外伝 鋼脚少女は挫けない Ⅶ

 もう何年も前の光景だ。

 瓦礫と化した空港を前にして、ニュースキャスターがまくし立てる。


「本日15時、〇〇空港にて爆破テロが起こりました。実行したのは義肢装着者の人権を訴える過激派組織とみられ、被害者数は現在確認されているだけでも三桁におよび──」

 

 梓は十年前に起きたテロ事件の被害者だった。

 違法改造サイボーグの過激派組織が起こした、大規模な無差別テロ。


 当時、梓は六歳だった。

 十年たった今でも、あの瞬間だけは鮮明に瞼の裏に焼き付いている。


 響く爆発音と、上がる火の手。

 鋭利に砕けたコンクリートの塊が飛び、柱や壁が倒れる。

 倒れる壁の下敷きになる──正にその時。

 

「「梓!」」

「お父さん! お母さん──!」


 必死な顔の両親が梓を突き飛ばした。

 突き飛ばされた梓は、後ろ向きに倒れながらも見ていた。

 両親がコンクリート造の壁の下に消える、その瞬間を。


 梓の記憶はそこで途切れている。

 その日、梓は両親と両足を、圧し潰されて亡くしたのだ。



 次に覚えているのは殺風景な質素な部屋。

 その中央で梓は一人、椅子に腰掛けて俯いていた。

 鏡がなかったので、当時の自分がどんな顔をしていたかは分からないが、きっと虚ろな目をして、この世の全てに絶望している──そんな顔をしていただろうと思う。


 

 逆光で顔の見えない人影が現れ、梓に語りかける。


「君には素質があり、資格がある。新しい脚を得て、立ち上がる資格が。ただし君が新しい脚で立った時、君は国家のために働く義務を負うことになる」


 今にして思えば、これは機甲特務課への一応の勧誘だったのだ。

 目の前には、特殊素材で加工され、一見本物の人の脚に見える義足が置かれている。


「新しい脚を得る代わりにその後の人生を国に縛られるか、それとも国家に縛られない代わりに庇護も得られず地を這って生きていくか──君が選びなさい」


 梓は何も言わず静かに義足へ手を伸ばし、それが了解のサインとなった。

 今にして思えば、当時の梓に選択の余地はなかったと思う。

 それでも確かに自分の意思で、梓はサイボーグになる事を選んだのだ。


 自らその道を選んだという自負が、今も梓を支えている。


「私だって今の社会に何も思わないわけじゃない」


 それでも、梓は暴力テロという行為を決して認めない。

 認められる訳がない。

 だから真っ向から、グマの意見を否定する。


「それでもアンタらみたいに関係のない誰かを巻き込んで、自分の正義に酔っているような輩が、アタシは大嫌いなのよ。構ってもらえない子供が、癇癪起こしているみたいでね」

「テメェ……!」


 ビキビキと額に血管を浮かび上がらせ、怒り狂うグマ。

 彼が予想していたのは、そんな挑発的な言葉ではない。

 追いつめられた人間が下手に出て、こちらの機嫌を取るために必死になる滑稽な姿──それこそがみたいのだ。

 

「そんなに死にてぇんなら、今すぐ鉄屑スクラップにしてやらぁあああ──っ!」 

 

 怒りが臨界点に達したグマは、矢継ぎ早に発砲した。

 梓たちが隠れる柱に向かって、引き金を引きまくる。

 降り注ぐ銃弾は、まるでスコールのよう。圧倒的な物量による銃弾の雨は、徐々にコンクリート造の柱を削り取っていった。


(このままだといつか蜂の巣になる──!)

 

 状況はジリ貧だ。

 隠れている柱はいつまでも持たない。いつか壊れて、二人の姿を晒すことになる。このままでは二人とも確実に射殺されてしまうだろう。

 しかしこの弾幕──うかつに飛び出せば、たちまち銃弾を喰らう。

 梓は決断を迫られた。


「どうしよう、俺のせいで……」

「そんな情けない顔しなくていいわよ」

 

 悲痛な面持ちの太一に声をかけつつ、梓は全神経を耳に集中させていた。


(──チャンスは必ず来る! その一瞬に賭ける‼)


 鳴り響く銃声が木霊して、鼓膜がおかしくなりそうだ。

 しかしそれでも耳を澄ます、反撃の好機を聞き逃すまいと。


 ──銃声の後、ほんの僅かな軽い金属音がした。

 今だ!


「はあああぁぁぁっ!」

 

 梓はその一瞬を逃さずに駆け出した。

 軽い金属音は弾切れのサイン。

 リロードの溜めにできる弾幕の切れ目、そこが梓に突ける唯一の隙だった。


 コンマ数秒もせずに、梓はグマに肉薄。

 そのまま乾坤一擲の飛び蹴りを放つ。

 梓の爆発的な脚力から繰り出される、全体重を乗せた蹴りは、文字通り人型の弾丸に等しい。

 それは正しく必殺の一撃だった──が。


「甘いんだよォッ!」

 

 グマは当然のようにそれを読んでいた。

 銃の弾切れに隙ができる事も、梓が飛び込んでくる事も承知の上。


 すでに片足が故障している以上、先ほどまでのように、高速で跳ね回って攪乱・回避する事はできない。

 となれば梓にできるのは、その速さを活かしての超加速による接近からの蹴りのみ。


「ここまで読めてりゃ、いくら速くても躱せるわボケェッ!」


 眼前に迫る梓の蹴りを、グマは上体を捻って躱す。

 そして梓が飛び蹴りを放った以上、彼女は一度着地するまで、次の行動に移れない。


 その隙を逃すグマではない。

 もはや銃などいらない。ただ重機と化した鋼鉄の拳で殴り飛ばすだけで、梓を屠れるだろう。

 グマが拳を固める。


「ジエンドだ──!」

「──どっちが?」


 グマが勝利を確信したその瞬間、一瞬早く梓が動いた。

 飛び蹴りの勢いを殺さないよう──むしろ勢いに乗って放つ事で、強烈さを増したパンチがグマの顔面を襲う。


「なっ⁉」


 ガツンッ!

 金属音ではなく、骨の軋む鈍い音が響く。



 サイボーグは機械化した手足を武器にして攻撃してくる──という先入観があっただけに、グマは梓のパンチを予測していなかった。

 梓の渾身のパンチはクリーンヒット。


 頭部に強烈な打撃を喰らったグマは脳を揺らされ、その場で昏倒した。

 梓もその場に倒れこむ。


「…………」

「あたた……」


 グマは気を失い、梓の小さな悲鳴だけが響く。


「梓──!」

 

 たまらず崩れかけた柱の陰から太一が駆け出してきた。


「梓、大丈夫⁉」

「ああ、うん。大丈夫大丈夫──あっ、ぃてて……」

「どこか怪我⁉」」


 心配そうにまくし立てる太一に、梓はひらひらと手を振った。


「思いっきりぶん殴ってやる事ばかり考えてたから、着地まで気が回らなくてね──お尻うっちゃた」

「……なんだよソレ」


 ぺろりと舌を出す梓に、太一は気が抜けたように崩れ落ちた。

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