第15話 ラストメンバー

 コンビニにはイートインスペースという場所が設けられている。


 コンビニで買った飲食物を、その場で食べられたり、湯沸かしポットがあるのでカップラーメンとかもいける。コーヒーでもタピオカでも、コンビニで買ったものなら何でも飲みながら、そこそこゆっくりできるスペースがある。


 もちろん敷地の面積が関係して無かったり、ビルやマンションの一階にあるようなコンビニでは、改装工事が難しいからイートインが組み込まれてなかったりするが、大半はスペースが確保されてるものだ。


 そして、ここからは完全な独断と偏見だが。


 僕はこのイートインスペースを「公開処刑場」と呼んでいる。


 大抵の人は特に何も考えず、「便利だから」とか「早く食べたいから」とかでなんとなく食べているけど、客観的に見れば、「食べているところを見せている」わけだ。ガラスの枠にわざわざ入って、通行人に見せびらかしているのだ。


 これは一つの宣伝効果だ。


 だから、僕はあの場を公開処刑場と呼ぶ。コンビニ関係のお偉いさん居たらすいません。アルバイトの分際ですが、前言撤回はしませんよ?


 とりあえず僕は一生、絶対に、来世でも、あの席に座っておでんを食べたり、唐揚げくんを食べたり、ファ○チキを食べたりはしない。


 だからこそ、あそこで食べる人間を軽蔑しながらも尊敬している。僕は決して出来ないししないから。


 具体的には、唐揚げを食べながら神宮寺とコミュニケーションをとっているミサを尊敬し、仕事上がりにタピオカ飲む神宮寺を軽蔑している。


「ほんとタピオカ好きだよなユキ。流行も終わったのに………そんなに美味しい?黒いブツブツ」

「美味しいって。ほら、ミサも飲んでみて」

「……………」

「どう?美味しい?」

「餅食ってるみたい」


 カエルの卵と思わなかっただけマシだ。


「………はっ!………抹茶オレに餅入れたら売れるんじゃ………」

「不味いと思うぞー」

「ん?あー、お疲れショーヘー」

「…………おっす」


 何か、年下に呼び捨てにされると妙な感覚だ。そりゃまぁペコペコされるのは嫌だけど、これはこれで距離の測り方が難しい。


「やっときたー」

「はいはい遅くなりました。誰かさんが僕のロッカーをガムテープで封印して、マジックで魔法陣書いたからな。しかも油性で」


 マジックなどの油性ペンは消毒液で消せる裏技を僕が知らなかったら、今ごろスタッフルームには魔界から呼び出した悪魔達が狭いロッカーでおしくらまんじゅうしているだろう。ある意味では世界征服が成功しそうだ。


 ガムテープでガッチガチに止められたドアを、カッターを駆使してこじ開けて、妙にクオリティの高い魔法陣を跡が残らないよう、キレイさっぱり消すサービス残業をした僕の気持ちに対して、神宮寺が謝罪の心があるとは到底思えない。


「もう行きます?」


 ほら。何とも思っちゃいない。


 タピオカを吸い上げてモグモグと噛み飲み込む神宮寺。唐揚げが入っていた容器を軽く潰してゴミ箱にシュートするミサ。


 「ふー、美味かったー」と呟くミサは、油を刺した自転車のペダルのように腕をグルグル回し、神宮寺はまだタピオカを咀嚼している。やっぱり見た目カエルの………。


「てか二人とも私を置いていくつもりですか?まだ飲んでるんですけど」

「飲みながら歩けばいいじゃねぇか」

「ユキがほっぺにタピオカつめて『ハムスター』とかやってるからだよ」


 なんてしょーもない事してんだうちの後輩は。今に始まった事じゃないけれど。


「じゃあ飲みながら行きますか」

「…………行くってどこに?ユキ帰んないの?」

「あー、アジト行くの」


 さらっと「アジト」と言った神宮寺に、僕は口を挟む。


「おい神宮寺。さすがに友達の前でそういう事は言わない方が………」

「ちょっとユキ。ショーヘーの前でそーゆー事は言っちゃいけな……」


 口を挟んだのは僕だけじゃ無かった。


 ミサもだ。


「「え?」」






「なんだよも〜!ショーヘーもメンバーなら先に言ってよ〜」

「いや『僕、世界征服のメンバーだけど君もそう?』なんて聞く奴、頭おかしいだろ」

「たしかに」


 ケケケと笑うミサ。


「ユキも先に言ってくれれば、あたしだってショーヘーだって、変にヒヤヒヤしなかったのに〜」

「ん?タピオカの流行は終わってないよ?」

「小学一年生から国語やり直せ」


 文脈を知らないのか?それに流行は過ぎてると思うが?


