第20話 招かれざる客

 最近、アイスを買う人が増えてきた。もう夏に入るのか。まだ6月だけど。


 でも、僕にとってはそれが夏の基準。アイスの売り上げと気温は因果関係にあると思っている。


 貧乏癖のある僕はクーラーを頻繁に使うことは無いし、面倒くさがりの僕は扇風機すら引っ張り出すのが嫌だから、未だに服で体温調節しているけど、コンビニのクーラーを心地よいと感じるくらいには暑くなってきた。


 冬に食べるアイスも乙だが、やはり夏のイメージが強いだろう。「スプーンお付けしますか?」と聞いてプラスチックのスプーンを一本、レジ袋に入れる。カップアイスは少々面倒だ。


「ありがと〜ございました〜」


 冷気を逃す自動ドア。もう少ししたら、僕も同じように追い出されるのだろう。


 今日の夕飯は何にしようかと迷い、帰りにスーパーに寄るかも悩み、冷蔵庫の中身を思い出す。


 ろくな食材は入ってなかったと思う。僕の記憶が正しければ。


「先輩、バイト終わり暇ですか?」

「………………今日は行かんぞ」

「まだ何も言ってないのに!!何でですか!?」

「昨日の今日は流石に迷惑だろ……」


 気が引ける。


「えー………つまんないの〜」

「神宮寺に対して『つまる』人間になった覚えはないぞ」

「私の周りにはつまる人多いですからね〜」

「そりゃ良かったな」


 『つまる』で済みそうにない人だらけだと思うが。賑やかなのは間違いないだろう。


 確かに、アジトもとい針ヶ谷宅にお邪魔すれば美味しいご飯が頂けそうだ。それは大変魅力的な提案ではあるが、そこまで世話になるのは本当に気が引ける。


 今日は大人しく家に帰って自炊しよう。その方がいい。


 今は客いないし暇だから、モップ………はさっきやったし………品出しだな。もうすぐ上がりだから、次の人の負担を少しでも減らしとこう。


「神宮寺、品出しやるからレジまか……せれんな」

「……ひょっとして先輩って、私の事信用してない?」

「それはそうなんだが…………知り合いだよ」


 人に指を指すのも、顎で示すのも失礼なので、目線だけ逸らして意思表示する。


 神宮寺が目を向けると同時に、自動ドアが鳴る。


「いらっしゃいませー」

「……しゃっせー」


 特定の相手にだけ挨拶が適当になるのは、僕がその人に接する態度を隠そうとしないからだ。つまり、本当に面倒くさい。


「いらっしゃったよー」


 入って来た女性客が僕に向かって、広辞苑には存在しないであろう挨拶をする。


「やぁ。久しぶりだね、彰ちゃん」


 確か針ヶ谷に初めて会った時にも言ったが、思ったが、君ら暑くないの?長袖長ズボンは見てるこっちが暑くなるのですが?


 黄ばみの一切ない真っ白なワイシャツに灰色のベスト、襟元までキュっと締められた真っ黒なネクタイ。それとボディーラインがはっきり分かるような、レディーススーツのパンツ。スーツの上は羽織ってるだけだが、それ要る?暑くね?


 ハイヒールではなくピッカピカの革靴を鳴らして、僕の方に近寄る。


「ご注文は何でしょうか?」

「君を365日ほどレンタルで」

「申し訳ありません。当店ではその様なサービスは提供していません」

「金に糸目はつけないわよー」


 サングラスが怪しく光る。光反射しないよね?それ。


 霜と同様、レジカウンターに真っ直ぐ来て、我が物顔で頬杖をつく知り合い。成人男性の平均以上もある彼女の身長では、頬杖よりケツを突き出してるように見えるが……。客がいなくて良かった。


「メビウスでしたっけ?」

「そ。今日は5箱にしてもらえる?」

「…………ストレス溜まってるんですか?」

「君を雇えたら吸う本数も減るんだけど……」

「僕も溜めてるんでこれ以上詰めないでください」

「指を?」

「悩みの種を」


 バイトとはいえ長い間働いてしまうと、自ずとタバコの種類は覚えてしまうものだ。僕自身吸わないし吸おうとも思わないけど、たまに来る銘柄だけ言うおじさんにノンストレスで対応出来るのは、覚え得だと思った。「いや番号で言えや」とは未だに思っているが。


「あー、年齢確認お願いします」


 レジの正面にあるパネルを、女性は右手で触る。


 僕から見て右側にあるレジパネルに、女性から見たら左側にあるパネルに、右手で触っている。


 これまた暑そうな黒い革製の手袋で。


「大学どーよ?」

「普通ですよ。いたって平和です」

「それは良かった」


 僕の周りは最近荒れに荒れてるけど、物騒な組織に入隊させられましたけど、いたって平和です。


「お支払いはカードでよろしかったですかー?」

「なんか彰ちゃん愛想悪くない?」

「気のせいですお客様」


 さっきから神宮寺さんがすごい目で見てくるのは気のせいです。体だけ正面にして首を捻って眉をひそめて、気に食わなそーな視線を送っているのは気のせいです。


 その目線に気づいた女性は、サングラスを軽く下げて、神宮寺を見た後、


「………新人ちゃん出来たんだ?」

「そこそこ前からいましたけどね」


 新人ちゃんて呼ぶのやめてくれ。僕も最近新人ちゃんになったんだから。


「こんにちはお嬢ちゃん」

「いらっしゃいませぇ……」

「高校生かな?あ、今時はJKって言った方が良いのかな?」

「そぉですね……」

「あら。もしや私嫌われてるのかしら?」

「いや僕に聞かれても……」


 心の底から「知らねぇよ」と思いながらも、取り出したタバコの箱のバーコードを読み込んで、金額を読み上げる。タバコの値段の半分以上は税金だとか。有毒ガス撒き散らしてるのだから、お国に貢献するのは当然と思う。


