炎の魂、氷の知性

 決然とした怒りがあった。

 全身の血液が沸騰ふっとうしたかのように、狼流ロウルの身体が燃えていた。

 だが、激情に後押しされる気持ちとは裏腹に……思考がクリアになってゆく。

 激昂げきこうに近い状態の中で、狼流の脳は最善の行動を探していた。


「ロボットは武器や兵器じゃないっ! そして、メイデンハートは! 真心マコロはっ!」


 見上げるショッピングモールの屋根に、巨人が居座っている。

 今も小脇に、黄色い小さなハッチバックを抱えていた。

 その中には、母親と二人の子供が閉じ込められている。

 それが人質ひとじちで、どのヒーローたちもヴィランに手出しができないでいた。

 だが、それ以上に狼流を突き動かすものがある。

 自分だけが知る、ナンバーワンヒーローの秘密。誰もが『』だと想っている、一人の少女の真実だ。


「ロボは! ロボットは! 夢と浪漫ロマンとで、できてん、だーっ!」


 警察のローダボット――パトローダーと呼ばれるハイパワーモデルだ――を振り払い、それでも追いすがる手を無視する。二機の警察車両を引きずったまま、英雄号は雄々しく力強い歩みで前に出た。

 そして、大きく両腕を振り上げる。

 今がその時だとばかりに、狼流は叫んだ。


「うおおっ! ロケット、ハァァァァンドッ!」


 スーパーロボットのド定番、お約束のように両肘りょうひじが火を放つ。

 そのまま、左右の前腕部が空へと向かって打ち出された。

 斜陽の光を浴びて、炎と雲とを引きながら剛腕が飛ぶ。それは、回収できるように有線接続されていた。ケーブルの長さは100mメートル、この距離なら問題はない。

 そして、その時にはもう……ハンドルを握る狼流の手が開かれる。

 即座に手元のリング型コンソールが、狼流の動きを英雄号の手にリンクさせた。


『なっ、なにっ! 馬鹿野郎ばかやろうっ、人質がいるんだぞ!』


 口々にヒーローたちが叫ぶ中で、マスク・ド・ジャッカルの声がはっきりと聴こえた。

 だが、狼流は迷わず操作に集中する。

 そして、彼が信じて疑わぬ鋼鉄の乙女スティールメイデンが……そのバイザー状のアイセンサーに光を走らせた。表情のない硝子細工ガラスざいくみたいな頭部に、真っ赤な双眸そうぼうが光る。

 外からは普段は見えないが、メイデンハートも英雄号と同じツインアイのセンサーを持っていたのだ。

 巨人は当然のように、軽自動車を盾にしてきた。


『馬鹿がっ! 今どきそんなロケットパンチ、誰が喰らうかよぉ!』

「ロケットパンチじゃない、ロケットハンドだ! 殴る以上のことができる、明日をもつかむ希望の手だっ!」


 そう、握ったこぶしではない。

 五本の指を持つ、人間と全く同じ手だ。

 後輩の蘭緋ランフェイが、全てを注ぎ込んで作り上げたマニュピレーター。その精巧にして緻密な完成度が、完全に狼流の手の動きをトレースして動く。

 ガシン! と頭上で英雄号の両手が、軽自動車を掴まえた。

 完全に掴んで、握って、固定した。

 そのまま狼流は、ロケットハンドのケーブルを超電磁モーターで巻き取る。

 大男は引っ張られて落ちそうになり、辛うじて屋根の上で踏ん張った。


『こっ、こんなろぉ! たかだかローダーにやられるほど、超人の力は甘くないぜ!』

「ああ、知ってるさ! ……思い出したぞ、先月アメリカの事件を起こした奴だ! 能力は巨大化……通常時から大きくなる際に、巨大化したサイズに比例してパワーアップする能力!」

