017 ゴールデンウィーク③ 【第一章 最終話】

「電気、消すね」


 文香が照明を落とす。

 半開きになった大きな窓から月光が差し込む。

 風が優しく入ってきて、レースのカーテンを揺らした。


「お待たせ」


 文香が布団に入ってきた。

 俺の二の腕に触れてくる。

 その手がゆっくり下がっていき、俺達は手を繋いだ。


「緊張してすぐには眠れないから、お喋りしたい」


「お、俺、俺もだよ、きんちょ、し、している!」


「祐治は緊張しすぎだよ」


 文香がクスリと笑う。

 俺は「ごめん」と空いている手で頭を掻く。


「文香、笑顔の頻度が増えてきたよな」


 仰向けになって天井を眺めながら話す。


「そうかな?」


 文香は体をスライドさせてくっついてきた。

 互いの肩が触れあう。

 その距離で彼女も仰向けになる。


「付き合う前は一度も笑っている姿を見たことがなかった。付き合ってからはちょっとだけ見られた。で、今日はそこそこ笑っていると思う」


「よく笑う私は嫌? イメージと違う?」


「嫌なわけない。最高に可愛いよ」


 文香が手をぎゅっと握りながら呟く。

 ありがとう、と。

 そして、俺の肩に額をコツッと当てた。


「祐治、私……」


「ん?」


「私……」


 何か言いたいようだ。

 俺は静かに次の言葉を待つ。


「私………………私………………」


 …………。


「Zzz……Zzz……」


(寝るんかい!)


 心の中で突っ込む。

 声に出すと起きそうなので黙っておく。


 文香は気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 緊張してすぐに眠れないとはなんだったのだろうか。


 可愛い文香の寝顔を3時間ほど堪能してから、俺も眠った。


 ◇


 翌日――。


「祐治、起きて、朝だよ」


 気持ちよく眠っていると、文香に起こされた。


 体を起こして目を開ける。

 彼女は既にパジャマから着替えていた。


「朝ご飯、作ったよ。一緒に食べよ」


「本当か!? 食べる食べる!」


「顔を洗って着替えてから来てね。ダイニングで待ってる」


 文香が頬にチュッと唇を当ててから離れていく。

 あまりにもさりげなかったので、気づくのに間があった。


「おはようのチューをしてもらった……文香に……」


 喜びが沸々とこみ上げてくる。


「うおっしゃああああああああああああ!」


 そして爆発した。

 ベッドの上でガッツポーズを決めて叫ぶ。


 すると扉が開いた。

 そこには、恥ずかしそうに頬を赤らめる文香。


「喜び過ぎだよ」


「だって嬉しかったんだもん、仕方ないじゃないか!」


「ほっぺにチュってしただけなのに……」


「もう1回! もう1回やってほしい!」


「…………」


 文香は悩むように立ち尽くしてから言った。


「……やだ」


 そして再び部屋から出て行く。

 断る姿も可愛くて、俺はまたしても「うおっしゃああ!」と叫んだ。


 ◇


 文香と二人で、文香の作った最高の朝食を堪能する。

 初めてスターフォースを観た時よりも心のときめく時間だった。


「文香、これはなんていう料理? すごく美味しいよ!」


「卵焼きだよ」


「こっちは? こっちの料理は何!?」


「ウインナー」


「文香、これは、これ!」


「喜び過ぎだから……」


 文香は恥ずかしがって目を背ける。

 それでも俺が興奮していると、彼女は「バカ」と呟いた。


「何をやっても可愛いのは勘弁してくれぇ!」


 自分でも思う。俺はバカだ。

 だが、それでいいと思った。


「祐治って私がやれば何でも喜ぶよね」


「だって文香だからな! 最高に可愛い俺の恋人だし! 何をやっても可愛いから仕方ない!」


「なんだか犬みたい」


「犬で結構!」


 犬の真似をして「ワーン」と吠える俺。

 そんな俺を見て、文香はクスクス笑う。


 最高のひとときだった。


 ◇


 あっという間に13時になる。

 リムジンが迎えに来た。


「もう終わりなのか……」


「短かったね」


「だな……」


 俺達を乗せたリムジンが別荘を離れていく。


「もっといたかったよ」


「また長期休暇になったら来ようね」


 文香が俺の手を握る。


「うん、絶対に来よう。でも、その前にデートもしよう!」


「いいね。どういうデートがしたい?」


「あらゆるデートがしたい! 水族館に行ったり、綺麗な夜景を見たり、観覧車に乗ったり、なんかもう、デートって感じのものは全部したい!」


「欲張りだね」


「まぁな!」


「仕事のことも忘れたら駄目だからね?」


 そういえば〈よろずん〉があったな、と思い出す。


「すっかり忘れていた……」


「駄目だよ。恋愛と同じくらい〈よろずん〉は大事なんだから」


「文香はいつからあの仕事をしているの?」


「高校に入ってすぐだよ」


「その時から一人で?」


「うん」


「すごいなぁ。トラブルとかなかったの?」


「お客さんとはね。ただ、依頼をこなす過程で他の人と揉め事になることはしばしばあるかな」


「鈴木さんの時の順番抜かししてきた奴みたいなものか」


「そうだね」


 話していると、後ろからクラクションを鳴らされた。

 青信号なのにリムジンが進まないのだ。


「どうかしたのですか?」


 文香が尋ねる。


「進もうにも前に……」


 運転手がフロントガラスの向こうを指す。

 横断歩道のど真ん中に老婆がへたり込んでいた。


「腰ィ! 腰をいわしてもうた! グルコサミンを飲んでいるのにどうしてじゃあ! グルコサミンを飲んでいるのに! 腰をいわしたぁ!」


 いつぞやの婆さんだ。

 グルコサミンが効かないと喚いている。


「祐治、あの人を助けて」


「分かってる!」


 俺は直ちに超能力〈足腰強化〉を発動。


「ほぇ? 治ったわい! これがグルコサミンじゃあ!」


 老婆はスキップしながら横断歩道を渡りきった。

 そのまま「グルコサミーン♪」と歌いながら去っていく。


「あの婆さんも変わらないなぁ」


 文香が「あはは」と口に手を当てて笑う。

 リムジンが走り出すと、彼女は腕を絡めてきた。

 俺の肩に頭を寝かせながら言う。


「祐治と付き合うようになってから、毎日がすごく楽しい」


「俺もだよ」


「私を恋人にしてくれてありがとうね、祐治」


「むしろ恋人になる機会をくれてありがとう」


 文香は上目遣いでこちらを見て優しく微笑む。


「これからもよろしくね」


「こちらこそ、よろしく!」


 こうして幸せなゴールデンウィークが幕を閉じた。


 そして学校生活が始まり、〈よろずん〉に依頼が来る。

 真面目な依頼からアホくさい依頼まで、色々な依頼が。


 俺達の活動はこれからも続いていく。

 ずっと、ずっと――。

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超能力で片思いの美少女をこっそり助けていたら、バレて告白されておかしなことになった 絢乃 @ayanovel

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