第17話「幼馴染が気になる」

☆高嶺四葉☆



「四葉、大丈夫か?」


 その情景が見知った記憶と重なった。

 水に浸る瞬間の走馬灯、あの日の出来事だったのは確実だった。


 ——でも。


 あの日のいつ、どこでこんな言われたかはあまり覚えていない。ただ今日、似たような台詞をプールわきの休憩室で横たわっている私に和人こいつは言ってきたのだ。


「え、えぇ……大丈夫」


「ならいいが……」


「うん、だ、大丈夫……だから」


「……ん」


 なぜだか、胸が苦しい。


 溺れかけたことによる息苦しさなのか、助けてくれた幼馴染こいつに対する息苦しさなのかは定かではなかった。でも、一つだけ分かることがある。


 もしも、もしもだ。

 あくまでも、もしもの話である。


 もしもこれが幼馴染こいつに向けた息苦しさであるのなら、今まで一緒に居て息苦しさなんか感じてなかったのになんで私の胸はこんなに締め付けているのだろうか。


 明らかにおかしい、おかしな心境だった。それだけがよく分かっていた。何となく理由は分かるって? 私は知らないもん、絶対知らないし、そんなわけない。


 きっと……いや、まさか……だよね。


 私はそんなこと思ってないし、もう高校生なんだもん。昔の思い出なんかで気持ちは変わったりしないわ、そうよ、絶対。そんな純粋な女じゃない。


「……やっぱり、本当に大丈夫か?」


「だ、だ、大丈夫だって……心配しなくてもいいからっ」


「そうか、ならいいけど……」


「けど、何よ……」


 ぽろっとこぼす一言、いつもなら面倒くさそうに言っているのに、今はそうは思えなかった。優しい、というか本当に不安そうな横顔。思わず、好きになってしまいそうなくらいにカッコよく見えていた。


 好きじゃないけど、断じて。

 そこだけは絶対だから。


「それ、ならいいんだけど……もう絶対に見栄なんか張るなよ」


「……わ、分かってる」


「ほんとか? 俺にはまたやりそうに見えるけどね」


「か、揶揄わないで、絶対やんないしっ」


「別に俺は揶揄ってない」


「じゃあ、言わないで」


「お前がもう、何もしないならな」


「……ずるいわよ」


 呟いた言葉は二人きりで使うには広い休憩室に響いては消えていく。ふと、和人の顔を見つめると窓の外を見ていた彼が視線を下ろし、目が合った。


「……どうした?」


「い、いや……なんでもない」


「そうか、まぁな、頼むから無茶だけはするなよ? 一応、匿っている立場だし、何かあったら親が心配するだろ?」


「……わかったわよ。はい、これでいいでしょ?」


「おまっ——ほんと生意気だなっ」


「悪い?」


「悪い」


「そ」


 いやしかし、心底ムカつく幼馴染だ。

 どうしてこんな男に話しかけられて嬉しいなんて思いを抱いていたんだろうか。今更、十年前の事が気になる。考えても無駄なのに、思ってしまう。


 今でも思ってるんじゃないかって?

 うるさい、殴るわよ。そんなことないわよ。


「……」


「……」


 虚空を感じるくらいに静謐な休憩室。

 廊下の足音や息遣いが聞こえるほどに静か。


 隣に座る和人の息が聞こえる。それくらいに私たちは無言だった。何を話していいか分からない。というか、鼓動がバクバクしている。ドキドキしている……え、なんで、なんで……そんなわけないのに、なんで……。


 そんなわけ、ないもん。


 絶対、そんなわけないんだもん。


「なぁ」


「っへ、え、なに⁉」


 思わず驚いてしまった。さっきまで頑張って冷静に話してたのに……恐る恐る隣を向くとポカンと天井を見つめていた。どうやら私の驚きには何も思ってなさそうだった。安心すると同時に、なんかムカついて足を蹴る。


「って、何するんだよっ!」


「別に、何もないけど?」


「っち、いてぇな、ほんと……」


「ふんっ」


「……まったく……誘おうと思ってたのになんか萎えるぞ」


「え」


「あーもう、なーえた。やめだやめだ、俺もう、行ってくるわ」


「え、いや、ま」


 すると、急に和人が立ち上がった。腰辺りに置いたタオルを手に持ち、肩にかけて、扉の方へ向かう。


 それが目に見えた瞬間、よく分からなくなった私はいつの間にか彼の手をグッと掴んでいた。


「——ま、待って!」


「っ」


「いか、いk……い、行かないで……」


「なんだよ、急に」


 ヤバい、自分でも良く分からない。


「いか、ないでって……っ」


 その場の勢いで掴んでしまって少しおどおどしてまう。心臓がバクバクを音を立てて、背中越しに呟く和人に少し肩が震えた。


「……そ、そのだから、一人に、一人にしないでって……言ってる」


「——じゃあ、なんで蹴るんだよ?」


 ジト目で私の顔を覗く和人、目つきが若干鋭いが


「べ、別に蹴ってないし……」


「蹴ってるだろ、記憶喪失か?」


「う、うっさい‼‼」


「うっ、もう、急に叫ぶなって」


「あ——ご、ごめん」


「……はぁ、もう。分かったよ、付き合えばいいんだろ、付き合えば……分かったよ」


 そう言って、もう一度隣に座ってきた和人を見て、落ち着きを取り戻した————かと思えば私の記憶はその辺りで途切れてしまった。


 どうやら、私は眠りに更けてしまったらしい。




<あとがき>


 お久しぶりです、歩直です。

 待っていてくれた方にはほんとすみませんでした。いやぁ、試験で疲れて中々書けませんでしたが頑張ってみました。二人の心境の変化、そして恋の始まり。二人の愛らしい姿を是非お楽しみください!




 

 

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