「にしても意外だな〜。ショーヘーが入団するなんて」

「逆に自ら世界征服組織に入団する大学生なんて、世界中探してもいねぇよ」

「まぁね。…………てかどーゆールートで入ったの?ユキから誘われたんだと思うけど」

「神宮寺から勧誘されたな」

「じゃあ何で入ったん?もしかして、弱みでも握られていたりする?」


 正確には弱みを作り上げられ、握られたのが正しい。弱みを握られ、脱ぎたてパンツを握らされたのである。


「ノーコメントで」

「ありゃ?もしかして当たっちゃた?」


 ケタケタ。


「そっちはどうなんだよ。仲良い友達でも、怪しげな組織に入れって言われたら普通断るだろ?」

「……………………」


 即答されると思った。「ユキがどうしてもって言うから」とか言われる前提で話だから、拍子抜けしてしまう。


「…………ふつう、ね……」


 その小さな声は、僕の鼓膜を揺らした。


 針ヶ谷は言った。「みんなそれぞれ面白い話を持っている」と。


 面白い話。言い換えれば一般常識から外れた普通じゃない体験談。


 普通。


 何かを抱えている彼女らに軽々しく発していい言葉ではないと、口に出して数秒後にやっと気づいた。


 今後気をつけよう。


「たしかに断ろうとしたけどさ、それと一緒に面白そうだとも思ったわけよ。あたしはそれだけだよ」


 それだけ。


「あとユキってさ〜、危なっかしいってゆーかーふらふらするじゃん?面白そうだし危なかったらすぐ止められるよう、ついて行ってもいいかなって」


 その後に「まっ、ミズっちがいるから、保護者役はあたしがしなくてよくなったけどね〜」とケタケタ笑うミサ。ミズっちとはおそらく針ヶ谷のことだろう。


「ちょっとお二方、私を置いて仲良くするのやめてもらっていいですか?もしや私をボッチにしよう作戦でも立ててるんですか?」


 被害妄想の方向がおかしい。


「ごめんごめん。ショーヘーが話したそうな顔してたから。つい、ね」


 どんな顔か三十文字以内で説明せよ。


「………………ならいい。先輩も女の子とあまりベタベタしないこと。守らなかったら通報しますよ」


 ベタベタされているのは僕の方で、通報されるべきなのはお前だ。


「へいへい」


 適当に相槌を打つと、


「へいは一回!」


 とミサは言ってきた。


「Hey!!」


 ノリノリで返す神宮寺。


「そう考えるとHeyHeyってめっちゃ陽気な挨拶なのでは?」

「どっちかっていうとラッパーとか一昔前のヤンキーな気がするぞ」


 てかクソしょーもない。


 それを見ていたミサはケタケタと笑いながら、


「やっぱり息ぴったりだね〜」


 と呟いた。


 だがそれは、感心とか冷やかしではない雰囲気をどこか感じるものだった。


「じゃあショーヘー。改めてよろ〜」

「おう。こちらこそよろしく」

「あぁ、あとさ。もしユキに目ぇつけたら、目ん玉引っこ抜くからよろ〜」

「……………」


 よろ〜。全然よろしくないけどよろ〜。


 どうも神宮寺の引っ張ってきた世界征服メンバーはそれぞれ強い個性をお持ちだ。ひょっとすると僕も自分自身気づいていない強い個性があるとか?いや無いだろ。






「おや。今日はミサさんも来たんだ」


 玄関にはやはりジャージにマフラーという奇妙な格好をした針ヶ谷がいた。


「ちょっち来てなかったからねー。久しぶりだねミズっち〜」

「久しぶりついでで悪いんだけどミサさん、毎度毎度ハグでヘッドロックかますのやめてほしい」


 中学生と高校生の身長差でのハグは、抱きつくというより包み込んでるみたいに見える。


 針ヶ谷の頭部を両手でぐるりと囲み、自分の胸元にギューと抱きしめるミサ。


「にゃ〜ん超可愛い〜♪ほっぺマジぷにぷにスベスベ〜」

「……………………」


 拘束を解除すると次は頬擦りし始めた。猫のマーキングごとくほっぺをスリスリするミサだが、針ヶ谷ジタバタと暴れないのは、意外にもやぶさかではないのか?


