第11話 二度目の走馬灯


「はぁ、はぁ、はぁ」


 トカゲたちの襲撃が止んだのは、夜が明け次第に明るくなってきた時だった。


 ポイントを確認すると、まさかの千を超えていた。終わりが見えず途方もない戦いだと思っていたが、逆にアイツらのおかげでポイントを稼げたし夜も無事終えることができた。


 夜にはもっと強い敵、それこそオークをはるかに凌ぐ敵なんかも現れていたかもしれないからな。ひとまずは自分の無事を噛み締めよう。


 だが、安心ばかりもしていられない。夜を越えられたのは大きいが何よりの目標は予選を通過することだ。今もポイントを稼いでいる奴らがいるかもしれないのだ。俺も早くモンスターを狩らなければ、、


 ドスン、、ドスン、、ドスン、


 その音は体の芯まで響く音だった。本能的に恐怖を呼び起こすような音でもあり、確実にヤバい脅威が近づいている音でもあった。


 一睡もしていない状況で、今にも燃え尽きそうな体をなんとか奮い立たせ、その音のする方を全力で警戒した。だが、そこに現れた敵は、夢の中で現れたと言われた方がしっくりくるような、そんな敵だった。


「お、オーガ……」


 それは、剛健な筋肉を備えた大型モンスター。鬼の力でただただ本能のままに行動する、まさに暴君。オーガにあったら一もなく二もなく逃げろと人は言う。そして、それでも逃げ切れるかは分からない、とも。


 絶体絶命のピンチ、だが逆にいえば高得点を獲得できるチャンスでもある。どこまで通用するかは分からないが、絶対にオーガをたおs


 ブゥン、、、ッダーン!


 は、速い! 俺は気づけば薙ぎ払われ、木に激突させられた。そしてその衝撃は馬車にでもはねられたような威力だった。


 軽い薙ぎ払いで、これだけの威力。もっと明確な意思を持って俺を殺そうとされたら俺なんて一瞬で絶命するだろう。


 だが、諦めるわけには行かない。ここを超えなければ俺に未来はないのだ。やってやる、絶対にやってやる! まずは相手の動きを見ろ、いかにオーガといえど賢者の森にいた得体の知れないアイツよりかは遅いはずだ。


 右手の叩き付けが来る! ならば、左に避けその右腕に攻撃する!


 カキンッ


 か、固い! その圧倒的な筋肉量によってオーガの皮膚は鋼鉄並みの強度を有していた。まずい、次は左手による薙ぎ払いだ。


 俺はジャンプして避ける。確かにオーガは素早いが、予備動作も大きいため、注意深く見ていれば避けられないこともない。しかし、それだけだとこちらの攻撃が全く通らないのだ。


 有効手段がなければこちらがジリ貧だ。何か、何か打開策を見つけないと……


 俺は必死に頭を働かせようとするが、寝不足の頭ではまともな考えが思い浮かぶ筈もなく、ただただ焦りだけが先行した。


 そして、焦っている者が良いパフォーマンスを発揮できるわけがなかった。


 何か打開策をと思っていた俺は目の前のオーガにすら集中できず、ついにはオーガの攻撃を見誤り、思いっきり転倒してしまった。


 俺はすぐさま立ち上がろうとしたのだが、上手く力が入らなかった。それでも無理やり立ち上がろうと少し躓きながらも体を起き上がらせ、オーガの方に向き直った。


 すると、オーガと目がぱっちりと合ってしまった。


 俺は金縛りのような状況に陥り、体が言うことを聞かなくなってしまった。オーガはゆっくりと近づいてくる。


 不味い、不味い不味い不味い不味い! どうにかしないと、このままじゃ死んでしまう!


 焦る頭と裏腹に体は全く言うことを聞いてくれない。オーガは勝ちを確信してゆっくりとだが、着実に近づいてくる。もう数メートルも離れていない。


 それでも言うことを聞こうとしない体に対して、俺は死を悟った。もう、これで終わりなのだと。


 その時、頭の中を走馬灯が駆け巡った。この体験は賢者の森と同じだ。そして、一つの言葉が俺の元に届けられた。


『そうじゃ、もしお主がどうしても技を使いたい、強くなりたいと思ったときは、今までわしに教わったことと、ヴィットに言われたことを思い出すのじゃ。そうすればきっと道は開けるじゃろうて』


 その言葉を頼りに、俺は走馬灯の中から二人の言葉を探し回った。頭ならフル回転させられる。そして、見つけた。


『ほら俺はスラム出身だろ? だから一瞬の選択の遅れが命取りなんだよ。だから、言葉を発することをキーに無意識に技を出せるよう訓練したんだ』


 こ、これだ! これしかない。ヴィットは今みたいな状況をくぐり抜けるために技の名前を言うようにしていたんだな。なら、俺も言葉を使って体に染み付いた修行を呼び起こすんだ。


「居合斬り、からの斬り下がり!」


 その言葉に俺の体は、従ってくれた。剣が効かないのは重々承知だが、それでも体を動かすきっかけにはなった。


 瞬時に剣を抜き放ち、そのまま返す刀で後方に下がる。これで体の所有権は俺に戻ったはずだ。なら、言うことを聞かせられるはずだ。これなら、逃げることができるはずだ。


 俺はオーガに背を向け全力で駆け出した。


「ガァアアアアアア!!」


 オーガはさっきまで完全に餌だとしか思っていなかった対象から、仕返しをされた挙句逃げられたせいで、激昂状態に陥ってしまった。


 ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! ドスン!


 先ほどとは違ってものすごいスピードでオーガが追いかけてきた。


 俺も全力で逃げる。全身に魔力を巡らせ肺の痛み、足の悲鳴には一切耳を傾けず、機械のように足を回転させ続けた。


 後ろなんて、振り返らない。振り返ったら最後俺は捕まるだろう。脇目も振らずただただ逃げろ、俺にできることはそれだけだ。


 それでもオーガの足音は止まない。むしろどんどんと近づいてくる。その恐ろしい気配もどんどん濃ゆくなっている。それでも諦めない、それでも振り返らない。諦めるのは死んでからでも遅くない。まだまだまだまだまだだ!!


 そしてついに俺は、森を抜けた。


 ん、森を抜けた?


『Aグループの予選が終了しました。生存者は各自休憩に入ってください』


 そんなアナウンスが聞こえた。そして、あたりを見渡すと、そこにはヴィットがいた。

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