第5話

さて、先ほど帰路に着くと言ったが、その前にやることがある。その用事のために俺は昨日ゲームセンターに行くために立ち寄った路地裏に来ていた。そしてそのさらにある建物の扉をノックする。


「お客さん、もう閉店ですよ」


「そう言わないで、ラストオーダー頼めないか?」


「では、何を?」


「酒ならなんでもいいさ、それより俺は噂話が聞きたい」


 そういうと扉がゆっくりと開き、中からくすんだ金髪の男が出てくる。相変わらず無駄に整った顔をしてるな。そんなことを考えつつ、俺は扉から顔をのぞかせているそいつに声をかける。


「久しぶりだな、シオン」


「おいおい、その名で呼ばないでくれないか。どこで誰が聞いてるかわからない。僕はいろいろなところで恨みを買ってるんだ」


 金髪の男改め、シオンは周りを警戒するように見渡している。


「悪い悪い。今日の報酬ははずむから勘弁してくれ」


「はぁ、それで?今回はなんの情報が欲しいんだ?またゲームやら漫画やらの話か?」


 そう、こいつの正体は情報屋。しかも表では絶対に出てこないような闇市や違法施設の情報を取り扱っている、筋金入りの悪党だ。俺はゲームなどの違法娯楽物を手に入れる時によくお世話になっている。


「それも欲しいが、今回は違う。聞いて驚け今回依頼したいのは——」


「おい、厄介ごとじゃないだろうな。おいなんだその顔は!僕は巻き込まれたくないぞ!」


 流石、情報屋なんて商売をしているだけあって勘が鋭いな。まぁ嫌がったところで情報は必要だからこのまま聞くんだけどな。


「俺が欲しいのは政府直属治安維持機関AIGISの最高戦力白銀様ことシルヴァ=アストレアの情報だ」


「なるほど《白銀》の……って!おまっ、《白銀》!?AIGISの中でも5人しかいない特務官のか!?」


「おいおい、声がでかいぞ。どこで誰が聞いてるかわからないんだろ?」


 俺がいうと、シオンはしまったという顔をして急いで俺を建物の中に引き入れた。


「ふぅ、危なかった……。肝が冷えたよ」


「ははは、お前のあんな取り乱した姿初めて見たわ」


「当たり前だろ!ただでさえ触れにくいAIGISのさらに最高戦力だぞ。どういうつもりだ君、まさか政府襲撃でもするつもりか?」


「いやいや、そんな大層なことじゃないさ。それで?情報はないのか?」


「はぁ、話すつもりはないか。まぁ僕も巻き込まれたくないしそれでいい。それと情報だけど……一応ある」


「おっそれは僥倖。それでどんな情報だ?」


「話してもいいけど、彼女は最高権力者の娘、政府のトップシークレットだ。そこまでめぼしい情報はないよ?」


「それでもいいさ。金は払うから頼むわ」


「君の金払いに関しては心配してない。最近話題のデバイス盗難も君だろ?なら儲かってるはずだし」


「さすが情報屋、耳が早いな。まさかそこまでバレてるとは。それでどんな情報があるんだ?」


「——そうだね、一番言われてるのは《女神》。その美しい容姿と厳しい捜査官が多い中で非常に温厚な性格からそんな呼ばれ方をしているらしい」


「女神か。あいつが聞いたら恥ずかしがりそうだ」


 顔を真っ赤にして否定する様が目に浮かび、つい笑ってしまう。


「何を笑ってるんだい?ただそれだけじゃない。これは一度白銀に逮捕された奴から聞いた話なんだけど、曰く鬼のような強さだったと、そいつもそれなりに強い奴だったらしいけど、まるで歯が立たなかったらしい」


「なるほど、まあそうだろうな弱いわけがない。ちなみに能力スキルについての情報はあるか?」


 一番知りたいのはそこだ。能力、オルディネのエネルギー問題を解決したすべての物質・エネルギーの根源エレメントを知覚し操作することによって様々な現象を起こす術。明日もし戦闘になるとしたら、能力について少しは知っておきたい。最高戦力と呼ばれるほどだ、どうせ強力な能力持ちだろう。それならせめて情報アドバンテージだけでもと思って今日はこいつを訪ねたんだ。


