第二章

第17話 後の宴

 2、3時間ほど経過して、騒ぎに騒いだ歓迎会がやっと落ち着いた。


 片付けムードに入った頃にはビデオチャットは充電切れで望月はオフライン。睡魔に襲われた美彩は大の字睡眠。


 飲み終わったペットボトルや使い捨ての紙皿、結局アルコールに手をつけた折坂さんの抱き枕と化した一升瓶や空の缶チューハイを取りあげたり、余った料理を皿に盛り付けラップをかけたり、神宮寺がいつの間にか食べていた煎餅の食べカスをコロコロで掃除したり。


 酔っても無ければ睡魔にも襲われていない意識がはっきりとしてる僕と針ヶ谷が片付けをしている。酔っても寝てもないが片付けに参加しない者が1名いるが。


「悪いね。歓迎会の主役だってのに手伝わさせちゃって」


 余り物をラップで包み冷蔵庫に詰め込む針ヶ谷。俺は皿洗い。


「仕方ないだろ。針ヶ谷に全部押し付けるわけにもいかないし、仕事やら部活やらで疲労溜めて、気持ちよさそうに寝ってるやつを起こすのも気が引ける。神宮寺に任せたら皿割りそうだし」

「わかってるね。さすが神宮寺の先輩」

「先輩的にはさっさと一人前になってほしいところなんですがね……」


 さすがに変な人が来やすい深夜帯のコンビニを女一人で回せなんてことは言わないし、深夜は学校の規則でそもそも働いちゃいけないけど、同じぐらい暇な時に店を回せるぐらいの腕を持ってほしい。


 洗い終わった皿やコップを水切りラックに立てかけておく。一人暮らしにしては大きなラックだ。一人暮らしじゃ無いけど。


 名称不明で日本中に浸透してしまった、上下で水量、左右で温度調節できるレバータイプの蛇口(?)を下げて水を止める。


「終わったよ」

「ん、ありがと。後は僕がやるから、お兄さんはソファでゆっくりしててよ」

「…………気が引けるから手伝う。なんかやる事あるか?」

「そ?じゃあ、……そうだね」


 冷蔵庫の扉を閉めて、針ヶ谷は辺りを見回すと、


「みんなをお風呂に入れてきてくれないかい?」

「………………………え?」

「牡丹姉さんはアルコール回ると危ないから………って、さっきお酒買いに行ったっけ?」

「財布持って出てったな」


 千鳥足でフラフラ歩き、壁にぶつかったりコケそうになったりと、あんな社会人にはなりたくないと思った。


「だから、優紀と美彩さんは入れて。叩き起こしていいから」

「…………………………………」


 神宮寺に特定の行動を命令して、その通りに動いた試しはほとんどないけど、100歩譲ってその通りに動くとして、女性に入浴を催促するのは、モラルに欠ける発言ではなかろうか。


 考えすぎな気もするが、セクハラだの男女差別だの騒ぐ昨今、男性の肩身は狭い。だから僕は電車に乗る際は、両手で吊り革を握って無害アピールをしているのだが。どうでも良いか。


 まぁ、起こすだけ起こしておこう。それなら何も問題あるまい。


「何だったらお兄さんも一緒どう?」

「…………………………………」

「冗談通じないなぁ………」

「………世の中、冗談で済まない時があるからな」


 どっかのポンコツ後輩みたく鵜呑みにしたらどうするつもりか。


 キッチンを針ケ谷に任せてリビングに戻り、ノールックで煎餅を掴もうとする神宮寺から袋を退かして、


「………神宮寺、風呂入れって。美彩も」


 我ながら母親みたいな事を言って。


「はーい」


 珍しく素直。


「みーさー、お風呂入るよー?」

「……………んにゃ、あたし自分家で入るからいい………」

「だって先輩」


 だってと言われましても、そうですかとしか言えないんですが……。


「じゃあとっとと入れ」

「とっとこハ○太郎?」

「……………………………」


 やはり血管のスペアが必要だ。あと心臓にも悪い。


 僕という一個人の怒りを買う事に特化した後輩の頭頂部を、お徳用煎餅袋で叩き、風呂に促す。渋々返事をして洗面所に向かい、入浴剤の有無で駄々をこねる神宮寺の声をbgmに、


