第7話 夜食
僕と神宮寺と針ヶ谷と、スウェットに着替えた折坂さんとでローテーブルを囲み、何故か夜食を食べていた。
大皿に陳列されたおにぎりを、それぞれムシャムシャと食べ、夜11時の空腹を満たしていた。特に神宮寺がほっぺたをリスのように食べていた。フグみたい。
そしていい加減ADコスプレやめろ腹立つ。
「どうした?口に合わなかったか?」
「いや、美味い。めっちゃ美味いんだけど……」
普段こんな時間に飯を食わないから、変な感覚だってだけだ。
バイト後は疲れていても疲れていなくても、空腹感より疲労感が勝つため、いつもはシャワーを浴びて即ベッドに倒れる生活を送っている。
それに、どうせ朝になれば空腹になるのだからと思い、もったいなく感じてしまうのだ。
だから、体がビックリしているって言うのと。
「………………………………………」
こうやって誰かの顔を見ながら食べるのは、とても久しぶりだと思った。
だからつい、食べる手が止まったのだ。
「って言うエモエモ回想シーンを挟んでから10話開始まで、3、2、1、どうぞ」
「危ない発言するな」
「食いながら喋らない」
「この鮭おにぎり美味しい♪」
「牡丹姉さんは空気読んで……」
「神宮寺も二つキープするのやめろ」
ってか、せっかく僕がいい話的な心の声したのに台無しだよ。
うん、うまいよ。とてもうまいよ。でもさ、せっかくそれを表現したのに、ぶち壊さないで欲しいなぁ。エネルギーの無駄遣いだよもう。
おにぎりを食べてエネルギー補充する。うん、うまい。
「「「ご馳走様でした」」」
「お粗末様でした」
やはり針ヶ谷が作ってくれたのか。いいお嫁さんになりそうっすね。
おにぎりの皿が空っぽになると、折坂さんは歯を磨いておやすみモードに。神宮寺は先程と同じく煎餅をかじり始めた。よく食うなぁ。
針ヶ谷がそれぞれのカラーコップを重ねて、大皿と一緒に持ち上げた。
「手伝う」
咄嗟に口から出た。
それは組織の新入りとしての使命感ではなく、ただ飯に対しての労働でもなく、気を引くための気配りでもない。
妙な罪悪感を感じたから。
理由はわからない。でも手伝わないといけない感じがしたのだ。
「いやいいよ、座っててくれ」
「いや、手伝う」
「………お兄さんもなかなか強情だね。なら、テーブルを拭いてくれないかな?」
「わかった」
台拭きのタオルを教えてもらって、水盤で濡らし、テーブルの上を滑らせる。おいコラ神宮寺。綺麗にした上で食うな。つか食いすぎだろ。
ボロボロと食べカスを落とす神宮寺。テレビに夢中で気づいていないから、煎餅の袋をテーブルの下に隠し、水盤へ行きタオルを洗う。
「ありがとう。そこに置いといてくれ」
「………………………………おう」
………この子、肌が弱いのかな?
