第22話 非ロイン

 大学生には2種類いる。


 忙しい大学生と暇な大学生。


 将来の道筋をガッチガチに固めた上に授業のコマを必要以上に埋め、許可書を書いて他学科の授業すら受ける人は、もちろん忙しい大学生。この手の人種は将来の成功が約束されてるようなものだ。


 そして反対に、必要最低限の授業だけ受けて、隙間時間と休日に遊びまくる遊び人、いわゆる暇な大学生。大学で何か学びたいわけじゃなく、大学の新卒カードと、遊ぶ時間欲しさで入学したんじゃないかってくらい適当で、この類は留年すら危うくても気にしないのだろう。


 若い時の苦労が将来に大きな影響を与えるとは、よくよく考えてみれば当たり前のことだ。


 まぁ、これは両極端の話で、さらに多少盛ったから、実際とは少し異なるのかもしれないけど、これはあくまで一例であって、イメージの話であって、ぶっちゃけ関係ないどうでもいい話なのだが。


 ふと、「自分はどちら側なのだろうか」と考えるのだ。


 暇か。多忙か。


 確かに授業は単位が取れればいいと思うし、将来もそんなに固めてはいない。しかし遊び呆けてるわけではなく、そこそこ真面目に働いている。


 だが、アルバイトをする人は少なからず時間があるから労働をするわけで、労働ができるわけで、ようは金になる暇つぶしのようなものである。


 だとすれば、いや、しかし、逆に考えれば。


 学費を稼ぐために、寝る間も惜しんで働いている人はどう考えても忙しいし、暇つぶしとは到底口が裂けても言えない。目標のためあるいは生活維持のために、合間を縫って働くのは、遊び人の労働目的、遊ぶ金欲しさとは雲泥の差だ。


 ならば僕は遊び人かもしれない。


 忙しいと思っているのは脳の勘違いで、目の前のレポートを書きたくないだけの言い訳に過ぎないのかもしれない。


「あ、そうだ。今思ったことをそれらしく繋げれば、いけるか?」


 今回のレポートは社会問題の一つ、ニートと呼ばれる引きこもり問題の課題だ。


 僕は引きこもりでもなければニートでもない、立派に大学に通い労働もしているから、少なくとも僕の事じゃないから、そんな真面目に考えなくてもいいのだが、ネットからそれっぽい記事を拾ってきて丸パクリ再提出はめんどくさいので、適当に脱線させて空白を埋めるのに専念しよう。


「……………ヤッベ、忘れた……」


 ついさっき考えたことを忘れた。認知症?


 こんな時、脳のマッサージを物理的にできるような頭スケスケな深海魚なら、脳みそモミモミして思い出すのだろうか。


 課題は課題。レポートはレポート。


 大学入ってから何十枚も書いてきたがいまだに慣れない。こんな時に思ったことをすぐに書けるような、脳みそと口が繋がっている神宮寺みたいな性格が羨ましくもある。


 ピーンポーン。


 突然、インターホンが鳴った。


 誰だ?連打しないところから神宮寺ではないと思って思うが………。


 ピロリン。


 続いて手元のスマホが振動し、LINEの通知が入った。


 あー、なるほど。奴か。


「はいはい……今開けますよーっと」

「はよ開けろクソ兄貴」


 ドアを叩くのでは無く、蹴る音。チェーンを外し鍵を回し、ドアを開ける。


「蹴んな賃貸だぞ」

「元々ボロいからバレねって」

「…………………何様だよ」


 誰に似たんだか……。


 「お邪魔します」も「ただいま」も言わずに、僕の部屋にズカズカ入る、制服の上から黒いパーカーを羽織った小娘の、引きずって来たキャリーケースを何故か僕が持って、再び鍵を閉めてチェーンをかける。


「また家出かよ」

「兄貴には関係ないでしょ」

「勝手に泊まられる気にもなれ」

「彼女いないくせに」

「…………………………………」


 心臓のストック足りねー。食料と一緒に買い足してこよっか。


 しかしまぁ、課題のせいで無駄にエンジンがかかった頭では、余計なことも余計じゃないことも考えてしまうから、棚からぼた餅か、あるいは一難去ってまた一難。去ってないけど。泊まるゆーてますけど。


「………仮にいたらどうすんだよ」

「ムリムリ。宇宙の法則が乱れない限り、存在しない世界線だよ」


 言い過ぎだろオイ。


「万が一、いや億……無量大数が一あったらネカフェでも行く」

「じゃあ行けよ」


 無量大数より2つ下ぐらいの単位知らなそー。


「やだよ金かかるし」

「無料ホテルじゃねぇんだよ」

「ラ○ホ割り勘するタイプ?うわー……だから彼女いないんだよ」

「……………………………」


 今から締め出しても遅くない。本人ネカフェ行く言うてるし。


「あのさ……来る前に一言連絡して来んない?僕にも予定あんの」

「したじゃん」

「直前にしても意味ないだろ。責めて移動中にしろよ」

「どーせ大した予定ないじゃん」

「バイト行ってていなかったらどうすんだよ?」

「待ち伏せ」

「不審者だよ」


 しそうな奴、他にもいますけど。心当たりが大当たりですけど。


 思ったより重たい荷物を置いて、とりあえずパソコンを開き直し、ほぼ白紙のレポートを上書き保存して閉じる。こんな状況で集中力できるわけがない。


 別に「来るな」とは言わない。頼られないより頼ってもらえた方がいい。ただ、親しき仲にも礼儀ありと言うように、家族の間でも気遣いや思いやりをほんの少しだけして欲しい、というのは僕の贅沢、もしくは我儘だろうか?


「………僕これからバイトなんだけど…」

「行けば?」


 「いってらっしゃい」という挨拶をご存知ないのかしらこの子。


「………飯は?僕遅いよ」

「じゃあ家出の理由ぐちは後か」

「つゆさーん?質問と回答合ってませんよー」

「カップ麺買って来たからいい」

「準備いいですね」

伊達だてに家出してませんから」

「眼鏡と伊達巻以外は伊達にすんな」


 家出される側の気にもなって欲しいね。


 親父のLINEを開いて「妹匿い中」と送信。すぐに既読がついた。


「客が来なかったら11時には帰れると思うから、風呂張るならせん抜かんでくれ」

「いやシャワーだし……何妹の入った湯船浸かろうとしてんの?キモっ」

「……………………………………」


 今更、妹に侮辱されてへこたれるような、ヤワなメンタルは持ち合わせてないけど、なにか、こう……擦り減るものがあるから、もうちょっと頑丈にしていきたいと思う。並河彰平、心の句。


「バイト行くならさっさと出てけクソ兄貴」

「まだ1時間前だよ………………いや、レポート向こうでやるか?」


 あとここの部屋主は僕な。我が物顔すんじゃねぇ。


 あぁ、そういえば、紹介がまだだった。


 紹介しよう。つゆだ。以上。

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