ドキドキのヒーロー・イン!停学編

英雄的でも、ヒーローではないから

 狼流ロウルは、夢を見ていた。

 自室のベッドで、失意の中で夢を見ていたのだ。

 そう、英雄号で大活躍をした彼は……そのあと、こってりと大人たちにしぼられた。学校側から怒られ、警察関係者に説教され、ヒーローたちにも釘を刺された。


 ――守るべき子供が危険を犯しちゃ、こっちも商売あがったりだ!


 当然の言葉で、全くもって弁解の余地がない。

 そして、憧れのメイデンハートは……真心マコロは、そっけない態度で飛び去ってしまった。

 ダブルでショックだったが、そんな狼流にウルティマイトだけが笑っていた。


『ハッハッハ! 少年! ウルトラドンマイ、だっ! なに、若気わかげいたりさ……そういう元気さ、やんちゃさだって守っちゃうのがヒーローだからね!』


 メイデンハートに次ぐ、ナンバーツーの超実力者にして大ベテラン、ウルティマイト。全身を不思議なボディースーツで覆った、黄金おうごんの巨人だ。その姿は、今回のヴィラン同様に巨大化もするし、腕からは高出力のビーム光線を発射することもできる。

 ギリシャの大理石で出来た神像ゼウスみたいな体躯たいくのヒーローだ。


『なぁに、ウルトラ反省して次から気をつければいいさ。それと、いいローダボットだね! うちの愛娘まなむすめもローダボットには詳しいが、こんなに改造を重ねるとなかなか……どれ! 私がサインしてあげよう!』


 狼流は一つ、わかったことがある。

 何故なぜ、世のヒーローファンたちがメイデンハートを『だってロボットだし』と、どこか敬遠するのかを。代わって、彼こそがナンバーワンのはずだと、ウルティマイトをすのかを。

 そのウルティマイトだが、どこからともなくサインペンを出した。

 英雄号の頭部にまた一つ、ヒーローのサインが増えてしまったのだった。


「うう、プレミア……ウルトラ嬉しいです……で、でも、俺は……俺はっ!」


 いつもの時間に目が覚めた。

 まだ朝の六時前、外ではすずめがさえずりを連ねている。

 今日もいい天気で、カーテンの隙間から朝日が部屋へと差し込んでいた。

 そして、これまたいつものように狼流は飛び起きる。

 そのまま、枕元の目覚まし時計を光のような速さでプッシュした。

 うるさく鳴り出す直前で、時計は沈黙する。


「ふう……いつものくせで起きてしまった。今日はこんな早起き、しなくてもいいのにな」


 そう、今日は自主練する気分にはなれない。

 いつもなら、狼流は軽いランニングで近所の公園に走り、ストレッチをして、サーキットトレーニングの動画をオプホオプティフォンで見ながら体を動かす。

 今も昔も、パイロットは身体が資本、体力勝負だ。

 小さなコクピットに自分を押し込め、常に冷静な自分をキープしなければいけない。過酷な密閉空間で、長時間の戦いが必要になる時もあるだろう。

 モア、パワー! モア、スタミナ!