『御名答ぉ! だがなぁボウズ! 知ってても勝てない、それが超人! 勝たせないのがヴィランなんだよぉ!』

「自分でヴィランて名乗るような奴に、俺は負けないっ!」


 パワーは拮抗きっこうしていた。

 だが、それは狼流も計算済みである。

 英雄王は旧式ながらも、高トルクとハイパワーを実現したカスタムモデルだ。そんじょそこいらのローダボットとは格が違う。

 なにより、無数の先輩たちがつちかった力に今……狼流のたましいと知性が宿っている。

 すぐに狼流は、英雄号をジャンプさせた。

 本体に両腕を引っ張るのではなく……


『なっ、なにぃ!? 突っ込んできやがる!』

「今だっ、真心! いっけえええええっ! メイデンハアアアアトッ!」


 ガキィン! 両腕が再び英雄号に合体する。

 同時に、密着の零距離ゼロきょりに上昇した狼流は愛機にフルパワーを念じた。その通りに操作し、その場で軽業かるわざを見せつける。

 両手でしっかりとホールドした軽自動車を、巨人から取り上げる。

 その反動でバク転、後方へ一回転しながら強烈な蹴り上げを見舞った。

 ちょうど、巨人のあごへとサマーソルトキックが炸裂する。

 その一撃が生んだ間隙かんげきを、この場の全てのヒーローが見逃さなかった。

 なにより、メイデンハートが真っ先に風となっていた。


『ぐあっ!? クソ、このガキがぁ! ローダー風情にこの俺が――』

『人質の解放を確認……ヴィランを鎮圧ちんあつします』

『くっ、メイデンハート! このガタイの違い、いかなナンバーワンヒーローだろうと!』

『……排撃はいげき撃滅げきめつ


 高所でバランスを維持しつつ、巨人はメイデンハートに殴りかかった。

 だが、巨大な筋肉質の男に対して、あまりにメイデンハートは小さく細い。

 あっという間に腕と指とをすり抜け、彼女は背後に回り込んだ。

 そのまま、驚くべき光景が周囲をアッと言わせる。

 着地して車両を地面にそっと置いた狼流も、唖然あぜんとしてしまった。


『なっ……ば、馬鹿なぁ!』

『馬鹿は貴方あなたです。無辜むこの市民を襲い、暴力で己の主張を通そうとする。大馬鹿者です』

『うっ、うるせえ! 国際超人機構の飼い犬がっ!』

『それと……わたしは機構に登録された存在ではありませんので』

『なっ!? そ、それじゃ……お前、俺たちヴィランと』

『一緒にされては困ります。わたしは……わたしは、マシーン。偉大な超人おとうさまが生んだ、ナンバーワンヒーローです』


 小さな体で、メイデンハートがヴィランを持ち上げる。

 そう、まるで出来の悪いCGアニメーションを見ているかのような気分だ。

 メイデンハートは両手で掴んだ巨人を、軽々と頭上にリフトアップした。背中側から持ち上げられては、巨大なヴィランも両手両足をばたつかせるしかできない。そして、全力で暴れられても、メイデンハートはびくともしなかった。

 そのまま彼女は光の翼を広げて、ゆっくりと地上に降りてくる。

 着地と同時に、メイデンハートは無造作に道路上へヴィランを放り投げた。


『ぐえっ!? く、くそ……こんなことで、俺が……くそぉ!』


 複数のヒーローによって、巨大ヴィランは拘束された。

 ここぞとばかりに、マスク・ド・ジャッカルのムーンサルトプレスが炸裂し、そのまま抑え込まれる。わらわらと大勢のヒーローたちによって、ついに悪は倒された。

 その時にはもう、夕日はビルの谷間に消えかけて、宵闇よいやみが訪れようとしていた。


「ふう、よかった……どうやら無事、解決みたいだな!」


 狼流も、ひたいの汗を手の甲で拭う。

 足元では、車から降りた母親が二人の子供を抱き締めている。

 とほうもなく、恐ろしかっただろう。

 子供たちには、恐怖の記憶となって未来永劫残るかもしれない。

 だが、覚えておいてほしい。

 その恐怖から救ってくれた、白銀しろがね戦乙女ワルキューレを。

 それを手伝った、ただの一般人が駆るローダボットを。


「これにて一件落着! だなっ!」


 酷く気分がよかったが、狼流の大冒険もそこまでだった。

 周囲のヒーローのうち、手の空いた数人が英雄号を包囲する。そればかりか、警察車両も先程より増えて、無数の警官が銃を向けていた。

 左右のサブモニターと、正面のメインモニター……全てが疑念の視線で満ちている。

 ひきつる笑いを浮かべるしかなく、狼流はハーネスを外して立ち上がった。

 コクピットのハッチを開放すると、夕闇の冷たい風が吹き込んでくる。

 手を上げ、一歩踏み出して現実に向き合い、改めてしでかしたことの重大さを知る。


「そのまま降りてきなさい! 両手はそのまま!」

「巡査部長、手を使わないとコクピットからは降りれなくないすか?」

「う、うるさいな! 武器を持ってるかもしれないだろ!」

「いや、どう見てもヴィランから市民を助けましたよね。まあ、それでも……あー、ゴホン! そのまま免許証と車検証を持って降りてきなさい! 悪いようにはしないから!」


 咄嗟とっさにカッとなって、踏み込んではならない領域に突っ込んだ。

 この世界では、ヴィランの起こす事件はヒーローが解決することになっている。同じ超人同士でなければ、無用な被害が拡大するからだ。警察も一般人で構成されているので、あくまでも援護と事後処理だけである。

 超人たるヴィランの暴力は、同じ超人のヒーローが片付ける。

 特殊な突然変異の遺伝子を持つ者同士で戦うのが、この世界の常識だ。


「えっと……これ、まずいなあ。停学かな? 停学で済めばいいけどなあ」


 校則違反どころか、法律違反である。

 だが、その時……まだ弱い満月の光を背に、よく響く声が降りてきた。


「デュワッ! 急いで飛んできてみれば、すでに解決していたか! しかも、愉快ゆかい! これすなわち、勇敢なる少年の勇気なり!」


 突如、黄金の巨人が天空より舞い降りた。

 全身が金色に輝き、青と赤のラインが彩りを添えている。一見してのっぺりとしたシルエットは、細身ながらもマッシブな肉体美。そして、大きな瞳が強い光を湛えていた。

 光の巨人の正体は、ウルティマイト……メイデンハートに次ぐ実力、世界ナンバーツーの実力を誇るベテランヒーローである。


「みんな! 警察の皆さんも! ウルトラお疲れ様です! この一件、私に預けてほしい! 越権行為を通り越した違法介入、しかし少年は民を救った! あのメイデンハートをも苦境から助けたのだから!」


 その場の全員が「は?」「え?」「お?」と言葉を失った。

 勿論、許してほしいなんて想っていなかった狼流もだった。

 だが、メイデンハートだけが冷静に静かな口調で言い放つ。


「そういうことでしたら、異論はありません。では、わたしはこれで」


 星がまたたき始めた空へと、メイデンハートは飛び去った。

 そして、その場には腕組み仁王立ちで笑うウルティマイトの声だけが響き続けるのだった。

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