第17話 本物と偽物


 化け物が鬼と化した時、俺はもう完全に心が折られていた。というより本能的に全細胞が恐怖していた。


 恐怖という感情は生き延びる為に必要な感情である。と、よく教えられてきたのだが、まさかこんな形で身をもって体験させられるとは思って見なかった。


 俺はただ本能にのみ従い、鬼からの殺戮を回避していた。


 それからどれだけの時が経っただろうか。避けても避けても襲い掛かられる時間は、ほとんど無限の時に思えたが、変化は突然やってきた。


 それは、鬼の体に異変が起きたのだった。


 鬼の手が、足がピタリと止まったのだ。


「な、なんだ……?」


 俺はフェイントの可能性も考慮したのだが、今までは一切してこなかったし、それに次の攻撃が来ない。


 そして、鬼の姿がみるみる内に朽ち果てて、気づけば少年の姿に戻っていた。


 男の子は地面で大の字に気絶していた。


「終わり、、なのか?」


 正直未だに生きた心地がしていない。何か一つでも間違えば死に直結するような、そんな怖さがあった。


 鬼は正に天変地異とも言える災いを齎す災厄であったが、その本体はどうあがいても小さな男の子であったのだ。その圧倒的なエネルギー消費の前に体が追いつかなかったのだろう。


 まるで勝った気分がしないのだが、これでいいのだろうか? 俺はただただ逃げ回っていただけなのだから。


 今思うと、少年の過剰で残酷なまでの捕食行動は自身の内に飼っている化け物への餌やりだったのだろうな。


 あの時、審判を喰われていなかったらもっと早く終わってたかもしれないし、逆に俺が体の一部分を喰われてたら更に戦闘時間が伸びていたかもしれない。ギリギリの戦いだったな。


 俺はなんとも腑に落ちない感じで会場を後にした。


「おーお疲れ。よくあんな攻撃を全部捌ききったな。俺の攻撃よか全然強くて鋭かっただろ? でもまあ兎に角今は休め。次は、だからな」


 ヴィットはまたも出迎えてくれた。


 自分は負けているのにも関わらず、俺にこうして言葉をかけてくれる。やはり、いい奴だよなヴィットは。


 ヴィットがいるからこそ、負けられない。絶対に勝とうと、勝ちたいと思わせてくれる。


 さっきの勝利は勝利から一番遠いが、そんなのは後だ。今は自分のやるべき事だけに集中しろ。


「あぁ、絶対に仇はとる」


 俺は決意を言葉にした。


 ❇︎


 正直、今までの戦いは全てギリギリだった。それでもなんとか勝てたのは俺の努力の結晶、そう言いたいところだが、その大部分が時の運だろう。俺自身、ここに立っていることすら不思議に思えてくるほどだ。


 そして、目の前にはヴィットを倒した敵がいる。ヴィットは俺の兄のような存在であり、同時に先輩でもある。そのヴィットが敗れたということは俺に勝ち目はないのだろう、普通に考えればそうだと思う。


 だが、俺は後輩として、弟として敵を討たねばならない。


 ここまで運でここまで来れたのだ、ならば最後の一戦だけでも、あと一線だけでも俺に味方してくれないだろうか。


 いや、弱気になっちゃダメだ。俺が敵を討つのだ。運なんかに頼っていられない、全力でぶつかって全力で倒す、それだけだ。それ以外を考えるな!


「おや、随分と思い詰めた顔をしているな、そんなにあの蛮族がこの私に敗れたのがショックだったのかい? 蛮族がこの私に勝てる道理など無いだろう? それは君も重々承知のはずだ。そしてまた、偽物が本物に勝てないことも」


 ギリッ、


 俺は奥歯を噛み締めた。はらわたが煮えくり返るとはこのことか、と言わんばかりに全細胞が怒りに燃えている。しかし、ここで怒ってはなんの意味もない。


 確かに試合前のコイツの態度にはムカついた。ただ、ヴィットは正々堂々この勝負の場で敗れてしまったのだ。ここで手を出したところでそれこそ相手の思う壺だし、蛮族に他ならないだろう。


 だからこそ、戦いの中で俺が勝つのだ。大丈夫、今の俺ならできるはずだ。


「おいおい、まさか蛮族の敵を討とうなどとは考えているまいな? 言ったよな、偽物風情が本物に勝てる訳ないと、偽物の分際でそのような目をするとは、徹底的にやられたいようだな。いいだろう、目にをも見せてやる」


「両者構えて、、、始めっ!」


 互いに向き合った状態から俺はバッと、離れて距離を取った。相手のこともよく分からずに近づくのは得策ではないと考えたからだ。


「おや、魔法使い相手に剣士が距離を取るとは、思ったよりも馬鹿なのか? いや、偽物の剣士にはそんなこと教わっていないのだろうな。くらえ、火炎魔法、ファイヤスピアー!」


 相手がそう言った瞬間、炎でできた五本の槍が出現し、俺に向かって発射された。速度が違うのか、時間差で俺の元に到達する剣をすんでのところで回避する。肩に目をみやると少し焦げ付いている。掠っただけでも消し炭になるようだ、直撃したら一発でアウトだろう。


 これは調子に乗った言動の裏側に確かな強さが隠れているのだな。ヴィットを倒した時点でそれは間違いのないことなのだろうが、改めてこうも突きつけられると、凄まじいものを感じる。


 そして、俺も本当はあちら側に…………


「おいおい、試合の最中に考え事か? 偽物は大層余裕があるんだな! くらえ、雷魔法、ライトニング!」


「ぐはっ!!」


 俺は奴の言う通り、試合に関係のない別のことを考えてしまっていた。これに関しては完全に俺が悪い。そしてその代償は、魔法の中で最も速度が速いとされる雷の魔法に直撃することだった。


「う、うぅっ。から、だが」


 体が動かない、これは麻痺状態!?

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