第16話 新人

 あれから約1分ほど土下座の儀式をし、美彩だけ追加で5分ほど廊下に正座させられて、数十分他愛のない雑談したのち、針ヶ谷の「ご飯できたから座って」という合図で各々テーブルに座った。


 今日は僕が来たのと、たまたま折坂さんが泊まっていたのと、珍しく美彩が来たのが重なって、メンバーが集合した。


 ちなみに望月は基本的にアジト(針ヶ谷家)には来ないらしい。何か理由があるとかなんとか。


 なので今晩の食事会には、テレビ通話での参加となった。オンライン飲み会みたい。


「はぁ…………。お兄さんも連絡してくれれば、もう少し豪華にしたのに………」

「いや、十分豪華な気がするが………、以降気を付けます…………」

「そうですよ。先輩のせいで瑞のご馳走食べ損ねたじゃないですかー」

「ユキもアポ無しなんだから人のこと言えなくない?」

「まあまあ。早くいただきましょ?冷めても美味しいけど、私はあったかい方がいいな〜」

『わ、わ、私のオレンジジュースは準備できてますから、い、いつでもオッケーです!!』


 そんなわけで、いささか急ではあるが………。


「では先輩、なにか一言どうぞっ!!」

「なんでマイクあるんだ………」


 カラオケにある無線マイクを渡された。スピーカーは無さそうだ。


「はい、えーっと、この度入団?いたしました、並河彰平です。……………何をする団体なのかわからないし、マジに世界征服企んでるのか知りませんが、そこの神宮寺に引っ張られて来た以上、やれる範囲のことをやっていこうと思います。よろしくお願いします」