 狼流は身長こそかなり足りないが、日々の鍛錬を欠かさなかった。


「……二度寝、するか。よし、そうしよう」


 今日は、そんなスパルタな自分とはお別れだ。

 だって……だって、

 そう、全て昨日の大立ち回りが原因だ。

 校長はカンカンに怒って、担任の女教師は真っ青になっていた。

 新学期早々の無期限停学、暗い春の始まりだった。


春眠暁しゅんみんあかつきを覚えず、だな……寝よ寝よ」


 もそもそと狼流は、ベッドに戻る。

 だが、布団ふとんを被った瞬間……不意に部屋のドアが開かれた。

 蹴破けやぶられたという表現がぴったりなくらい、荒々しくバン! と全開になった。


「オラオラァ! おはようございますよぉ! 起きろ狼流ッ! 美人でかわいい姉様が起こしてやるってんだオラァ!」


 キンキンと耳に響くアニメ声が、荒々しい言葉を連続でうたった。

 そして、ジャージ姿の少女が……まだ少女にしか見えない女性が、乱入してきた。

 咄嗟とっさに狼流は、慌てて身の安全をはかる。

 ベッドから飛び降りれば、一秒前の自分が強烈な飛び蹴りで射抜かれた。

 そのままベッドの上に仁王立ちで、姉が腕組み振り返る。


「おうおう、狼流っ! 今朝のトレーニングはどうした! パイロットは体力勝負、体力こそが力! 力こそがパワーだ!」

「な、なに言ってんだよ麗流レイルの姉貴! ノックくらいしてくれ!」

気遣きづかいは無用っ! 気にするな! アタシは気にしない!」

「気にしてくれ! 気遣いを求めてるの、俺の方だから!」


 そう、万年活火山みたいに苛烈なこの女性は、狼流の姉だ。

 名は、飛鳥麗流アスカレイル

 母子家庭の飛鳥家で、狼流の面倒を見てくれてる女傑じょけつである。

 因みに麗流は消防署でローダボットのパイロットを務めるファイヤーウーマンで、二人の母は航宙自衛隊こうちゅうじえいたいでやっぱりパイロットをしている。


「そういやぁ、狼流っ! お前、停学になったらしいな!」

「え、あ、お、おう……ゴメン、そうなんだ。実は」

「でかしたっ! いや、今この瞬間もでかしてる! よくやった!」

「……へ?」


 飛鳥麗流、22歳。

 時々、この姉のことがわからなくなることがある。

 狼流にわかっているのは、料理が上手くて、家事全般が得意で、そして自分より小さい小学生みたいなお姉ちゃんだということだ。

 ただ、どういう訳か滅茶苦茶モテる。

 を、これまで山程見てきた。

 それに、狼流は姉がここぞという時に作ってくれる優しいオムライスが好きだった。

 その姉が、フフンと鼻を鳴らしてのけぞり笑う。


「アタシは今日っ、非番だ! 明日もだ! さあ、アタシに付き合え!」

「えー、ちょっと、さあ……俺、そういう気分じゃないんだけど」

「結構だ! そういう気分じゃなくても、すぐにそれっぽい気分になる! さあ、アタシと来いっ! まずは朝飯だぁ! お前の好きなフレンチトーストを焼いてやろう!」

「えっ、それ嬉しい……けど、いいよ。なんかさあ、俺さあ」

「あーもうっ! アタシの弟なのにグダグダとっ!」


 ベッドからダイブして、麗流が抱き着いてきた。

 この世で自分より小さい女の子を、狼流は姉しか見たことがない。

 その姉が、全身を浴びせてきた上にギュッと抱き締めてきた。


「停学がなんだ! 狼流、お前は正しいことをした! ただ、目的がよくても手段がダメダメだった、それだけだ! そんなの、これから学んで鍛えて、死ぬような思いでアレコレ経験積めばいい!」

