吸い尽くす者

ジロギン

吸い尽くす者

「食べても食べても、体重が落ちる一方なんです…1ヶ月前は65kgほどあったのですが、今は43kg…運動などは全くしていません。なのに22kgも痩せるなんて、異常ですよね…?」


患者の小関 正嗣(こせき まさつぐ)さんは、消え入りそうな声で言った。


以前どのような見た目をしていたかはわからないが、確かに頬はこけ、目元には真っ黒なくまができており、ジャケットから覗く手首は女性のものかと思うくらい細い。


「おっしゃる通り、ダイエットもせずにそれほどまで痩せるのはおかしいですね。深刻な病気の可能性があります。病巣が育つために体からエネルギーを奪い、痩せ細ってしまう…そういうケースがないわけではありません。心当たりはありませんか?例えば、熱があるとか、咳が止まらないとか、嘔吐してしまうとか…」


「ありません…強いて言うなら、疲れやすくなったことでしょうか。自宅はアパートの2階なのですが、階段を十数段登っただけで息切れしてしまいます。以前までそんなことありませんでした…」


「体重が落ちたことで体力も減っているのでしょう。明確な症状もないなら、検査してみる必要がありますね。」


「先生…お願いします…俺…不安で不安で…」


私は小関さんにレントゲン室へ行くよう促した。

診察台に寝かせた小関さんの体を撮影。

出来上がったレントゲン写真には、医者でなくてもわかるほどの異変が現れていた。


「食道の中ほどから胃、小腸、大腸にかけて、ひとつながりの影がありますね…長さは3〜4mほどか…なんだこれ?私は医師を始めて20年以上経ちますが、こんなのは見たことがない…」


「先生…俺の体、どうなっちゃってるんですか?」


「便秘の患者さんをレントゲンで撮影すると、腸内に白く影が映るんですよ。それらは排泄されてない便、つまりウンコです。しかし小関さんの場合、それが食堂まで達している…ウンコが食道まで上がってくることはまず考えられません。」


「じゃあ…これは何なんですか!?」


「胃カメラで調べてみましょう。これが何かはわかりませんが、小関さんの体重減少の原因であることには間違いありません。」


私は胃カメラの準備に入った。

カメラを小関さんの口から喉の奥へと入れていく。

小関さんは苦しそうな表情を浮かべ、えづいていた。


原因が判明するまで、30秒もかからなかった。


「小関さん、落ち着いて聞いてください。あなたの体内には寄生虫がいます。」


「……!?」


「今、目が合っています。」


食道を塞ぐようにして寄生虫の顔が見えた。

こちらをじっと覗き、口を細かく動かしている。

例えるのは難しいが、子供の頃、昆虫図鑑で見た「カミキリムシ」の顔にそっくりだった。


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「お医者さんの話じゃ、手術で摘出するしかないそうだ。でも食道から腸まで開くことになるから、俺の命も危ないらしい…」


俺は自宅で、彼女の晶子(あきこ)に寄生虫のことを打ち明けた。


「そんな…信じられないよ!3m以上の寄生虫!?それが喉の近くまで顔を出してる!?聞いたことがない!!」


「俺だって信じられなかったさ!でもこの状況をどう説明する!?1ヶ月で体重が22kgも落ちて、レントゲンには巨大な影!胃カメラで虫の顔が見えた!俺は寄生されちまったんだ…どんどん栄養を吸い取られている…」


「…このまま放っておいたらどうなるの?」


「死ぬってさ。口から入ったものは虫が全て食べてしまうから、もっと体重は落ちていくだろうって。それだけじゃない。今日病院で観察してわかったことなんだが、虫は俺の血を1日に200ccほど吸っている…このままじゃ、血も足りなくなる恐れがあるそうなんだ。」


「じゃあ手術しましょう!それなら助かるんでしょ!?」


「助かる可能性があるってだけで、死ぬ確率の方が高いらしい…わかるか?晶子。俺は死ぬんだ。どうやったって死ぬんだよ。」


「自暴自棄になっちゃダメよ!腕のいいお医者さんを紹介してもらえばきっと…」


「お前にはわからんだろうな!巨大寄生虫に巣食われた人間の気持ちが!想像してみろ…体の中を、こうしてる今も、虫が蠢いている…気持ちが悪い…もう我慢できない…」


「正嗣…希望を失っちゃダメ!大丈夫だから!ね?」


「おいおい、俺もガキじゃないぜ。自分の運命を受け入れる覚悟くらいできてる。どうせ死ぬなら、原因となったコイツを道連れにしてやりてぇなぁ…」


俺はお腹の当たりを手のひらで叩くと、立ち上がり、キッチンへと向かった。


「晶子…俺はお前と死ぬ運命だと思ってたよ…でも違った。俺はこの虫と一緒に死ぬ。地獄への道連れだ。美味しいもの食べさせてあげたり、遊園地に連れて行ってあげたりできなくてすまなかったな。」


「何言ってんの…?ちょっと正嗣」


「愛してるぜ」


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正嗣は殺虫剤のスプレーを咥えると、自分の口の中に噴射した。

ごごがががごぁががごごごごあががあ

という、声にもならない苦痛の叫びが部屋を包む。


私は正嗣の元へ駆け寄り、すぐにスプレーを口から離した。

中身はほぼ空になっており、正嗣は白目を向いてその場に倒れ、痙攣し始めた。


「正嗣…正嗣…どうして…」


私は涙を流し、正嗣の胸に顔を当てた。


ピキーッ


何かの音が聞こえる。鳴き声?


ピキーッ


ピキキーッ


ピキーッ


声は正嗣の体の中から聞こえた。

正嗣の体が震え出す。

喉が真っ直ぐに伸びると、口からカミキリムシのような顔をした虫が這い出てきた。

体はムカデに似ており、唾液と胃液に塗れ、吐瀉物のような匂いを放っている。


ピキーッ


虫は叫び声を上げると、ずるりと私の方へ顔を向けてきた。

ハサミのような口と長い触覚から、正嗣の体液が滴り落ちている。


私は部屋を出て、その場から逃げた。

おぞましいものを見てしまった。

本当に正嗣の体の中には巨大な寄生虫がいたのだ。


その後、あの虫がどうなったのか、正嗣がどうなったのかもわからない。

この一件以来、私は寄生虫が付着している可能性の高い魚介類が食べられなくなってしまった。

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