正義の死神か、救世主か

 それは狼流ロウルにとって、懐かしい新体験だった。

 そう、……同じようなことはずっと、ビデオゲームで何度も経験してきた。ロボットで戦うゲームに、ロボット同士で取っ組み合うゲーム。ロボットが見てる視点での、3Dシューティングゲームなどは大好きなジャンルだ。

 だから、遠隔操作リモートでメイデンハートを動かすのが苦にならない。

 最初こそぎこちなかったが、今では徐々に調子を上げてきていた。


「少年、そこの通路を右だ。68番の防犯カメラに、逃げ遅れた人が映ってる」


 アイネはナビゲート役を買って出て、先程から丁寧に情報を送ってくれる。

 彼女は光学ウィンドウの中身を随時更新しつつ、無数の映像の中から的確にルートを選択してくれていた。

 そして、狼流をアシストしてくれてるのはアイネだけじゃない。


「先輩、そっちのフロアに火が回ってるッス。防火扉、よろしくっ!」

「オッケェ! こっちの防火扉を閉めて……いたっ! 要救助者ようきゅうじょしゃだ!」


 蘭緋ランフェイの指示に従い、火の手が回る中で機体を動かした。

 その逆隣では、真心も真剣な表情だ。


「ええと、蘭緋さん。わたしはなにを」

真心マコロ先輩はベコをよろしくッス!」

「わ、わかりました。では、ベコをこちらに。よしよし、いい子いい子」


 狼流は徐々に、メイデンハートの操作に習熟してゆく。

 しかも、自分がナンバーワンヒーロー(の外側)を動かしているという興奮に胸が熱くなった。

 そして、すぐ横に密着してくる真心が、ベコを撫でつつ腕時計型のデバイスに声を吹き込む。


「そこの方、すぐに救助します。そこを動かないでください」


 狼流が何度も聴いた、メイデンハートの声だ。

 抑揚よくようがなくて、発音がキビキビと正確で、通りの良い玲瓏れいろうな肉声。

 今までは、やや電子的なエフェクトがかかってたようにも思える。

 だが、隣の真剣な横顔は、生真面目に犬のベコを抱えている。


「よし、抱きかかえて飛ぶ! 外へのルートは」

「西側はもう駄目だな。その通路を右へ折れて直進したまえ」

「従業員用のとびら、ロック解除ッス! そのままそのままー」


 要救助者は中年の女性で、どうやら脚を負傷しているらしい。

 恐らく、逃げる人混みの中で転ぶなどして、くじいてしまったのだろう。

 中の人が不在のまま、メイデンハートが両手で抱えて走る。

 すでにもう、先程まで女性が屈み込んでいた場所は炎に包まれていた。

 だが、狼流たち四人のコンビネーションは冴え渡っている。いつになく、部活の仲間たちとの一体感が感じられた。阿吽あうんの呼吸とまではいかないが、テンポよく救助と探索が進んでいる。

 自分の分身たる外装を貸してくれた真心も、声と言葉とで被害者を安心させていた。

 ただ、もう少し愛想あいそがよければなと思わないでもない狼流だった。


「うし! 外だ。消防と警察も来てるから、引き渡して任務完了だな!」


 他にも、ちらほらと駆けつけたヒーローたちが見える。

 巨漢の男はドスコイダーで、RIKISHIリキシヒーローとしてお年寄りに人気である。その彼が、ドスドスと地響きを連れて避難者たちを運んでいる。

 他にも、有名所ゆうめいどころがそこかしこで活躍していた。

 アイネが小さく舌打ちしたのは、そんな時だった。


「まずいぞ、少年。逃げ遅れた人がいる。これを見てくれ」


 アイネが人差し指で、トンと空中の光学ウィンドウをプッシュする。

 そして、狼流の目の前に驚愕きょうがくの映像が滑り込んできた。


「なっ……姉貴あねきっ! 先輩、場所は!」

「上のフロアだな。カメラのナンバーは127番……4階のフードコートの方だ。これじゃ、焼き肉をおごるどころか丸焼きになってしまうね」

「ちょ、ちょっとちょっと、先輩っ! 上手いこと言ってる場合じゃ」

「わかってる、冗談だ。急いでメイデンハートを向かわせてくれ給え」


 既にもう、狼流は両手で見えないハンドルを握っている。

 だが、遠隔操作がなんだかもどかしい。

 今にも、軽ワゴンを飛び出て駆けつけたい気持ちをぐっと抑える。

 となりの真心だけが、大きな瞳を瞬かせていた。


「フードコート、というのは確か……美味おいしいたこ焼きが食べられる場所」

「ああ! 今はもう、それどころじゃないけどな」

「……わたしが直接出向きましょう。炎の中でなら、正体をさらさずに装着できるかと」

「危ないからやめとけって、真心。それより、そっちのウィンドウでパラメータをチェックしててくれ。……実際、メイデンハートはどれくらいの高温に耐えられるんだ?」

「父様は、太陽の中に放り込んでも大丈夫だと言っていました」

「マジかよ! さっすが、頼もしい! おし、最短ルートを強行突破だ!」


 もう、周囲では消火作業が始まっている。

 だが、放水を受けても炎は収まるどころか一層激しく燃え上がる。

 恐らく、断続的に建物の中で響く爆発のせいだ。


「直接外から4階に突入する! 壁を蹴破り、炎を突っ切るぞ!」

「狼流、メイデンハートのキック力は500mmミリの合金板をも蹴り抜きます。行けるかと」

「おっし! 待ってろよ、姉貴!」


 メイデンハートが、背に広がる光の翼を羽撃はばたかせる。そのまま勢いをつけて、鋭角的な飛び蹴りで壁を突き破った。吹き出す炎に晒されながらも、そのまま業火の中へと突き進む。

