第16話 少年と化け物


「な……!?」


 俺はその時ちょうど観客席で試合を見る為に座った所だった。


 ヴィットの試合が始まるや否や、会場全体が巨大な魔法に飲み込まれたのだ。そしてヴィットの姿は跡形も無く消えてしまった。


 ❇︎


「あちゃー負けちまったよモネ。すまねー、俺の分まで絶対に優勝しろよな?」


 俺が試合を終えたヴィットを出迎えると、予想以上に明るく気にしてない様子で俺にそう言った。


 なんて言葉をかけるか迷っていただけに少しすかされた気分だ。


 だが、ヴィットの言う通り変な慰めなんかよりも、ヴィットの分まで俺が勝つことの方がよっぽど嬉しいことだろう。


 だから俺は次の敵に集中する。次はもう準決勝だ。


「なぁモネ。アイツとは決勝で当たるだろ? ……絶対に勝てよ?」


 俺は小さく頷くと、試合会場に向かった。次はもう俺の出番だ。


 会場に入ると、そこには一人の男の子がいた。俺と比べて随分背が低く、かなり幼い印象を受ける。


 ただ、この武闘大会は同世代によるものだ。つまり、男の子のように見えるこの子も同い年で、俺と同じいやそれ以上の訓練を積んでいるかもしれない。油断は大敵だ。


「ねーねー、」


 急に男の子から話しかけられた。何の予備動作も無しに。そして、その声色は予想通り幼いものだった。


「君の好きな食べ物はなにー?」


 好きな食べ物? なぜそんなことを今から戦おうという相手に向かって聞くんだ? その意図はなんなのだ?


 俺が答えあぐねていると、審判がやってきた。どうやらもう実況が終わり試合が始まるようだ。


「両者構えて、、、始めっ!」


「ボクはねー、お肉なら好きなんだっ!」


 ブチャリ、


 試合開始の合図が下された瞬間、男の子の体がブレた。


 そして再び動きを止めた時には、、、


「う、うぅっ……」


 今この瞬間にことキレた、審判の生首を口に加えていたのだ。


「な、何をしているっ!?」


 目の前の純朴そうな男の子が、審判の命を奪ったのだ。しかも、刹那の内に。


「何をって、普通に食事だよ? 君も目の前に美味しそうな食べ物があったら食べるでしょ? それと同じだよ」


 その男の子は心底不思議そうにそう答えた。まるで、俺の方がおかしいと言うかのように。


「んふ、安心して。君もちゃんと食べてあげるから。今のは前菜さ、空きっ腹にメインはキツいでしょ?」


 そう言って男の子は再びブレた。


「ね?」


 男の子は気づけば俺の目の前にいて、首傾げた。


 その瞬間、俺は猛烈な悪寒に襲われてすぐさまその場から飛び退いた。


「あれ、何で逃げるのー? もしかして食べられたくないのー? でも、好き嫌いしちゃダメだよー?」


 そして再び男の子の顔がブレた。


 今度は目に魔力を集中させ、周囲を隈なく見渡してみた。しかし今の所何も異常はない。


 だが、また先程と同じような悪寒に襲われた。


 俺もまた同じようにすぐさまその場から離れた。だが今度は目を凝らしていたからか、あるものが見えてしまった。


 それは異形の姿となった男の子だった。


 化け物という言葉が陳腐に思えてしまうほど、悍ましく、不気味な姿だった。口を大きく開いて、鋭い牙で正に俺を捕食しようとしていた。


 その怪物は男の子の姿に戻ってこう言った。


「ねぇ、ねぇ今見た? ボクのこと。ねぇ、見たよね?」


 男の子の姿でそう聞いてくる様子は狂気に満ち溢れていた。


 そこから急に男の子も口を開かなくなった。まるで本来の姿を見た俺に怒るかのように。


「っ……!!」


 来る、そう思った時には体を動かしていないとやられる。そう思わせるほどのオーラだった。


 ドゴンッ!


 怪物はなりふり構わなくなったのか、その姿のまま圧倒的なパワーで俺を攻撃し始めた。


 本能のままに動く怪物を前に俺はどうしても勝てるビジョンが見出せなかった。


 なんの技もないただのパンチが恐ろしいほど速く強いのだ。そのパンチは当たらなくても風圧で体制を崩されるほどの威力で、敵の攻撃全てが致命傷になりうるものだった。


「ねーねー、なんでそんなに逃げるの? なんでそんなに怖がるの? 君が勝手に見たんでしょう? なら大人しく食べられてよ」


 男の子の姿でそう言う化け物には、心の底から狂気的で冷酷で、どこか尊大で、そして病的でもあった。


 そして再び攻撃が再開された。ただ一方的に攻撃され続けるだけの、蹂躙劇。俺はそれからただひたすらに逃げ惑っていた。


 そしてその内に俺はその男の子から、化け物から何かを感じ取っていた。


 それは、男の子の悲しみや化け物の不安や、焦りといった感情だ。複雑な感情がごちゃ混ぜになって、何か大きな禍々しいものを生み出している、そんな気がした。


 もしかして男の子が、いや化け物が助けを求めているのかもしれない。何かから追われて、縛られて、飢えているように見えるのだ。


 攻撃が今もなお続いているが、それは何かに八つ当たりをしたいだけようにさえ感じる。


 ふと怪物の方に目をやると彼と、目が合った。そこには虚無が広がっていた。


 その時、俺は言葉を失い、化け物は動きを止めた。そして、


「ボクを、ボクをそんな目で見るなぁあああああアアアアアアアアアアアアぁああ!!」


 怪物が更に大きく凶々しく、変貌した。その姿はまるで、、、


 まるで鬼のようだった。

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