第16話「幼馴染を助けなきゃ」


 拝啓、十年前の俺へ。


 格好つけてなんだけど、君へ言いたいことがある。


 どうして君は隣の家の女の子に話しかけたのか? それを問いたい。子の胸の苦しさを、どこか許せない悔しさを、今、現在進行形で俺の心に渦巻くこの気持ちを生んだのは紛れもない貴様が隣の女の子に話しかけたからだ。


 だからこそ、お前に、君に、貴様に、問いたいのだ。


 どうして和人は……(以下略)。




「——四葉っ‼‼‼‼」


 まるで、白昼夢を見ているかのようだった。掴んだ彼女の手の動きが鈍く見えて、水しぶきが空中で止まる。その景色がどこか不思議で、どこか心地いい。


 だが、ふと自分を取り戻すと俺は感じた。


 焦り。

 恐怖。

 不安。


 頭の中はそんな気持ちでいっぱいいっぱいだった。


「おい、大丈夫かっ‼‼」


 溢れる水しぶき、湧き上がる悪寒。

 そのすべてが物語っていたが、彼女の体が妙に重い。


 死んだ人は急に重くなるとよく言うが、まさか彼女が——思いたくないことを思ってしまうほどに俺は焦っていた。


「ん……ぁ」


 目を閉じながらも漏れ出る嗚咽。


 口にプールの水が入ったのか、苦しそうに喉を震わせていた。同時に俺は安心した。意識はあった、生きている。縁起でもないことを想像していたけれど、彼女の息を聞いて、嬉しくて失い欠けていた力が身に入る。


「k……ず、と……」


「っ——」


 名前。


 プールから出ようと水中を歩いていると耳元で彼女が囁いた。

 そんな不意な台詞に肩がビクッと震えて、思わず彼女の手を掴んだ右腕が放しそうになったがぐっと堪えてその場を耐えることが出来た。


「あぁ、大丈夫だから掴まってろ……」


 そう言い捨てると四葉はゆっくりと目を閉じたのだった。




―――――――――――――――――――――――——————————————



 結局、その後俺と四葉はプールわきにある休憩室で過ごしていた。皆には大事には至らなかったと説明したところ、どうやら安心してくれたようで、逆に四葉に謝ってくれた。まさか、謝られるとも思っていなかった四葉としてはすこし照れ気味にあしらっていた。


 それを見て思うが、やはり四葉はこうでなくては……この照れ具合が可愛いんだよなぁ。


「おいおい、どうしたどうした? 鼻の下が象みたいになってるぞ」


「え、まじ?」


「まじだ」


「って、俊介か……なんだよ急に」


「いやぁな、四葉ちゃんがみんなからの謝罪に照れてるようだったからな、お前がニヤニヤデモしてるんじゃないかと思ってな」


「……し、してねぇよ」


「ほぉ、じゃあこれを見てもまだそう思っていられるかな?」


 含んだ笑みを見せる俊介、右手をポケットに入れてごそごそとすると取り出したのはスマホ。


「っ⁉」


「幼馴染を見ながらにやけて鼻の下伸ばす和人の写真、ばらされたくなかったら認めるんだなっ!」


 くそう、自分で言うのもなんだがきしょい。

 鼻の下が伸びすぎて、長い人中が出来てやがる。やばきもすぎる、キモイ、誰だこいつは。


「……」


「ははっ、何も言えないか……まあ面白いし、これは残しておくとしよう」


「す、好きにしろ」


「お、ほんと? ならお前ら二人の結婚式で友人代表としてこの写真見せびらかそうかなぁ~~!」


「いや、やめろよ。ってか、なんで結婚することになってんだ! 話が飛躍しすぎだぞ!」


「あらまぁ、そんなに必死に否定しちゃってぇ~~四葉ちゃんが悲しんじゃうぞ?」


「か、悲しまねえから、絶対」


「……? へぇ」


「な、なんだよ?」


 またもやにやける俊介、うんうんと独りでに頷く姿に俺は怪訝に見つめた。


「いーや、別にぃ~~」


「っち」


「まぁまぁ、落ち着きなってぇ、ほら四葉ちゃん空いたよ?」


 そう言われて振り向くと周りにいたクラスメイト達がプールの元へと戻っていく姿があった。


「……茶化すなよ?」


「え?」


「だから、茶化すなよって言ってんだ」


「ははっ……何気にしてんだっ、別に何も言わねぇよ」


「そうか……」


 ニヤニヤと手を振る俊介を一度だけ睨みつけながら俺は四葉の元へ歩いたのだった。


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