第14話 陽炎

 一週間が経過した。


 あの後は神宮寺の好物である、煮込みハンバーグを3人で食べた。味はとても美味かったはずだが、箸は進まなかった。


 それでも残すのは食品にも作った針ヶ谷にも失礼なので綺麗に平らげたが、片付けを手伝ったのち、「大学の課題があるから先に帰るわ」と、一人逃げるように僕は部屋を出た。


 針ヶ谷は「そうかい。じゃあ、また」と言ってマフラーの下でクスッと笑った。


 マンションを出て、すっかり暗くなった街を歩いていても、自分の部屋でシャワーを浴びても、ベッドに倒れ込んでも、頭から離れなかった。


『幻滅して欲しい』


 針ヶ谷はそう言った。


 それは彼女に、彼女たちに対して「一般論を押し付けるな」ということだろうか。もしくは、僕が思った様に、「妙な期待はするな」とか「半端な同情しないでほしい」とか、そう言った意味合いで言ったのだろうか。


 正解のない問題を抱えている。


 メビウスの輪を廻っている。


 考えても悩んでも、納得できる答えを求めて、脳みそは走ったり止まったりをして疲れ果てて、その日はコンセントを抜いたように意識が途切れ、深い深い眠りについた。


 日曜日を含む6日間は、大学に行き授業を受けて、バイト先に足を運んで労働をする、つまらない日々が続いた。


 逆につまらなくて良かった。単純な作業は手を動かすことで、余計な事を考えなくて済むから。余計かどうかは置いといて。


 ただ、神宮寺の顔を見るとやはり思い出してしまい、影が濃くなる。


 そんな日々を過ごしていると、さすがに異変に気付いたのか、


「先輩、今日は一緒にアジト行きますよ。掃除終わったら」


 と神宮寺はモップをかけながら言った。いやそこ、僕がモップやったんだが……。


 しかし、珍しいことがあるもんだ。神宮寺が気を使うなんて、もしかしたら一年で最も珍しい行動をされたかもしれない。帰りはゲリラ豪雨ですか?


 まぁ、冗談はこの辺にして、思い悩むのもこの辺にして、もう一度会って話を聞けばいいだろう。百聞は一見にしかず。話せば解決される事もある。


「…………わかった。じゃあ品出しも先にしとくか」


 相変わらず神宮寺の気遣いは方向が斜め上で、気遣っているのか振り回しているのかわからないレベルだが、今の僕には好都合。


 不思議と仕事に精が出る。


 すると。


 来客の音楽とともに自動ドアが開いた。


「「いらっしゃいませー」」


 あまり混みにくい時間帯だからてっきり暇になると思い油断していた。


 まぁ、レジへ急ぐ必要はないけど、荷物の発送や受け取りとかだとレジに行かなくてはいけないから、長年の癖で客の荷物を見た。


「………………はぁ」


 荷物は見た。リュックサックだけなので問題ない。


 ため息ついたのは、衣服だ。


 見覚えのある制服を着ている。


 神宮寺と同じ高校の制服だったから。


 その女子高生は僕の目線に気づいてチラッと目を向ける。


「………………………」


 営業スマイルを貼り付けて商品棚に目を移す。うーん、飲料系が減ってるな。でも客がいるのに裏に行って補充するのはなぁ。神宮寺にホール任せるのはなぁ。


 別に今すぐしなきゃいけないわけじゃないし、そこの高校生が帰ってから補充しても、冷却まで全然間に合う。他のことしよう。


「ちょっとちょっとー。先輩さん無視かよ。傷つくなぁ」

「え?」


 誰?


 神宮寺と同じ学校のJKが、僕に馴れ馴れしく話し出した。


 えっ、マジで誰?女子高生の知り合いなんて神宮寺一人で手一杯なんですけど。


 それが伝わったのか伝わらなかったのか、


「ほら、前にアイス買ってったじゃん?バニラの爽」

「………………………?」


 前と言われましてもどれくらい前か知らないし、やっぱり思い出せない。


「まぁ私はコンビニで働いたことないし、人の顔覚えるの苦手だから、先輩さんの事責める筋合いは無いけどさー。傷つくなぁもう」

「…………っあー!思い出した!エロ本の!」

「そっちじゃ無いよ」


 前は体操着にハーフパンツという、ストイックなファッションだったから、制服みたいなピチッとした服装だと、雰囲気がガラリと変わって別人に見える。


「あれ?アイスに割り箸付けた人だっけ?」

「…………これ先輩さん完全に思い出してるよね、ユキ」

「いや、先輩は人の顔覚えるのミサより苦手だから、マジで忘れられてるかも」


 忘れてるわけなかろう。レジ前で童貞確認してくる初対面の客なんて、人生で一度経験すれば沢山だ。あと、パンツ投げられるのも二度とごめんだ。


「えーっと、ミサさんだっけ?」

「あー、先輩さんの方が年上でしょ?さん付けはしなくていいよー。私、敬語嫌いだしー。…………『先輩さん』ってのも変だから名前教えてほしいなー、できれば下の」


 前も思ったけど距離が近いなこの子。これがイケイケ女子高生の生態なのかしら。


 日に焼けた健康的な肌が目の前に。


「先輩の下は『彰平』だよミサ」

「ショーヘー、か。普通〜」

「………普通て」


 僕も以前、ひょっとこ少女の女子中学生に、「普通ぅ」と言ってしまったから、人の事言え無いけどさ。


「で、今日もアイス?」

「アイスより腹に溜まる物がいいなー。部活あとで腹減ってるしー。……あの唐揚げ欲しい」

「はいはい」


 高カロリー、タンパク質の唐揚げはスポーツ選手には持ってこいなのだろうか。もう少し栄養があった方が……。なんて、母親ムーブするつもりはないけれど。


「おい神宮寺。お友達に唐揚げ出してやれ」


 せっかく顔見知りがいるんだ。そっちの方がいいだろう。仕方ないから掃除も代わってやろう。感謝したまえ。


 振り返ると雑誌コーナーにうずくまる神宮寺がいた。


 なんだ?変なもんでも食べて腹壊したか?


「おい大丈夫か神宮寺?」


 なぜかワナワナ震えている。掃除を中断するなんてマジにヤバいのか?


「おっほー!……なるほど、男の人はこーゆーのが好きなんですねー……。な!なな、なんて大胆な!先輩ティッシュ持ってません!?」

「…………掃除終わったんならモップ片付けろ。あとなんでグラビア雑誌読んでんだよ」


 それは男性向けのはずだ。

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