 机に頭突きしない程度に頭を下げる。


「イェーイ!パチパチー!」

「…………これが臨機応変ってやつなのか………、お兄さんやるな………」

「ショーヘーいつもユキに振り回されてるだけあるね〜」

「そんなに真面目に答えなくていいのよ?」

『すごいです!今度のスピーチでお手本にしていいですか!?』

「………………」


 …………ヘイSiri。世界征服とは。


 今に始まったことじゃないけどさ、マジでここ何の集い?めっちゃ平和やん。あったけぇ。


「新入りの先輩ありがとうございましたー!皆さん盛大な拍手をお願いしまーす!」


 新入りの先輩というパワーワード。


「みんな、飲み物は揃ってるかい?」

「ウーロン茶ある」

「三ツ矢さんサイダー」

「私カシスオレンジ〜」

『オレンジジュースの進化系ですか………』

「タピオカなーい?」

「一般家庭にあると思うな」

「冷凍ならちょっと残ってるはずだよ」

「あるんだ……」


 流石一般ではない家。アジト。


「………解凍するまで三ツ矢さんサイダーで我慢するか………」


 三ツ矢さんサイダーにタピオカぶち込んでも美味しくなさそうだ。


 皆がグラスを手に取ったのを確認して神宮寺が掛け声をする。


「ではでは、新しいメンバーと、これからの世界の発展を願い、せーの……かんぱ〜いッ!!!」


『『『『かんぱーい!!!』』』』


 やっぱり頭おかしいぜ僕の後輩。


「はぁ………乾杯」


 突き上げられたグラスに、同じグラスをぶつけると、清涼感ある気持ちのいい音が響き渡る。


 折坂さんはチューハイ缶のプルタブをプシュッと鳴らしてる。これもいい音。


「…………ぷわっはぁぁぁっ!!くぅ〜っ!キンッキンに冷えてやがるッ!犯罪的だぁ!」

「そりゃコップいっぱいに氷ぶち込んだらそうなるわな」

「氷のストックがあってよかったよ。前回の余りが無かったらやばかったね」


 あえてネタを無視するスルースキルは、神宮寺との会話で必須のスキルだ。


「ん!?おいひぃ〜。みずちゃんこの唐揚げどうやって作ったの?」

「オーブントースターだよ。油であげないからヘルシーでオススメだよ」

「って言っても牡丹っち料理しないんじゃない?」

「失礼ねぇ。これでも私は卵かけご飯作れるから!」


 胸張って言えることじゃないと思いますぜ姉御。新鮮な卵じゃないと腹壊すし、あまり胸を張ると胸部が強調されてわしは目線に困る。


「望月も飲んでる?」

『は、はいっ!飲ませていただいておりまする!』

「あー!先輩が未成年にお酒勧めてる!」

「酒じゃねぇ!オレンジジュースだ。液晶越しに酒注げたらもうマンガの世界だよ」

「まぁ小説もマンガも似たような……、はむッ!!」

「優紀。それ以上喋るなら煮卵の染み度合いを喋ってくれ」


 神宮寺の口に煮卵が加えられる。


「うまいっ!満点!」

「青空?」

「restaurant?」

「美彩さんも牡丹姉さんも悪ノリしないで、偉い人に怒られる」

「てか姉さん発音、ッ!!」

『皆さん相変わらずですね』


 ほんと、何やってんだかこの人たち。特に神宮寺。


 洗面器サイズの深皿からチーズグラタンをよそって口に運ぶ。うん、うまい。一人暮らしだと面倒でグラタンなんて食べないからなぁ。


「………………」


 ここに来て、僕は少し変わったような気がする。


 なんの面白味もない日常を、平穏で退屈なぬるま湯生活を抜け出して、笑いながら飯を食っている。


 大学生になってから、腹の底から笑ったことなんて数えるぐらいしかなかった。基本的に1人だから。


 思えば母親が他界してから笑うのに、少し抵抗があった。バイトでしてる営業スマイルは僕の心とは関係なく貼り付けられる。


 しかし今はどうだろう。自然と笑えてる。そして心の底から幸福を感じてる。


 一週間弱の短い付き合いではあるが、こんな日常が永遠に続けばいいなと、思ってしまう。


 永遠なんてないのは知ってる。


 幸福がとても脆いことも知ってる。


 でも、しかし、だからこそ。


 目の前のこの光景を、目に焼き付けていたい。


「ユキ。そこのマヨネーズとってくんない?」

『…………皆さんを見てたらお腹空いて来たので、ちょっと春雨スープ作って来ます』

「…………もしやカップラーメンも料理に含まれるのでは…………?」

「ちょっと優紀、タルタルソースかけすぎ。なくなるよ」

「これぐらいやらなくちゃ〜先輩もいります?」


 この当たり障りのない日常を。くだらない平凡を。幸せが逃げないため息だらけの生活を。


「はぁ、…………食いかけのエビフライなんかいらねぇよ」


 時に思う。


 よくある、ありきたりなストーリーに出てくるお父さんキャラが、生後間もない我が子の顔を見て、「お前のためなら俺は死ねる。死ぬほど働いて、喜んで犠牲になる」なんて言うシーン。


 今までは理解できなかったその心情が、今ならわかる気がする。


 目の前にいるのは、生後間もない我が子でもなければ、新婚ホヤホヤの嫁さんでもなければ、生涯を誓った恋人でもない、赤の他人だ。


 そんな真っ赤な他人と知り合えたのは、そんな幸福を教えてくれたのは、退屈から引っ張り出してくれたのは。


「神宮寺、食うか喋るかどっちかにしろ。行儀悪いぞ」

「………………………………」

「コミュニケーション放棄しやがったぜこいつ」


 多分、恐らく、神宮寺とは、このメンバーとは、針ケ谷が言う通り、長い付き合いになるであろう。


 今までの経験上、神宮寺がこれで満足するとは思えないし、今後も振り回される気がする。こいつが新人として入ってきた時から、そこそこの付き合いだ。何となくわかる。そして今更変わるわけがない事も、何となくわかる。


 そして、僕は引き返すことを否定した。腫物に触れる事を選んだ。今更尻込みをしたら、男が廃るなんて男女差別をつもりは毛頭ないけど、発言の責任は取るつもりだ。


 それに。


 僕自身、長い付き合いにしていきたい。


 この夢を見続けていたい。


「……………ま、なるようになれってやつか」


 ただ、今現在ハッキリしてる事が一つある。


『僕はきっとこの光景を忘れない』


 それだけはこの先、変わらない。


 グラスに口をつけ、ウーロン茶を喉に流し込む。


「あ゛っ゛つ゛!!!」


「あ、すいません先輩。タピオカ温めすぎて……溢れましたかね?」

「……………………」


 頭上からタピオカが降ってきて、俺の頭部とウーロン茶にホールインワン。タピオカウーロンティーの出来上がり。


 そしてもう一つハッキリした。


 心臓がいくつあっても足りないし、血管が何本も切れるだろうから、今のうちにスペアを用意しとくべきだ。

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