外伝 鋼脚少女は挫けない Ⅷ
その後、梓の通報で駆け付けた警官隊により、展望エリアは完全に制圧され、人質は皆救助された。
今回のタワージャック事件は、死者を一人も出すことなく、犯行グループは鎮圧されたとして処理される事になった。
慌ただしく警官が行き来する現場の片隅で、梓と少年は佇んでいた。
少年は事件の重要参考人として事情聴取を受けていたのだが、梓の取り計らいで、割と早めに解放された。
「なんかすっげー疲れた……」
一日で起きた事とは思えないほど、沢山の出来事があったような気がする。
「お疲れさん。まぁ、これに懲りたら、今度は危ない事には首を突っ込まないようにするのね」
隣で梓が肩をすくめた。
「それとこれからは、いくらサイボーグだからって威張り散らしたり、周りの子に暴力を振るったりしない事。でないといつかアンタも、あんな風になるわよ」
そう言って梓は拘束されたグマたちを顎でしゃくる。
「どれだけ世界が理不尽でも、それを理由に暴力で何かを変えたりする事なんてできないわ」
「それは……分かったけどさ」
少年は地面を見つめて口を尖らせる。
「それでもやっぱ辛いだろ……皆に認めてもらえないのって」
「ん……」
梓は否定とも肯定ともとれない、曖昧な返事をした。
「気持ちは分からないでもないけど……私はそうは思わないわね」
「じゃあ梓は辛くないのかよ」
少年は盗み見るようにこちらを見やる警官に視線を向ける。
こうして現場を警官たちが忙しく動き回っている間も、少年と梓の周りにはまるでバリアでも張られたように、誰も近寄らない。
みんな梓を畏怖しているのか、一定の距離感を保ったまま近寄ろうともしないのだ。
この事件を解決し、身体を張って人質を守ったのは、他ならない梓であるというのに。
少年にはこの棘のある空気感がたまらなく嫌だった。
「うーん……まぁ慣れちゃったんじゃない?」
「慣れ……」
「最初っからこんなもんだと思っていれば、必要以上に傷つく事もないでしょ」
「そりゃ……そうかもしんないけどさ……」
それなら別の疑問が湧いた。
「それなら──なんで梓はあんなに頑張れるんだよ」
サイボーグであるというだけで誰も認めてくれない。
誰も彼女の頑張りに、価値があると思わない。
ならば何故、梓は身体を張って、命を賭けて、戦えるのだろう。
「見ている人は必ずいるからよ」
「──え?」
「アンタは誰も私のことを認めないっていったけど、それは違うわ。私の事をちゃんと見て、ちゃんと認めてくれる人間はいる。数は少ないかも知れないけど、確実に存在する」
「……」
「世界中のみんなに認めてもらおうなんて思わない。それよりも大切な人が、ちゃんと私を認めてくれるなら──そんな人間が一人でもいるのなら、それで良いって思うのよね」
そう語る梓の顔は少しだけさっきまでとは違う。
瞳に微熱が宿っている。
「その大切な人って恋人?」
「な、ななな⁉ 何よ急に!」
少年の言葉に意表を突かれたのか、梓が急に慌てふためく。
「違う違う違う‼ 全然、全然そんなんじゃないから‼」
「そうなのか」
「アンタ日本語通じてる⁉」
「いや、そんなむきになって三回も否定されたらなぁ──逆に『そう』って思うだろ」
「大切な事だから繰り返しただけよ!」
「顔を赤らめて、オーバーアクションで言っても何も説得力がないぞ梓」
「うっさいわね! その生暖かい目をやめなさい‼」
「あだだ! 暴力反対!」
こめかみを両側からぐりぐりとゲンコツで圧迫する梓に、少年は手をジタバタさせてギブアップ。
それで溜飲が下がったのか、多少梓も落ち着きを取り戻す。
「ただの同僚よ、同僚」
脳裏に思い浮かぶのは、同僚かつ同居人の男の子の姿。
どこまでも不器用で、誰よりも優しい彼が、悩み、苦しみ続けている事を梓はよく知っている。
同時に彼が、梓の在り方をちゃんと認めてくれている事も知っている。
だから梓は戦える。
彼の隣に立ち続けられる者で在りたいから。
「──と、アンタとの立ち話もそろそろ終わりかな」
梓が顎をしゃくると、担任の女性教師の姿が見えた。
「先生が待ってるわ、さっさと行きなさい」
「……うぃ」
若干誤魔化された感があるが、太一は渋々と頷く。
「あのさ……」
去り際に太一はおずおずと口を開く。
「何?」
「俺、なれるかな──梓みたいに」
「……!」
背を向けたまま、照れくさそうに尋ねる太一に、梓は驚いたように目を見開く。
「私みたいってどういう意味」
「そのまんまだよ。俺もさ、サイボーグになった事を恨むんじゃなくて、この脚で誰かを助けて、役に立てるような──」
──強くてカッコよくて。
憧れて、魅了されてしまうような──
「梓みたいな奴に、なれるかな」
恥ずかしくて飲み込んだ言葉を誤魔化すように、一気に言い切る太一。
返答を待つその小さな背中に、ほのかな愛おしさを感じ、梓はそっと太一の肩に手を置いた。
「なれるわよ。私を心配して、小学生の癖にテロリストのいる現場に駆け付けるような、そんなメチャクチャお節介焼きのアンタなら」
「そっか……」
梓から太一の顔は見えない。
それでも、迷いのない表情をしているのだろうと声で分かる。
「じゃあな梓」
「ええ、それじゃ太一」
二人は互いに背を向けて、それぞれの方へと歩き出した。
俺は人間ですか? サイボーグ愁思郎はかく戦えり 十二田 明日 @twelve4423
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