第11話「腐れ縁は馬鹿にする」


 その日の夜、数時間に及ぶ奴隷(荷物持ち)の仕事を全うし俺たちは同じ家に帰って来た。


「じゃ、ご飯作るからっ待ってて」


「お、おう……」


「何よ、その怪訝な表情は?」


「え、いやぁ……別に」


「ふぅん、そ。じゃあ、私行くから」


「おう、頼んだわ」


 いやはや、別に怪訝な表情を向けていたわけではない。ただ、さっきまで幼馴染である俺の事を散々ばら奴隷やら荷物持ちやら凄い扱いをしてきたくせに家に帰れば嫁さんの如く動き始める。その切り替えの早さに驚いてしまっただけだ。


 まあ、いつもの事だと言われれば確かにその通りではあるが……今日という今日は凄まじい早さだったのだ。


「……はぁ、それで……俺のやることと言えば」


 四葉が台所へ向かうと俺はリビングのソファーに深く座った。ポケットからスマホを取り出し、メッセージアプリを開くと、奴こと木戸俊介に電話を掛けた。


「もしもし、聞こえてるか?」


『ふぁ~~い、もしもしぃ~~木戸でぇーす』


「なんだ、寝起きか?」


『あぁ、今日は休日だったからなぁ~~』


「ずっと休日だろうが」


『そうとも言うなぁ~~はぁああ』


 俺が突っ込むと俊介はつまらないような欠伸をしてくる。頭も良くて、カッコも良くて、さらには人脈も広いこいつの欠伸なんて女子がこぞって聞きたくなるような代物だ。


 ぐへへ、そう考えると面白いな……得してる気分だ。


『きもいぞ、心の声が漏れてるぞぉ』


「は、まじか!?」


『はははっ‼‼ 冗談だよ、冗談っ! お前がなんか、急に黙り込けたもんだから変な想像でもしてるのかなって思ってなぁ』


「っく、な、なんだよ。びっくりしたぞっ……」


 あながち間違っていないがそう言うことにしておこう。何しろ、こいつに弱みを握られてはクラスのおもちゃになるも同然だからな。こうもたくさんの障害があるのは悔しいが、学校なんて所詮そんなもんだ。いい先生なんてなかなかいない。


「あぁ、まったく……」


『ははっ、どうだ? びっくりしたか? どんな気分だぁ?』


「気分も何も最悪だよっ」


『そらいい気味だ』


「悪い気味だし、性格も最悪だな」


『性格も? 俺はそれ以外も悪いのか?』


「……うるせぇよ」


 ぐうの音も出ない。うっせぇわはでたけど。


「……じゃなくて、そうじゃない‼‼」


『ん? どうした?』


「そうだよ、そうだよ。俺は俊介、お前に聞かなきゃならんことがある!」


『あらま、なんでしょうかね、大尉殿』


「おおぉおぉ、少尉君。お主に私は言っておきたいのだよ。連絡は早く、そして正確に、と」


『ま、まじですか⁉ 大尉殿‼』


「あぁ、まじだ。木戸少尉君」


『これは、失敬を……まさか私、大尉殿に迷惑をかけていたとは……申し訳ない』


「……お前、ふざけてるだろ?」


『え? 別に?』


 茶番も茶番。乗ってしまっていた俺も俺だが、こいつ自分の方が優位だと思ってるな。だからって俺の事を尉官の上位の役職にしやがって、そんなので気分なんてよくはならないぞ、俺は。


「まぁ、いいけどさ。お前、俺にプールの件話してないだろ?」


『ぷ、プールの剣?』


 こいつ、しらばっくれてやがる。


「剣じゃなくて件だ。クラスのメンバーでプールに出かけに行くって話だよ、覚えてないのか?」


『はぁ?』


「いい加減にしないとぶん殴るぞ?」


『ははっ、これはこれは……あんまりいじりすぎたかな……すまんすまん』


「ようやくかよ……」


『まぁ、そのな、お前さ、今日って出かけただろ? 四葉ちゃんとさ』


「んな、なんでそんなこと知ってるんだ!?」


『いやぁ、俺が知らない事なんてあるわけないでしょ?』


 自慢げにとんでもないこと言いやがる。だが、本当の事でなかなか批判もできない。女子が誰を好きだとか、この辺の地域のタレコミとかそんなニュースをいつも知っているのはこいつなのだ。


 さすが、俺とは違うところに住む人間だ。


「……はぁ」


『どうした?』


「いや、ちょっと呆れただけだ」


『なんで急に……俺、変なこと言ったか?』


「いいや、別に……まぁ、いいやめんどいし」


 点。

 いつもおしゃべりでうるさい俊介が突如として黙り込んだ。少しびっくりして、スマホを持つ手が震えたが、ぶるぶると首を振って正気を取り戻した。


「——はいはい、そういうのはいいから……まあ、知ってる知ってないはいいとしてそれで、俺はその話を聞いてないんだよ」


『はぁ』


「んで、四葉からは確かに伝えられたからいいけど、どこに行くんだ? あと十人くらい来るって言ってたけど誰が来るんだよ?」


『あぁ、そうか。まあプールつってもあれだ、エンジョイ系のプールだぞ? えっとぉー、あれだ、手稲にあるやつ。あとはいつメン?』


「いつメンなんて知らん」


『よ、陰キャ!』


 くそ。くたばりやがれ、この男。

 ニヤニヤしてるのがスマホの変化へんげしたボイスからも伝わる。


「……まあ、そうか。分かった、明後日な」


『おう、明後日の昼、札駅に皆で集合だから覚えておけよ』


「あいよ」


 そう言って、俺はスマホを耳から離した。ぶつッと切れてピーピーと機械音が小さな部屋で鳴ると、廊下から四葉の声が聞こえた。


「ごはんできたー」


「あーい」


「五秒以内に来ないと殴るから~~」


「は、おい——っ」


「ごー、よんー、さん—」


 途端にカウントを始めだす四葉、焦り過ぎて廊下で転んでしまったのが運の尽き。結局、俺は頬を一発殴られたのだった。


 頬を抑えながら夕食を口に運ぶ。やはり、と言ってはなんだが四葉の料理は今日も美味かった。肉汁がジュワリと弾け、胡椒と唐辛子の風味がふわりと香り、口の中は肉たちの旋律が響いていた。

 

「ってぇ……くそぉ」


 口の中を広がった旨味と頬をジンジンとさせる痛覚。

 逆にその両方が秘めた何かを刺激する。


「……旨いのもなんかムカつく」


「あら、それはどうも」


「っちぇ」


「ありがとうは?」


「……ありがとうございますぅ」


「お上手っ」


 っち。

 ご飯作ってるってだけで偉そうにしやがって……ただ、俺もそこに依存しているために何も言えなかった。


 十数分かけて完食し、お皿を洗面台まで下げようと席を立ったところで四葉が不意に呟いた。


「(……そうだ、あとで試着しよう)」


「……っ」


 ぴたりと脚が止まり、立ち尽くしていると彼女が首をこちらに向けてギロッと睨みつけた。


「何?」


「えっ? いや、なんでも……」


「そ。じゃあ、風呂は入ってね」


「あいよ……」


 そんなツンツン幼馴染の不意に放たれた一言に、心躍らせたのは内緒にしておくとしよう。



<あとがき>


 こんばんは、歩直です!

 400フォロワー突破ありがとうございます。もう少しで☆100行きそうですね、ありがとうございます! もしもまだしてない方がいるなら☆評価お願いします! ランキング40位まで陥落してしまったので……。



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