「……………………」


 いや、抵抗はしている。ミサの肩を押して引き剥がそうとしている。


 しかし体格的にも筋力的にも劣っているため、抵抗虚しくされるがまま。


「お兄さん、見てないで引き剥がしてくれないかい。このままだと僕のほっぺが擦り焼ける」

「…………はぁ……おいミサ。針ヶ谷の目が死に始めてる。それ以上するともう寄り付かなくなるぞ」

「なぬ!?」


 僕の言葉で正気を取り戻したミサは、頬擦りしていた少女を再度抱きしめて、


「ごめんよ、許してくれぃ!ミズっちが可愛いのが悪いんだ〜」


 またしてもヘッドロックをして泣きながら謝罪するミサ。頭を撫でているが、髪の毛が摩擦で焼けそうだ。


「…………これ悪化してないか?」

「…………すまん」

「…………はぁ。………ミサさん、嫌いになるよ」

「ほぅぁ…………っ!!」


 なんちゅう声出してんねん。


 針ヶ谷の奥義はミサに効果的面で、


「……………サーセンした」


 揃えてある靴を乗り越え、玄関の段差(確かあがかまちが正式名称)に飛び乗り、深々と土下座した。


「なんだこれ…………」

「いつものことですよ先輩」

「いつもされたら僕の体がもたないよ」


 察するに、特別なことではないらしい。


「でもまぁ、私も瑞を抱き枕にしたくなるから、頭撫でるのは仕方ないよね。試しにハグなら……」

「ストックしてあるお得用煎餅せんべいを全部叩き割ってトイレに流すよ」

「大変申し訳ありませんでした。本当に勘弁してください。一生のお願いですから」


 ミサの隣に揃って土下座する神宮寺。そしてお得用煎餅は神宮寺の一生分の価値があるらしい。


「……………………」


 玄関で土下座する女子高生2人。


 2人を死んだ目で見る女子中学生。


 それを見ている僕。


 なんだこれ。


「………………はぁ。あぁ、そうだ。一緒に来たってことはミサさんの紹介はしなくていいね。お兄さん」

「まぁ。……………あ、いや、そういや名前以外なんも知らないや」

「…………やっぱり説明不足か」


 ミサしか聞かされてない。


「ミサさんは『やなぎだ みさ』。柳の木の『柳』に、田んぼの『田』。美しく彩るって書いて、柳田やなぎだ美彩みさ。優紀と同じ高校の友達で同い年」

「なるほど…………」


 柳田って言うのか……。でも今更苗字で呼ぶのはなんか変だから、このまま美彩って呼ぶけど。


「美しく彩るって、そんな風に思ってくれてたのか〜。………ミズっちもしかしてあたしの事、別に嫌とか思っt……」

「口を閉じないなら僕は今からミサさんの聞かれたくない個人情報をお兄さんに喋る」

「……………………」

「よろしい」

「……………………」


 何となくこの組織のヒエラルキーがわかった。神宮寺がリーダーではあるが、上下関係としては針ヶ谷が1番上みたいだ。


 以前、折坂さんにちゃんと服を着替えるように叩き起こしたし、今こうし女子高生たちを大人しくさせている。


 組織の平和は針ヶ谷によって守られていると言っても過言ではない。


 世界征服メンバーの平和は世界の平和につながる。すなわち針ヶ谷は世界の平和を守っている。実質正義のヒーロー。以上QED。


「………………なんでお兄さんまで土下座しているんだ……」

「………今のうちに立場を弁えてますアピールをした方がいいかと思いまして……」

「……………………………」


 マンションの狭い玄関で、土下座する若者。このタイミングで宅急便でも来たら、変な家だと思われるだろうな。僕含めて。

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