 ちらりと横目に見れば、真心はウィンドウに浮かぶ数字の羅列を目で追っていた。


「表面温度上昇、ですが機能に問題なし。全センサー、感度全開……狼流、そのまま進んでください。っと、いけませんベコ。おとなしくしてください、どうどう」


 ガシャガシャと音を立てて、メイデンハートが走る。

 市民のいこいの場だったフードコートは、火の海と化していた。

 ちらりと見たが、たこ焼き屋の看板が音を立てて燃えていた。

 気のいいおじさんが焼いてくれるのだが、無事逃げ延びていることを祈るばかりである。そして、防犯カメラの映像をチェックしていたアイネが、珍しく焦りを声に出す。


「しまった、60番代のカメラが全て死んだか……まずいぞ、少年っ!」

「大丈夫です、こっちのほうでモニターできて……いたっ! 姉貴を見付けました! ……怪我人か? 人を背負せおってる」


 陽炎かげろうが揺らめく高温の中に、見慣れた矮躯わいくを発見した。

 それは間違いなく、一緒に育った姉の麗流レイルだ。

 幼い少女にしか見えない彼女は、必死の形相で歩を進める。その肩に、ぐったりと動かなくなった男をかついでいた。

 狼流が初めて見る、仕事の時の姉の顔。

 その表情は、普段の朗らかで明るい脳天気さがない。

 そして、必死で歯を食いしばる姿は間違いなく、密かに敬愛している姉だった。


「よし、真心! メイデンハートとして呼びかけてくれ。……真心?」


 向こうの方でも、メイデンハートを見付けてくれた。

 かろうじて麗流が、手を上げ叫ぶ声が聴こえる。

 だが……その時突然、真心がとんでもない言葉をマイクに吹き込んだ。


「……そこまでです。


 一瞬、軽ワゴンの中で空気が重く凍った。

 狼流も、真心がなにを言っているのか理解不能だった。

 そして、画面の中の麗流も硬直してしまっている。

 スピーカーを通して、震える姉の声が伝わってきた。


『メイデンハート、何を言ってるんだ! 要救助者だぞ! アタシはいいから、この男を頼むっ!』


 だが、狼流の直ぐ側で冷たい声がわずかにとがる。


「その男はヴィランです。名は、インビジブル・ボマー……過去に41件の爆破テロに関与したとされる、未登録超人みとうろくちょうじんです」

『なっ……それがどうしたっ! 今はただの怪我人だ! いいから早く、ゲホゲホッ!』


 思わず狼流も、となりの真心にグッと詰め寄る。

 鼻と鼻とが触れる距離、互いの呼気が肌を撫でる近さだった。


「真心っ! そんなことはどうでもいい! 姉貴が危ないんだ!」

「インビジブル・ボマーを倒したあとでも、飛鳥麗流アスカレイルの救助は間に合います」

「そういうことを言ってるんじゃない!」

「あの男は危険なんです。……いえ、でもおかしいですね。何故なぜ、今回に限って逃げ遅れているのでしょうか。ふむ……」

「ああもうっ、いい! もういい! 俺に全部預けろ、真心っ!」


 アイネと蘭緋の二人は、言わずもがなの呼吸で作業を続けていた。

 あっという間に、狼流の操るメイデンハートが麗流に駆け寄る。

 すぐ側に落ちていた、たこ焼きののぼりばたを拾って、その布地で男ごと麗流を包み込む。気休め程度だが、これからは炎をくぐっての脱出になる。

 そして、無敵のメイデンハートと違って、生身の人間を炎にさらすのは危険だ。

 例えヴィランでも……超人でも、危ういことに変わりはない。


「……狼流君」

「なんだ、まだなにかあるのか? 真心、ヒーローの役目ってなんだ!」

「悪を倒すことです。ヴィランは悪、非合法な超人なのですから。でも――」


 でも、と言葉を濁して、珍しく真心が難しい顔をした。

 表情自体は変わっていないし、いつもの端正なまし顔だ。

 しかし、狼流には彼女の揺れるひとみが悩んでいるように見えたのだ。


「飛鳥麗流を、狼流のお姉さんの救助を最優先します。インビジブル・ボマーに関しては、二人が生き延びてから対応しましょう」

「おうっ!」

「では、狼流。システムを解放し、わたしの権限に置いて機能限定解除を行います。メイデンハート、フェイズ02……移行開始」


 突然、メイデンハートの全身に光の筋が走る。紅白に塗り分けられたその姿が、ほのかに輝き始めた。そして、背の翼が大きく広がってゆく。

 光の翼をひるがえして、すぐにメイデンハートは二人の要救助者を抱え上げた。

 同時に、狼流は新しく表示されたコマンドを選択し、見知らぬ力を実行する。


「真心っ、これは、この技は! 名前は!」

「メイデン・ノヴァです。短時間ですが、強力なエネルギー力場フィールドを形成し、外部からのあらゆる物理的な干渉を遮断します。展開は最大で180秒、これなら炎の中を二人を抱えて飛べますので――」

「わかった! うおおおっ、メイデンッ、ノヴァアアアアアッッッッッッ!」

「……何故、叫ぶんですか? 意味不明です、が……なんでしょう。この、感覚、は」


 メイデンハートを中心に、光の波長がゆらいで球形に広がる。

 光に包まれ、光そのものとなったメイデンハートは、んだ。飛んで、飛び出し、空へぶ。一瞬で頭上の天井を蒸発させ、大空の中へと突き抜けた。

 それは、大型商業施設ジャシコが音を立てて崩れ落ちるのと同時だった。

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