「能力か。あるといえばあるけど……」


「何か問題でもあるのか?」


「さっき言ったやつみたいに捕まった奴からの情報なんだが、どれも荒唐無稽な話でね、信憑性が薄い」


「それでもいいさ、話してくれ」


 例え信憑性が低くても、ないよりましだ。


「信憑性の薄い情報は売りたくなんだけど、仕方ないな」


「恩に着る。それで?」


「なんでも気づいたら視界が反転して自分が倒れていたとか。あとこれは他のやつ、それも能力持ちに聞いた話なんだけど、《白銀》が能力を使った瞬間、そいつは能力が使えなくなったらしい」


「なるほど、確かにそれが本当だとしたら強すぎるな」


「さらにいうなら基本的にAIGISの幹部クラスはエレメントによる身体強化も超一流らしい。何を考えてるのかしらないけど関わらない方がいい」


「ま、普通ならそうだろうな」


 だが、今回ばかりは引くわけにはいかない。何故なら面白いことになりそうだから。それに最高戦力を俺みたいな悪党に引き抜かれてみろ、政府の奴らがどんな顔をするか。想像するだけで笑いが込み上げてくる。


「普通ならって……。どうなっても知らないよ?」


「逮捕されたら笑ってくれ。じゃ、情報ありがとな。約束通り報酬ははずんどいたぜ」


「はぁ、何を言っても無駄みたいだね。って!なんだいこの額!多すぎるよ!」


「そうか?まぁもらえるもんはもらっておけよ」


 そんなに多かったか?ま、俺は金なんてゲーム嫌いにしか使わないしな。それにどっちにしろしばらく会うことはないだろうし餞別だ。


「おい!まさか死ぬつもりじゃないだろうな!情報を与えたやつに死なれる寝覚が悪いんだ、頼むから死んでくれるなよ!」


 そう言って捲し立てるシオンに振り返ることなくひらひらと手を振り、俺は店を出て今度こそ帰路につくのだった。


ーーーー


「それにしても厳しい戦いになりそうだな〜」


 家に帰った俺はシオンからの情報をもとに明日のことについて考えていた。

もちろん必ずしも戦いになるとは限らないが、仮にも政府直属の捜査官。俺が国家転覆を考えていると知ったら止めようとするだろう。そこで戦闘になる可能性は十分ある、俺も譲るつもりはないしな。


 そこでネックなのがシルヴァの能力、シオンのおかげで多少情報が手に入ったが、十分とは言い難い。とはいえ他に手がかりがないのも事実、取りあえす現状をある情報を整理してみるか。今日話にあったのは……


❶気づいたら視界が反転して倒れていた


❷能力が使えなくなった


 一つ目だけなら平衡感覚への干渉などで終わるため、能力に捕捉されないようにすればいいわけだが、そこで二つ目の能力がネックになる。捕捉されないくらい早く動くには身体強化が必須だが、能力を無効にするというのなら身体強化にも干渉してくる可能性がある。エレメントを使用するという点において能力と身体強化は同じだしな。それに俺の能力が使えないとなると流石にシルヴァの相手をするのは厳しい。うーん、今んとこ八方塞がりだな。シオンが言うには信憑性が薄いらしいが、相手はあの《白銀》だし、それぐらいしてきてもおかしくない。


 待てよ……視界が反転、能力封印となると系統は干渉型。となるとしっかりエレメントを制御さえすればレジストも可能か?確か、能力には基本的に二系統あり、発散型と干渉型に分類できる。そしてエレメントを何かに変換し操ったり、自分を強化する発散型と違い、他人の身体にエレメントを介して干渉する干渉型はエレメント操作の練度によってはレジストすることできると聞いたことがある。


 もちろんその理論でいくと、シルヴァより俺のエレメント操作の練度が高い必要があるが、俺の能力の性質上エレメント操作には自信がある。正直賭けだが、何も対策がないよりましだ。


 さて能力対策もある程度固まったところで、あとは説得のためにどう言う話をするかと、明日使う武器などの準備だが——ふむ、まあ説得に関してはその場のフィーリングでなんとかしよう。考えるのめんどくさいし。


 となるとあとは武器の準備だな。ふっふっふ、試したい戦法は山ほどある。時間が許す限り色々な道具を試してみるとするとするか。こういうとき俺の能力は便利で助かるな。仮にもこの国最強の存在と明日戦うかもしれないと言うのに呑気だと思うかもしれないが、正直一度俺の実力がどこまで通じるか試してみたいとは思っていた。気に入らない政府をぶっ倒すには力が必要だしな。そう考えると明日起こりうる戦闘は最高の試金石だ。胸を借りるつもりで挑ませてもらおう。もちろん負けるつもりは全くないが。


 そんなふうに期待に胸を膨らませながら、俺は次々に道具や武器を試していくのだった。

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