせ、先輩っ! なんか、複数の赤外線照射を確認、全部この英雄号をポイントしてるッス!」

「ロックオン、ってことか……え? な、なんで?」

「セキュリティレベル、無意味に高いスねぇ」

「だな」


 なにが飛んでくるんだろうか?

 ちょっと気になるが、大事な英雄号を危険にさらすつもりはない。

 多分、対人レーザーとかだろう。

 熱線が照射され、髪が焦げたり服が焼き切れたりする程度の……あくまで自衛のためのセキュリティだと思う。

 そう思うのが普通だ。

 だが、そんな狼流の予想を遥かに超える恐ろしいノイズが響く。

 森の奥からニョキニョキと、トーチカが生えてきた。そこかしこで、旋回する砲塔が照準を合わせてくる。ざっと目測で見ても、ローダボットが木っ端微塵こっぱみじんになるような大口径の大砲だった。

 蘭緋の腕の中で、ベコがギヌヌと小さく唸る。


「……ちょ、ちょっと、先輩?」

「うし! 帰るか!」

「そ、そッスね! ……じゃ、じゃあ、先輩、あのぉ」

「ん? どした、蘭緋。どっか、付き合ってほしいとこでもあるか? 乗せてくけど」

「ひゃっ! んんんん、もぉ! せっ、先輩、付き合ってほしいッス!」

「いいぜ。んじゃま、行くか。また今度、真心がいそうな時間帯に来ようぜ」


 何故か何故だか、蘭緋は滅茶苦茶めちゃくちゃ嬉しそうにはしゃいでいる。

 多分、尻尾しっぽがあったら千切ちぎれんばかりに振られていただろう。

 本当にそういう、わんこなとこが蘭緋にあって、狼流はそれが嫌いじゃない。おおかみの一文字を持つ身としては、同じ犬科なんじゃないかってくらいには蘭緋とは気があった。

 さてと、英雄号をUユーターンさせようとしたその時だった。


『あら? ひょっとして、狼流君ですか? 英雄号ということは、狼流君では……どうかしましたか?』


 足元の声をセンサーが拾った。

 それで思わず、狼流は英雄号の首をめぐらせる。

 背後を振り返れば、そこには健康的な汗に濡れた少女が立っていた。

 黒いスパッツに白いタンクトップで、モノクロームの乙女が呼吸を整えている。

 それは、会う都度つどいつも薄着、ともすれば半裸な柊真心ヒイラギマコロなのだった。

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