第6話

side シルヴァ


「はぁ……」

 キョウヤさんと別れたあと私は帰りしなにここ数日のことについて考えていた。


 ここ数日、私は治安維持機関ことAIGISの捜査官にはあるまじき生活をしている。違法娯楽施設で遊んだり、あって間もない人の家にお邪魔してご馳走になったりと、デバイス盗難被害のそ捜査をしていたはずなのに、ここ数日遊んでしまっていて微塵も捜査は進んでいない。一応私の立場の問題であくまで捜査のお手伝いでしかないため、操作を行なっていなくても問題はないのだけれど、それにしたって限度がある。それにほんの少し、ほんの少しだが違反娯楽物を私も楽しんでしまっ……、いやあれは捜査、捜査だと言うことにしておこう。


 私も悪いというのはわかっている。しかしあのヘラヘラとした態度を見ていると、やはり私でなくキョウヤさんが悪いのではと思ってしまう。初日にげーせんなるものに連れてかれて以来、あの人にペースを握られっぱなしだ。もちろん私がゲームにのめり込んでしまったのも悪いけど、そもそも私はあそこに入った時点で正体を明かして、違法な施設であることを説明した後はさっさと立ち去ろうとしていたのに、話を遮られてあれよあれよという間に五時間ゲームに没頭してしまっていた。


 彼は私の話を聞く気があるのだろうか、今日だって違法な行いの危険性を説明したけれど、どこまで聞いているのかわからない。私がいい加減話して置かなければと正体を明かそうとした時も遮ってきたし……。


 改めて思い返してみると非常に怪しい人物だ。そもそもデバイスの落とし物なんて普通はAIGISの支部に届けるなりなんなりで終わりなのにあの人はなぜか待っていた。それだけなら、まぁ暇な人くらいで終わりだけれど、その後も怪しい行動をし続けている。というか出会ってから今日まで怪しいことしかしてないのでは?違法娯楽施設に入手方法のわからない現物食品、いつのものかわからない家に大量の違法娯楽物。相手が私だからよかったものの、普通のAIGIS捜査官なら速攻逮捕だし、一般人でも通報されて即刻AIGISが飛んでくるだろう。


 そのくせに今日の私の忠告に対して何をいうのかと思えば「俺は人を見る目には自信がある」なんてAIGISの特務官の前で何の冗談だろうか。


 そんなふうに考えていると、いつの間にか家の前についていた。捜査をどうするか考えていたはずなのに気づけば彼への愚痴になってしまっていた。


「はぁ」


 今日何度目かもわからないため息を吐きながら、電子ロックにデバイスを当てて門を当てる。すると非常に大きな門が静かに開いた。相変わらず大仰な門だと思う。いくら西ヨーロッパ郡のトップの屋敷とはいえやりすぎではないだろうか。セキュリティ上、仕方ないのかもしれないが少し気が滅入る。


「おかえりなさいませシルヴァ様」


 門を通ると警備員が挨拶をしてくる。あまりかしこまらないで欲しいのだけれど、それをいうと困らせてしまうので諦めるしかなかった。そんなことを考えながら私も挨拶を返す。


「警備ご苦労様です。父様から何か言伝はありますか?」


「はっ!ルドルフ様からシルヴァ様がご帰宅したら呼ぶようにと仰せつかっています」


「わかりました。言伝ありがとうございます」


 敬礼を返す警備員を背に屋敷へと向かう。いったい何の用だろうか。まさか捜査が進まないことに対する苦言?デバイス盗難程度を気にしている暇があるとは思えないけど……。疑問に思いながらも父の部屋に向かい扉をノックする。


「お父様、シルヴァです」


「入れ」


 扉を開けて中に入ると、険しい顔をした私と同じ白銀の髪の初老の男性がこちらを見もせずに作業をしている。この人が私の父親にしてオルディネ最高権力こと《円卓》の五人のうちの一人、ヨーロッパ郡総督のルドルフ=アストレアだ。家族の私ですら何を考えているかわからないが、《円卓》の中でも一際発言力が強いらしい。


 正直私は少し父のことが苦手なのだが、黙って突っ立っているわけにもいかずこちらから声をかける。


「お父様、私をお呼びとのことでしたが、どのようなご用件でしょうか?」


 そういうと父はゆっくりと顔をあげ口を開いた。


「昼間、AIGISの技術班からシルヴァの追跡機能が無効化されたと連絡があった。心当たりはあるか」


「えっ!?そんなはずは……」


私がデバイスを落とした日ならわからないが今日はそんなことはしていないし、今もデバイスを門を開くために使ったばっかりだ。


「その様子だと心当たりはなさそうだな。デバイスの故障ならいいが、そうでないというなら深刻な問題となる。技術班が言うにはデバイス干渉への警報すらならなかったらしい」