「いや、死ぬような思いはちょっと」

「アタシのことは気にするな、今日と明日は狼流の側にいてやる! 一緒にゲームを遊んだり、昼飯にお好み焼きを焼いたり、夜は焼き肉にでかけよう!」

「……それ、いつもの姉貴あねきの休日じゃん」

「よし、決まったな! ならばまずは朝飯だ!」

「ちょっと、人の話聞いて!? 決まってないから!」


 だが、麗流はギュー! っと狼流を抱き締めてからようやく離れた。

 そして、フフンどうだ参ったか、というドヤ顔で見上げてくる。

 この姉には勝てない……そして、いつも助けられてばかりだ。

 少し落ち込んでいた気分が、妙に晴れ渡るのを狼流は感じていた。


「ま、いいけどね。俺、姉貴のフレンチトースト好きだし」

「おうっ! バターとメイプルシロップでくたくたになったやつだぞ!」

「それと、今日はトレーニングをサボってごめん。明日はちゃんとやるから」

「それな! そうだぞ、狼流……千里の道も一歩から、継続は力なり、だ! そう、力なり! 力こそがパワー!」

「いやそれ、同じ意味だから」


 そんな時だった。

 平屋建ての極めて国民的アニメな我が家の、その玄関でチャイムがなる。

 ピンポーン、と呑気のんきな音が響いて、狼流は慌てた。

 だが、麗流はいつもの泰然たいぜんとして揺るがない様子でドスドスと部屋を出てゆく。


「あれ、なんだろ……新聞? なら、遅いよな。牛乳配達でもない。これって」


 もそもそと狼流も部屋を出た、その時だった。

 もの凄い不機嫌そうな声で姉が叫んだ。

 絶叫、ともすれば怒号といった感じの腹からほとばしる声だった。


「ガッデームッ! クソォ、狼流! お前の友達だ、悔しいが弟に友達がいただなんてな! よかったよ、ああもう、本当によかったよ! ド畜生ちくしょォ!」


 全然嬉しそうじゃない。

 そして、何事かと思って玄関に行くと、見知った顔が並んでいた。

 意外だ。

 でも、驚かない。

 むしろ、嬉しい。

 だよな、ですよね、という感情が図々ずうずうしくも湧き上がった。

 ガタピシと古風な引き戸の前に、二人の女子高生が立っていた。


「やあ、少年。停学おめでとう。あ、これは土産みやげだ。そこのドーナッツ屋で買ってきた」

「ういーッス! てか、先輩! なんで英雄号の両手、ブッ壊したんスか! ちょっと信じられないス! 右手だけでも中指と薬指の第二第三関節が……ちょっと、聞いてるスかっ!」


 そこには、アイネ・ガーシュタインと張蘭緋チャンランフェイが立っていた。

 部室でいつも会う、いつものままの二人がいた。

 そして、不機嫌な自分を隠そうともしない姉がニヤリと笑う。


「なんだぁ? わっはっは、そうか! お前たち、狼流の友達か! このアタシの弟の、友達なんだな! よしよし、入れ! 上がっていけ!」


 自分で弟を独占するのも好きだが、他者と関わりを持つ弟も好き。

 麗流はそういう女だった。

 すごーく面倒臭くてこじれまくった、純粋なまでに歪んだ弟愛おとうとラブを持つ女性なのだ。

 だが、アイネはいつも通りの『世は全てこともなし』といった平坦さで言い放つ。


「あ、ども。どうかお気遣いなく。それとな、少年……もう一人、紹介する。まあ、そこで出会ったというか、拾ったんだが」


 アイネは、目を白黒させる狼流の前に、一人の少女を引きずり出した。

 その女の子は、今日は日本晴れなのに雨合羽あまがっぱを着ている。

 ビニール素材が微妙にけて、白い肌と起伏が嫌に強調されていた。

 そして、足元をグルグルと牛柄の柴犬が回っている。よく見ればそれは、先日拾われてきたローダボット研究同好会の公式マスコット、ベコだった。


「ほら、真心君。キミ、少年に会いに来たのだろう? ずっと物陰から見ていたではないか」

「いえ、それは……その、ええと、はい……接触の機会を伺い、昨夜から監視していました」

「やれやれ、君はバカか? まあいい、そういう訳だ。ええと、察するに妹君いもうとぎみだろうか? うん、少年の妹君。申し訳ないが、我ら三名、お邪魔するとしよう」


 慌てて狼流は、日頃鍛えた筋力で麗流を制する。

 危うくアイネの顔面にドロップキックが炸裂するところだったが、どうやら未然に防がれたようだ。

 そして、なんだが落ち着かない様子の真心は、ちらりと狼流を見てはうつむき目をらすのだった。

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