第19話 休憩時間

「やっぱりか……」


「わかってたなら2人で帰らせないでよ。鉢合わせた時ヒヤヒヤしたんだから」


 プルタブを開ける。振った覚えは無いのに、泡が噴き出る。


「そこをコントロールしても意味ない。いずれ知る事だし、美彩さんの不満も吐かせないと良くない」


「それはそうだけど……」


 いくらなんでも早すぎる。せめて今日じゃなくてもよかったんじゃないか。そう私は思う。


 タッパーに入った酢の物を肴にしながら、


「彰平くんも大丈夫かな……」


「お兄さんなら、どっちに転んでも大丈夫だよ。引き返すならそれでいい。立派な生存本能だよ」


「でもせっかく入ってくれた新人ちゃんを、これだけもてなして『もう会えません』は、ちょっと寂しくない?」


「それは僕達の我儘だ。それで縛り付けるのは良くない。………お兄さんの人生は、お兄さんの選択で決めるべきだよ」


「…………………………」


 そう言いつつも、少し不服そうに頬杖をつくところが、私の好きなところなんだけど。


 組織は小さければ小さい程、一人一人の影響力は強くなる。そしていい影響とは限らないし、変化をもたらすとも限らない。


「……………吉と出るか凶と出るか」


「……それを言うなら、『見ぬは極楽知らぬは仏』じゃない?」


「…………ほんとお気に入りなんだね」


「…………………まぁ、期待はしてるけど……」


 いくら背伸びしていても、大人びていても。缶に口付けて、上がる口角を隠す。


 滅多に見れないもん見れたし、覚めた分の酔いはもう取り返せたかなと、自分を納得させてもう一本開ける。


 そこで、ふと気づく。


「…………もしかしてだけどさ、わざとお酒切らして鉢合わせるようにしたとか、ない?」


「………急に決まったのに、そこまで回るわけないでしょ」


「…………………どうかしらねぇ……」


 最悪の事態は免れたのだから、それはそれでいいけどさ。


 そういえば彼は成人してるのだろうか?だとしたら晩酌に付き合っていただきたい。中学生を夜遅くまで付き合わせるのは、私としても気がひけるので。




 針ヶ谷の一件で耐性がついたのか、以前のような不眠とかの健康的な被害は無かった。


 ただ、色々と考えたのは以前と同じだった。


 何故あんな事をしたのだろうか。あの発言は何を意味しているのだろうか。なぜ彼女は、僕に敵意を持って接していたのだろうか。


 でも、彼女の意図を汲むのなら、意思を鵜呑みにするのなら、


 踏み込まないのが、正解なのだろう。


「ん…………」


 美彩との関わり方は、今一度考えるべきだと思った。


 他は保留だ。余計な推測は、観測を歪める。


 だから、だが、結論としては、決して「面白くはなさそうだ」という事。


「はぁ……………終わったー……」


 エンターキーを叩いて、カーソルを動かし上書き保存。誤字脱字が無いか流し読みをして、誤変換した漢字を直し、メールに添付して送信。


 今日のバイトは半日。休憩時間にレポートが終わるのは計算外だったけど、嬉しい誤算だ。まだ半分も労働時間があると思うと、少し億劫だが。


 課題も仕事も、面倒事は早く片付けたいたちだ。


「これは………明日でいっか」


 レポートが終わったので、借りてた文献や書籍などの資料を、先輩や教授に返す訳だが、日曜日の大学は空室が多いし、留守の可能性が高い。大人しく明日か明後日あたり返しに行こう。


 シフト前にスーパーで買ったパンを齧り、何回か咀嚼して飲み込む。口の水分が無くなったら、一緒に買ったサイダーで喉を潤す。


「……………………………」


 無意識のうちに思考が寄せられて、慌てて切り離す。


 やっぱり嬉しくない誤算だったかも知れない。余計なことを考えてしまう。


 忙しくしているとつい目の前の事柄に集中してしまうから、考えたくない事を考える暇なんて出来ないのに、失敗だった。


 休憩を無視した労働は、例え本人の意思であっても、労働基準法に違反するのだろうか?どうなのだろう?


「………………こんな事ならもっと見直ししとけば良かった」


 最後の一口を放り込み、サイダーと一緒に飲み込む。


 高校時代は忙しさで、暇が羨ましかった。いや妬ましかったが、今は忙しくなりたい。それが幸せな事かと問われれば、また難しい話だけど。


 思い出に浸るほど、高校時代に大した思い出はない。学費のために毎日バイト漬けで、授業そっちのけで貯金をしていた。大学生になってもそんなに変わらないが。


 『普通に授業を受けて成績を残し、いい大学に入ればさらに稼げたろうに』という正論は、この場合当てはまらない。


 何故なら現状を生きて、少し先の未来だけしか生きれなかったから。そう食い繋いでいくしか無かったから。


 そうは言っても(そうは思っても?)、本当は無意識のうちに、目の前を慌ただしくして、現実逃避していただけかも知れないけど。


 別に苦では無かった。色々なバイトが出来たのは、いい社会勉強になったと思っている。中でも一番勉強になったのは、今やってるコンビニ店員だけど。あと……。


「昼寝でもするか……」


 スマホをいじっていても、特に目ぼしい情報はなかったし、ゲームをする気分でもない。音楽も今はいいや。


 とりあえずアラームだけ設定して、僕は腕組みをして背もたれに体重をかける。


 体は素直なもので、腹が満たされると眠気が増して、うつらうつらしてきた。


 なぜ満腹だと眠たくなるのだろうか?たしか、体の血液が消化器官に集まって、エネルギーに変えようとするから、脳に行く血が少なくなるからとかが有力な説らしいけど、違うらしいね。


 普通、脳に血がいかなくなったら、人間死んでしまうもの。普通に考えればわかる事。


 頭では理解できていても、体は睡魔に従って夢の世界に。


 門を潜る前に、音を立てて震えたスマホには、


『いまバイト?』


 と表示されていた。いつも霜から来るだる絡みだろうと思い、僕は無視して門を通り抜けた。


 その送り主が美彩とも知らずに。

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