「……………帰る前に風呂入って来たら?目覚ましがてらさ」


 目を擦る美彩を再度起こす。


「お風呂は寝る前に入りたい星人なのあたし」

「寝てた星人には説得力皆無ぞ」


 せめて目開いてから言おうぜ。


 ふぁ〜っとあくびをする美彩を横目に、柱に吊るされた時計を見る。今から出れば終電には間に合いそうだ。そこまで離れていないから、歩きでも帰れない事はないけど。


 それを察したのか美彩は、


「ショーヘー電車?」

「僕は電車じゃないけどな」

「先生トイレじゃん」

「歩いて帰れるから別に良いけど、そっちの方が楽だからさ」

「ママおしっこ〜」

「……………………………」


 なんだろう。神宮寺の親友なだけあって、脱線に脱線が続く。そして血管が切れる。


「美彩は歩き?」

「うんん、電車」

「じゃあ途中まで送ってく」

「あたしの方が遠いと思うけどね」


 そう言って美彩は、携帯の裏に差し込んである定期を僕に向ける。


 なるほど。これは僕が送られる方だな。


「美彩さんも帰るの?」

「うん。え、もしかして寂しかったりする?大丈夫だよミズっち〜!またすぐ来るから〜!」

「いや、単に珍しいなって」


 …………珍しい?


「そこは寂しがってよ〜」と言って抱き着く美彩と、されるがまま抱き枕になる針ヶ谷。大変不服そうだ。


「そーゆー訳だから、ショーヘー最寄りの駅まで送ってくよ」

「……………………………」

「なるほどね」


 男としては送られるより送りたいけど、交通費がバカにならない。いささか不甲斐ないが、ここは黙って送られよう。


「また来る時は連絡ちょうだい。特に美彩さん」

「え、あたし?」

「優紀並みに食べるからご飯足りなくなるの」


 さすが成長期の若い体。脂がキツくなって来た僕とは違う。


 というか、スポーツマン(スポーツウーマン?)の美彩がよく食べるのはわかるけど、神宮寺は何故そこまで食えるのか、疑問だ。代謝がいいのだろうか。


 完全にオモチャになってる針ヶ谷に「お兄さんも連絡ちょうだいね」と言われ、それどころじゃないだろと思いながら「……………はい」と返事をする。


 この環境にうまく馴染めるか不安だが、しばらくは顔を出そう。居づらくはないし。


 そろそろ出ようかなと時計を見た後、針ヶ谷のなんて事ない「優紀には挨拶した?」の一言が、ドミノ倒しのように、もしくはピタ○ラスイッチのように、「あ、サキ〜!!ショーヘー借りてくね〜」という美彩の発言へ変わり、「え!?先輩もう帰んの!?」という言葉になって、素っ裸で出ようとする神宮寺に、僕の心臓が抉られて。


「お兄さんは誰の物でも無いけどね」


 そういう事じゃ無いんだよ針ヶ谷さん。


 ちょっと女子ぃ〜男の子を物扱いするなんてサイテーと軽口を叩く余裕は残されず、


「…………じゃあ僕も帰るわ」

「気をつけてね。特に美彩さん」

「そこら辺は気にすんな。なんかあったら僕がなんとかするから」


 僕そんな頼りないかな?一応成人男性ではあるんですけど。


「いや、そっちじゃなくてお兄さん美彩さん気をつけて」

「あ、そっちね…………………え?」

「な〜んもしないってショーヘー。さっ、行こ?」

「いやいやいやいやいや……」


 グイグイくる子とは思ってたけど、マジで肉食系じゃん。僕お野菜大好きだけど、別に草食系男子じゃないよ?雑食だよ?もうこれ以上、僕の心臓に負担を掛けないで。


 年下の女の子とは言え、現役スポーツ選手のフィジカルに、例年運動不足のクソ雑魚大学生の抵抗など無に等しく、あれよあれよと玄関へ。本当に寝起きですか?


「夜道には気をつけてね。変な人いるから」


「ここの人たちの方がよっぽど変人ぞろいだよ」と言いそうになって、なんとか飲み込む。


 ジャージの袖から手を出さずに手を振る針ヶ谷に、


「お邪魔しました」

「別に畏まらないでいいよ。僕の家のようで僕の家じゃないから、自分ちみたいにくつろいでもらえればいいよ」

「………………じゃあ、また来ま……来る……ね?」


 今から敬語禁止ねと、初対面の人に言われた様な、辿々しい返事になってしまった。なぜ疑問系?自分でもわからん。


 そんな針ヶ谷に見送られ、美彩とアジトというか本拠地というか、針ヶ谷家を出る。


 玄関のドアが閉まって、内側から鍵をかける「ガチャ」と言う音が鳴った瞬間に、針ヶ谷に笑顔で手を振っていた美彩が、スッと無表情になった。


 頭の警報機が鳴った時には、もう手遅れだった。

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