第6話 顔合わせ

 突然ですが、僕は小学生の頃、作文で三部構成を習いました。


 まず最初にこれから書く内容を、簡潔に、一言で、書くようです。例えば「今年の夏休みは楽しくありませんでした」と。それが題名でも一段落目でも、もしくはどちらに入れても構わないらしいです。


 次に「何故そう思ったか」を、具体的なエピソードを交えて書きます。


 その思った理由やエピソード、即ち「根拠」を2、3回繰り返し、最後にまとめ。


 それを通して「何を学んだか」とか、「どう思ったか」とかを書かされました。その作文の宿題のせいで、夏休みは楽しくありませんでした。


 小学生のまだ純粋無垢な並河少年は、その作文を提出後、真っ赤にペン入れされた作文を先生から返されまして、小学生の精一杯、努力の結晶になんて事するんだと思いましたとさ。めでたしめでたし。


 本当にまったく関係ないけれど、その過去経験を踏まえて、現役大学生が三部構成で現状を語らせていただきます。


 なお現在進行形なので具体的なエピソードではないんですが。


 まず最初に、状況がわからなくなりました。その理由は2つあり、一つは部屋の内装です。


 外見が立派なマンションとは言え、内装はある程度変えられるので、世界征服を企む悪い組織の如く、あるいは怪しい宗教やオカルト集団の如く、禍々しい空気に包まれ、緊張の糸が千切れるほど張って、リラックスのリの字もない部屋かと思いきや、普通の部屋だったからです。


 フローリングの床、木製のローテーブル、ふわふのラグ、正方形の座布団に丸いクッション、血なんて付いてない真っ白な壁。


 至って普通。ごく普通。予想の範疇を超えないようで通り過ぎる内装に、僕は着いていけない。


 もう一つは、そのメンバーです。


 神宮寺優紀が掲げる世界征服のメンバーはごく少数で構成されてるらしく、僕を含めて四人しか部屋にいません。あと付け加えるなら、僕以外のメンバーが全員女子です。中学高校なら「わー、ハーレムだー」とドキドキワクワクソワソワしてましたが、今となっては肩身が狭い思いをしそうだなとしか思えませんでした。変なドキドキはありますが。


 まとめ。何ここ。


「とりあえず座って。お茶でいい?」

「お、お構いなく………」


 ラグの真ん中にあるローテーブルに座って、ふと思う。アジトに来たはずなのに、なんか友人の家に来たみたい。


 しかもツッコミどころはまだ存在し、初の顔合わせなのに、冷蔵庫から麦茶の2リットルペットボトルを取り出す、例のマフラー少女しか僕を認識しておらず、もう一人のメンバーはソファにて爆睡中だ。


 たぶん神宮寺だし事前に連絡していないのだろう。僕が来るって。


「はい、お茶」

「……どうも」


 ………ここ本当にアジトだよな?世界征服のアジトだよな?僕の記憶違い?めっちゃ平和なんですけど。


「で。一応確認したいんだけど、お兄さんも優紀にカツアゲされたのかい?」

「カツアゲって…………」


 今時いまどき聞かないし、少女の口から発せられる言葉じゃない。


 まぁ似たり寄ったりだ。いや、カツアゲより脅迫の方がランクは上か。


「ん?今、『お兄さんも』って言ったか?」

「ん?もしかしてお姉さんだったか?それは失礼した」

「いや違うけど」


 謝罪含めて失礼だ。


「君も神宮寺に何かされて入ったと?」

「そうだ」


 あー。よかった常識人。そして同情するぜ被害者。


 ほっと一安心。目の前のお茶に毒が入ってない確率を高めてから、一口飲む。


 麦茶が体全体に染みると「そう言えば自己紹介まだだったね」と言って少女は、


「僕は『針ヶ谷はりがや みず』。今年の秋で14歳になる中学生で、…………優紀ゆきの説明は要らなそうだな」

「ああ。神宮寺はバイトの後輩だから知ってる」

「なるほど。優紀がよく言う『先輩』とはお兄さんなわけか」


 何と言われているのかは触れません。ただでさえ最近心臓が痛いのに、さらにダメージを欲しがるのはただのドMだ。


「そうかそうか。じゃあ問題なさそうだ。あぁ、あそこで寝てるのは折坂おりざか 牡丹ぼたん。24歳の社畜。勤めてる会社と自宅の間にこのマンションあってね、会社の往復が面倒だからって住み着いているんだ」