「まさか、最近のデバイス盗難との関連が……」


「その可能性が高いだろう。よくある盗難被害と思ったが、我々にすら察知させずにしかも捜査のための二重の追跡機能すら無効化している」


「しかも、私に気取らせることなく、そんなことをできる人物ということは——」


「そう言うことだ。一級捜査官でも手に余る可能性が高い、捜査はお前に任せる。」


「了解しました」


 私に気取らせないでそれだけのことを成しているとなると、妥当だろう。


「要件は以上だ」


「はい、失礼致します」


 再び作業に戻った父を見て私も部屋を出る。それにしてもいったい、いつ……?

しかし廊下で考えていても仕方ない、そう考え私は部屋に戻るのだった。


ーーーーー


「一体誰が、いつの間に?」


 部屋に戻った私は引き続きデバイス干渉について考えていた。私がデバイスを長時間放置したりしていない以上、犯人は遠隔で、もしくは私が気づけないほどの速さで干渉したことになる。AIGISの技術班でも詳細がわからないとなると、十中八九能力による干渉だと思われるけど、エレメントによる干渉なら私が気づくはず。


「……!まさかっ!?」

 エレメント操作の形跡など感知していないと思っていたが、一度だけあった。私でも見逃すほどの微かな形跡、しかも相手が全くそう言う素振りを見せなかったので忘れていた!それにあの時、彼・は私のデバイスを持っていた。


「そんな、まさか……。キョウヤさんが?」


 思い返せば、彼は私以外で今日デバイスに触れていたし、その時私は違和感を感じていた。無意識に除外してしまっていたが、彼なら可能だ。それにデバイス盗難の犯人が彼だと言うなら、色々な疑問が解消する。なぜ高額であるはずの違法娯楽物や現物の食材を多数所持していたのか、なぜ高額であっただろう違法娯楽施設の支払いを私の分まで払えたのか。そしてなぜあのような辺鄙な場所の古い家に住んでいるのか、なぜ旧型のデバイスを使っていたのか。彼の勢いに押されてそこまで気に留めていなかった小さな疑問が全て氷解していく。


 高価なものの所持や支払いは盗難したデバイスの転売、辺鄙な家や旧型のデバイスはAIGISの追跡や操作を掻い潜るためだろう。あのような場所に人が住んでいるとは思わないし、旧型のデバイスは政府によって監視システムが組み込まれていない。


 信じたくないのに、次々と疑問が解消していく・。少し法律を違反した娯楽を楽しんでいる怪しい人物から、デバイス盗難を繰り返す立派な犯罪者としての彼の姿が浮かび上がってくる。


 しかし一つだけ疑問が残る。


「なぜ私のデバイスは盗まなかったのでしょうか……?」


 まさかデバイスを見て持ち主がAIGIS捜査官だと察したはずもないし、それなら私を家に招いたり違法な施設に連れて行ったりしないだろう。一体何故?それに彼が凶悪な人物にはどうしても見えないのだ。たったの二日間しか接していないし、隠しているだけだと言われたらそれまでだが、それでも、それでも料理をしたり私にげーむを教えていた彼は悪い人物には見えなかった。


 そんなことを悶々と考えていると、ふと今日別れる時に彼が言っていたことを思い出した。明日大事な話があると言っていた。相変わらず私の話を遮っての言葉だったし、軽薄な態度は崩していなかったが、いつもより目が本気だった気がする。彼のことだからいまいち信用ならないが、私が正体を明かしたように彼も大切なことを話そうとしていたのかもしれない。それを聞けば、彼が正真正銘の悪人なのかわかるだろう。


「これ以上悩んでも仕方ないですしね」


 そう呟き、私はこのことについて考えるのやめることにした。どちらにしろ捜査のために彼には会わなければいけないのだ。直接話を聞けば解決するのに悩んでも無駄だろう。もし、くだらない話をするようであれば無理矢理にでも聞き出してやろう。これまでだいぶ振り回されたし、その仕返しだ。


 そう考えるとモヤモヤとした気分も少しは晴れた。気持ちも切り替わった私は明日に備えるために就寝準備を始めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

終末世界に革命を! 紙音 @sion_013

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