「2700円になりまーす」

「あと、あの子に唐揚げ一つ」

「へ?」

「え?」

「お近づきの印に」


 レジの隣にあるホットスナックコーナーの中で、ほかほかになってる唐揚げを、女性は指差して言う。


 僕はその発言の意味がわからず、何となく神宮寺の方を見る。そして神宮寺も、僕を見る。3秒ほど見合わせて、2人揃って女性の方を見る。


「どゆこと?」

「せっかくのお気に入り店に煙たがられたら嫌でしょ?」


 ベビースモーカーだけに?


「それに彰ちゃんの後輩なら尚更よ」

「…………そっすか……」


 バイトの分際で客を選別するとか、接客態度とかの話じゃなくなってくるぞ。


「まぁ……ありがとうございます……」


 神宮寺は戸惑いながらも、綺麗にお辞儀をする。すっごい納得いかない顔してるけど。


 無言でホットスナックのガラスケースを開けて、中から溢れる熱気に「うわぁ…」と思いながらも、紙パックに詰められた唐揚げを取り出す。


「プレーンで良いよな?味」

「先輩は激辛食べさせたいんですか?」

「勝手にドSキャラにすんな」


 てかそれ言うなら僕よりこの人だろ。このクソ暑い中唐揚げ食わせるとか鬼かよ。


「なに?彰ちゃんも欲しいの?」

「いや別に、……『このクソ暑い中唐揚げ食わせるとか鬼かよ』と思いまして」

「正直者〜。そんな君には特別に、一箱あげようじゃないか」

「吸いません」

「……いきなり謝ってどうしたの?」


 すいません。


「…………2人ともなんでそんな僕を怒らせるの得意なん?」


 また一本、脳の血管が切れ、舌打ちしたくなるのを我慢して、レジに唐揚げの料金を追加して、


「カードでよろしかったでしょうか?」

「なんか彰ちゃん愛想悪くない?」

「誰のせいですか誰の」


 神宮寺も加勢してるけどさ。


 「ほい」と言って渡された革財布を丸々受け取って、一番外側にあるカードを引っこ抜き読み込ませる。いくら顔馴染みとは言え、人の財布を持つのは変な気分。それが女性となれば尚更。


 しかし、慣れないと思ってるのは心だけで、手は流れ作業のようにスムーズに動く。


 差し出された手にビニール袋を引っ掛け、


「お買い上げありがとうございましたー」


 と、感謝が籠ってないお辞儀をする。


 でもまだ、彼女には用事があったようで、


「やっぱりさ、戻る気ない?」

「ありません」

「前の倍、いや10倍は出せると思うけど」

「……………………金銭的に余裕があるかと言われれば無いですけど、今はあなた達に関わるほど困ってません」

「相変わらず釣れないわね」

「食われるとわかってて針にかかる魚はいませんよ」


 人生において、一度経験すれば十分な事は山ほどある。これが、その一つだ。


「ま、気分が変わったら言ってよ。私らはいつでも歓迎するから」

「お買い上げありがとうございましたー」


 歓迎する日は多分来ないですよ。


 永遠の平行線、いや交わろうとする彼女側に離れようとする僕では、ぐにゃぐにゃの二重線が正しいか。


「また来るよ。君が首を縦に振るまで」

「またのご来店はお待ちしてませーん。さっさとお帰りくださーい」


 腰を曲げて首を一切動かさずにお辞儀する。何でそこまで僕にこだわるのか、理解できねーぜ。


 女性に対する褒め言葉としては間違っていると思うけど、自動ドアを潜る後ろ姿に、相変わらずカッコいいなと思いながら、それでも、もう見る事はない光景にしたいと思い、目で追う。


 本当にタフな人だ。そーじゃないとやっていけないんだろうけど。


 再度静かになった店内に、多少の居心地に悪さを感じながらも、時計を見て残りの仕事時間を確認する。急な来客のせいで商品の補充は出来そうにない。


 流れ作業でビニール袋に入れてしまった唐揚げを、「まだ食べないなら温めといた方が良かったのではないか?」と思いながら、「クソ暑いんだから、外に出して冷ましても」と心の中で言い訳をし、「どうしたものか」と考えて、奢られた少女に「どうするコレ?」と目線を送る。人いないから喋ってもいいのだけど。


 しかし僕のテレパシーは伝わらず、


「なんか変わった人でしたね」


 これは僕のみならず、全人類が思ったであろう。


「お前が言うな」


 変人代表。


 何故か貰った一箱のタバコを、後ろの棚に戻しながら僕はそう思った。

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