 なるほど。社畜が住み着いていると。


 ムニャムニャと気持ちよさそうに寝てる女性はまさしく社会人。お仕事後にベッドダイブならぬソファダイブしたらしく、スーツのまま寝ている。


「あぁ、まずいな。シワがつく」


 マフラー少女もとい針ヶ谷は思い出したように立ち上がり、ソファに寝転がるスーツお姉さんこと折坂さんに声をかけた。


「おーい。牡丹姉さんシワつく前に脱ぎなって」

「うぅん……………脱がせていいよー」


 これは重症だ。


 声をかけて揺さぶっても起きない折坂に針ヶ谷は額に手を当てながら、寝ている人の上にドスンとまたがった。女子中学生の体重じゃ目覚める気しないのだが。


「お兄さんいるんだから、別室で着替えなよ」

「べつに大丈夫だよー」

「僕とお兄さんが大丈夫じゃないんだよ」


 たしかに大丈夫じゃない。僕の理性が。


 折坂さんが寝てる様は非常に無防備で、社会人とは思えないだらしなさだ。


 そして何より、その、牡丹姉さんのスタイルが、特に胸部にみのる果実の主張が激しく、男なら誰しも目が釘付けになる。


 男が狼なら、彼女は狼の目の前で爆睡する羊だ。


「……………………」


 睡眠羊を見ている僕を、羊さんに馬乗状態の針ヶ谷が見ていた。


 そして何かを思いついた。


「ほら。起きないとお兄さんがおっぱい揉むってさ」

「なにぃ!?」

「なんだと!?」


 そんなこと言ってないぞ!あと神宮寺はピンポイントで反応するな!


 さっきまでテレビの前で煎餅せんべい食べて笑ってたくせに、どういう類の地獄耳だよ。


「うぅん、大丈夫です。ちゃんとバックアップはとってあります……」

「バックアップあるから大丈夫らしいよ」


 何がどう大丈夫なのだろう。


 というか全然大丈夫じゃない。


 具体的には視界の端でスマホをこちらに向けている神宮寺が。


「煎餅食べながら盗撮しているやつをご覧ください」

「はんとろくあひていまふ」

「ちゃんと録画していますだってさ」

「…………さすが優紀の先輩だ」


 おかげで疲れます。


 知り合って間もないがお互い苦労人だと知り、軽いシンパシーを感じていると、


「仕方ない。いつものアレにするか」


 自力で起こすのに観念した針ヶ谷は、いったん折坂さんから降りて、机の上のスマホを取る。


 そのまま画面をタップして、寝ている折坂さんの顔に近づける。


 すると、


『おい折坂ぁ!お前またサボっているんかっ!!』

「へぎゃぁ!!部長違うんです!フォルダの立ち上げが、遅くっ………て?」


 大音量でおっさんの声が再生された。


 目をかっと開けて、ベッドから飛び上がるように起きた。何やら見苦しい言い訳が聞こえてきたが本人は気付いておらず、周囲を確認し、


「ほぅ…………なんだ家かぁ」

「厳密には僕の家の、僕のソファだ」


 このアジトは針ヶ谷の家か。


 寝起きの羊姉さんは周囲を確認して、部屋の中にいるメンバーのうち、見覚えのない顔を見つけ、


「………………えっと、……どちら様?」

「やっぱり寝ぼけてたか……」


 もうお決まりらしく、軽くため息を吐く針谷。


「すまないがお兄さん。牡丹姉さんにも自己紹介してくれると助かる」

「あ、はい」


 この人たち神宮寺に負けないくらいマイペースだなぁ。


「ええっと、僕は並河彰平です。神宮寺がお世話になってます」

「いえいえこちらこそ〜。え?じゃあ、ひょっとして、ゆうちゃんがたまに言う『先輩』って君かな?」

「あぁ、はい多分そっすね」


 ここでも情報漏洩されてます。優紀だからゆうちゃんと。


「牡丹姉さんもういいだろ。早く着替えないとスーツがシワになるよ」

「もうみずちゃんったら〜。このくらいなら平気よ〜」

「そのうちスーツのシワが顔面に出るかもよ」

「ゔっ…………」


 効果は抜群だ!牡丹姉さんに104のダメージ!


「わかりました。着替えます着替えますよーだ」


 そう言ってスーツのボタンを一個一個取り外す折坂さん。だんだん下のワイシャツがあらわになってきて、なんともセクシーだ。


 が、その手を僕は止めた。


 別にこれで赤面するほどの純粋さは、神宮寺からパンツを投げられた時より前に、どこか遠くの彼方で埋めてきた。


 もしくはスーツがシワになるのが好きで、スーツのまま寝てほしいわけじゃない。そんな特殊性癖は僕にない!


「………あの、ストップで」

「?」


 折坂さんの右手を右手で掴んで、何も掴んでいない左手の人差し指を、ピンと張る。


 「人に指を刺してはいけませんと」小学生の頃、例の作文先生に言われたが、あいつは人じゃないからいいだろう。


「あっちに盗撮魔がいます」


 そこにはスマホのカメラ機能を作動させ、三脚を使って盗撮する、神宮寺がいた。


 テレビとかのADさんがしているキャップをかぶって、ショルダーバッグを肩にかけ、カンペにマジックで字を書いた盗撮魔がいた。


「おい。何やってんだお前」

「…………」


 腕を頭の上でクロスさせ、首をぶんぶんと振り、無言でカンペをバシバシはたく神宮寺。


 何が「そのまま続けて!」だ。そのカンペ叩き割ってやろうか。

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