針ヶ谷の手にはゴム手袋が装着されており、かちゃかちゃと手馴れたようにコップや皿を洗う。
ただ、不自然なのは手じゃなく「腕」だ。
これは自炊や洗い物をやっていれば誰しもわかるけど、しなくてもわかるけど、長袖で洗い物をすると濡れるのだ。
この子は手袋をしているけど、それでも守られるのは一部だけで、
何より髪だ。
地面につくほど長い髪を、髪留めのゴムやヘアピンとかで止めず、濡れることを承知で洗い物をしている。
袖まくりも髪留めもしないで洗う様は、一人暮らしの僕の目には不自然に映った。
「このキッチン狭いし、もう僕一人で十分だから座っててよ」
「…………わかった」
黙々と手を動かす針ヶ谷に、その不自然を問いかけることは出来なかった。
部屋に戻ると折坂さんは来た時と同じように、ソファで爆睡。神宮寺は隠したはずの煎餅袋を、抱き抱えてテレビを見ている。
居場所が見当たらない僕は、針ヶ谷の指示に背いてその場に留まり、袖や髪とは別の質問をぶつけた。
「さっきのおにぎり、炊き立てか?めっちゃ美味しかったけど、神宮寺や僕が来なかったらあの量はキツくないか?」
神宮寺の事だから、事前の連絡はしてないはずだ。
「いや、特に問題はないよ。神宮寺はよく食べるし、他のメンバーも来るかもしれないからね。余ったら朝ごはんや弁当に回すだけさ」
「他のメンバー?」
「…………聞かされて無いっぽいね」
イエスアイアム。はいそうです。
「神宮寺、牡丹姉さん、僕、あとお兄さんの他に、もう2人いるんだよ。まぁ、これからも増えそうだけど」
「……………………………」
そのもう2人が、神宮寺が類の友を呼んだような、ぶっ飛んだ思考の宇宙人じゃ無い事を祈り、それが増えない事を祈る。
「………言っておくけど、メンバーは募った訳じゃ無いし、全員神宮寺のスカウトさ」
「全員被害者じゃん」
「そうとも言えないよ。牡丹姉さんは自分から招いたようなものだからね」
「……………何したんだ折坂さん」
「本人に聞きなよ。僕の口からだと厚みが無い」
マフラーで隠れているけど笑ってるのはわかった。
針ヶ谷は蛇口のレバーを下げて水を止める。
「神宮寺はバイトがあってもなくても毎日来るし、用があってもなくても来る。だからもし、僕が買い物とかで外出していたらすれ違いになるから、下の郵便箱に鍵を入れている。お兄さんも知っといてね」
「なるほど」
神宮寺のあの行動にやっと説明がついた。基本的に神宮寺は説明もなしに我が道を歩くタイプだ。解説か説明書が欲しい。
「あとの2人も紹介しておくべきかもしれないけど、顔合わせた方がいいと思うから、あえて控えるよ。あぁ、そうだ。LINEはやっているかい?」
「神宮寺の通知はオフにしてるけどな」
「え!?何で!?」
だから何で聞こえるんだよこれは。
「…………とりあえず僕のアカウントを追加して欲しい。そしたらここのグループも送るよ」
そう言ってポケットのスマホを取り出そうとして、手の違和感に気づき、ゴム手袋を外そうとする。
その時にゴム手袋の中指を摘んで引っ張るのではなく、手首あたりを中の袖ごと掴んで、取り外した。
それが不思議で、不自然で、妙に引っかかる。
「これで完了だな。…………ちなみにお兄さんは泊まって行くかい?シャワーは貸せるけど流石に服や下着は貸せないよ。ウチにあるのは女性ものばかりだからね」
ここは世界征服のアジトだけど、そっちの世界の扉は開きません。
「ん?ちょっと待て、もしかしてその2人も女子なのか?」
「あー、言ってなかったね。そうだよ、2人とも女子。LINEのアイコンや名前だけじゃ、男女わからないね」
針ケ谷は「説明不足だったね。すまない」と謝って、
「で、さっきも聞いたけど泊まって行くかい?」
「いいや、そこまでお世話になるわけにはいかない。ここらでお暇するよ」
「そうか。なら今度来る時、ストックの服や下着を持ってきてくれ。泊まる用にね。収納スペースは空いてるから量は気にしなくていいが、あまり刺激の強いやつはやめてくれよ。干す時大変だからな」
「そんなの無いから安心しろ」
「そう?」
小首を傾げる針ケ谷。
ただ、見間違いだろうか。
傾げた拍子に、髪の毛で隠れていた右頬に、中学生のほっぺたに……。
「でも牡丹姉さんはわりとエッチなブラとか持ってるよ。見る?」
「見ない」
0.2秒の即答だった。
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