第18話「幼馴染の照れ顔」


 ☆霧島和人☆



 結局、その日はそれ以降何もすることなく終わったのだった。


 高校に来て初めて、クラスで遊びに行ったというのに終わりがこんなんじゃ締まらない————が今回ばかりは仕方ない。とりあえず、四葉が五体満足だったんだし、良いことにしようか。


 しかしまぁ、最悪なことに。

 帰りの電車では俊介に「あの後、二人とも返ってこなかったけど二時間も何をしていたんだぁ?」とにやけた面で言われ、便乗してきたクラスメイト達が永遠と俺の口を割ろうとしてくるし、しんどかった。やはり、状況判断も気遣いもイケメンだが、最後まで楽にしてはくれない俊介こいつをぶっ飛ばしてやりたいほどだ。


 だが、事実。


 奴の勘は当たっている。はてさて勘なのかも分からないが……そういうことにしとこう。普通に後ろから覗いでたとかありそうだけどっ——あぁこわ、やめよやめよ。


 行かないで——と懇願してきた四葉の隣でしばらく座っているとコクっと寝落ちした四葉の頭が俺の肩に乗っかった。


 ふわっと揺れた髪から溢れるシャンプーの香りと、近くで見ると意外にも大きく感じる胸に小一時間動けていなかった俺もいる。


「すぅ、すぅ……」


 ゼロ距離で放たれる寝息、そして女の子の温かさ。

 華奢で軽すぎて脆そうな四葉。


 そんな風についつい考えてしまう自分が怖かったまである。幼馴染の肩にドキドキしている高校生ってもしやヤバいのか? くそう、変態にはなるまいとしていたのだがこうも現実でアニメのような出来事が起きると自制心のブレーキは壊れてしまうようだ。まぁ、だって可愛いし? 仕方ないしィ⁉


 昔の幼馴染の方がと常々言っていたが、素材は変わっていない。あの瞬間、俺は確実に惚れていた。というか、お前らも惚れないと可笑しい。嘲笑してないで、一緒に惚れろ。やっぱり好きだわ、超好き。


 ってきもいけど。



 家に着く頃には空はすっかり真っ暗になっていた。途中、四葉が犬の遠吠えに怯えてくっついてきたとき右腕を殴られたことを除けば無事に帰ってこられたのは良かった。むしろ、溺れた四葉よりも俺の方がダメージが大きい気がしなくもないまである。まったく、もう少しだけ優しくしてほしいものだ。


「はぁ、ただいまぁ~~」


「——誰もいないのに何言ってるのよ?」


「別に、なんとなくだよ」


「きもっ」


 俺が疲れた声でそう言うと後ろから引き気味の目で睨む四葉。


 見れば分かるが、どうやら、俺への感謝は皆無だったらしい。あんなに身を挺して助けたというのにその報酬は罵倒ときた。生憎、俺は天性のМでもないから嬉しさなんて微塵もない。悔しい話だ。


「お前なぁ、もう少し言い方ってもんがあるだろ」


「っい、いいもん」


「これでも、俺助けたよな?」


「し、知らないっ」


 こいつ、薄情なっ。あんなに行かないでとか言ってたくせに良くなったらこれだ。自分勝手にもほどがあるだろ。


「行かないでって泣きながら訴えてきたくせに……」


「————っ!! う、うっさい‼‼」


「あがっ⁉」


 右脛へ、全ぶりの蹴り。

 サッカー部も目が飛び出るほどの威力だ。まったくゴリラかよ。痛いぜ、クソッたれ。


「お、お前っ‼ なぁに、しやがるんだっ‼‼」


「うっさい、まじでうっさいし! ご飯作るから先に風呂でも入ってきて‼‼」


 バシバシと肩を叩きながら、お風呂へ誘導する四葉。心なしか、頬がほのかに赤く染まっていたのは見間違いだっただろうか。


 いやしかし、今までは到底思いつかなかったことを不意に思っている俺がいるということに奥底にいる冷静な自分はすこしだけ驚いていた。



 ☆高嶺四葉☆


「はぁ……どうしちゃったんだろ、私」


 和人をお風呂場に押し込んだ後、私はすぐ台所で座り込んでいた。


 胸が痛い。それもすっごく痛い。


 どうしてなのか……。


「って、分かってるくせに何言ってるんだろ……」


 否定したい気持ちが頭の中をぐるぐると渦巻いている。だって、仕方ないじゃん。長い間、嫌いだってずっと思い込んできたんだから、それくらいいいじゃん。私だって、私だって……ほんとは素直になりたい。


「はぁ……」


 溜息が零れる。

 すると、和人のシャワーの音が聞こえてきた。


「っ……ふんっ~~」


 呑気に鼻歌まで歌って……人の気持ちも分かってないくせに。ほんと、鈍感でムカつくわ。


「って……まぁ、私がこんな性格になっちゃったからか……」


 なんでこんな感じになっちゃたのか、それは数年前に遡る。

 いやいや、別に大した理由じゃない。二人で喧嘩して、お互いに殴り合って、絶交しそうになって、それで解決はしたんだけど——その後も引っ張ってしまった私はあいつだけに冷たくしてしまった。


 まあでも、最近はみんなに振舞ってる本当の顔の方が辛くなってきているけど、昔の私はあんな感じだった。だから、昔みたいに和人が優しくしてくれることもない——それで、いい。


 そう思っていたのに、和人が……急に優しくしてくるんだもん。


 そんなのずるいじゃん、私も女の子なんだよ? それくらい分かってるのかなってくらいずるい。


 そんな風に考えていると、一体全体これからどうしたらいいか分からない。どうすればいいのか、和人の事を好きなままでいいのか、それともk————やっぱ、いい。


「んん~~~~‼‼ どうしようもないこと考えてる時点で終わりよっ!」

 

 二回、頬を叩いて私は夕飯づくりに取り掛かった。

 


 

 

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