外伝 鋼脚少女は挫けない Ⅵ

「はああああぁぁぁ──!」


 梓の気合が響く。

 管理フロアでは、梓が目出し帽の男たちを相手に肉弾戦を仕掛けていた。

 凄まじい脚力で壁や天井さえも足場にして跳ねまわる。


「クソッ! 何なんだこの女⁉」


 その動きに男たちは動体視力がついていかない。拳銃を発砲するが、まるで当たらない。 梓は高速機動で攪乱しながら一瞬で男たちに肉薄すると、鋭いキックを連発する。


「あぐぁっ⁉」

「ぶふぉ⁉」

「──がはっ⁉」


 ある者は側頭部を蹴られて昏倒し、ある者は腹を蹴られてうずくまり、ある者は顎を蹴り上げられて白目を剥く。

 瞬く間に三人を倒し、梓は最後に残った一人──グマへと向かう。


「オラッ!」

「!」


 対するグマは散弾銃を発砲。

 梓は身体を捻って──しかも止まる事なく、むしろさらに加速し接近する事で、至近距離で発射された散弾を躱した。


「何ぃ⁉」

 こいつは頭がイカれてやがるのか? ──グマは戦慄する。


 散弾銃は複数の小さな弾丸を、銃口から放射状に広範囲へ飛ばす銃だ。故に、銃口に近ければ近いほど、その攻撃範囲は狭く、射線から外れやすくなる。 


 しかしそれはあくまでも理屈。

 その理屈通りに、向けられた銃口に向かって自分から飛び込み、銃弾を避けられる人間が、この世界に果たして何人いるだろう。


 刹那のうちにグマの内懐へ潜りこんだ梓は、そのまま必殺のキックを繰り出す──が、グマは寸前でそれを義手を使ってガードした。


「⁉」

「舐めんなァ‼」


 グマの反撃。鋼鉄の凶器と化した拳が梓に迫る。

 梓は上体を逸らし、バク転を繰り返して距離を取る。


「さすがはリーダー格。戦い慣れてるみたいだし、やっぱアンタ元ヤクザとかそっち系でしょ」

「うるせぇ!」


 グマは忌々し気に顔をしかめる。


「クッソ、やられたぜ……! まさか人質の中にも、サイボーグがいたとはよう──しかもあの動き……お前、まさか噂に聞く公安の──⁉」

「へぇ……最近は私たちの存在も、それなりに裏で周知されてるんだ」


 梓は得意げに胸を張ると、自分の携帯端末を取り出し、そこにIDを表示させる。

 浮かび上がるのは、『公安局機甲特務課』の文字。

 

「公安局機甲特務課! 隊員は全員サイボーグだっていう、警察サツの特務機関──!」


 表示されたIDを読み上げたグマは、冷や汗を流す。


「お前みたいな女のガキが特務機関員かよ……!」

「まっ、ちょっと事情があってね」


 梓は肩をすくめる。


「さっさとアンタもぶっ倒して、全員ブタ箱にぶち込んであげるわ」

「っンのアマァ!」

 

 グマは血管が破れそうなほど、額に青筋を立てる。

 しかし趨勢はすでに決まっていた。

 至近距離からの散弾をも避ける梓に、グマが攻撃を当てられるとは思えない。精々梓の蹴りをガードするのがやっとだ。

 

 それもいつまで持つか分からない。

 少しでも反応が遅れれば、たちまち梓の強烈な蹴りで昏倒してしまうだろう。

 つまりはグマが圧倒的に不利なのだ。


 何か逆転の目はないか──グマは脂汗を流して頭を回転させる。

 と、その時。


「おい、すげぇ鉄砲の音がしたけど大丈夫なのか⁉」


 階段を上がって来たのは太一だった。

 それを見て、梓とグマは同時に目を見開く。


「⁉ ──なんで来たの!」

「はっ! ツイてやがるぜ俺はよう‼」


 グマがニヤリと笑って散弾銃を太一に向けると、太一はぎょっとして立ち止まった。

 一瞬の躊躇もなく、怯みもせず、反射的に梓は飛び出す──グマの発砲よりもなお早く、全速力で太一の元へ駆け寄る梓。

 そのまま太一を抱え上げ、壁と天井を蹴って柱の陰へ跳んだ。

 

 梓の回避行動から一瞬遅れて、散弾銃の派手な発砲音が鳴り響く。

 なんとか散弾は太一に当たらずに済んだ。

 だが──


「あたた……」

 

 柱の陰で梓は独りごちる。

 膝裏の関節部に銃弾を受けて、右足がきしんでいた。もう今までのように動き回ることはできない。


「もう! 上がって来るなって言ったでしょうが‼」 

「フハハハハハ! これでテメェも終わりだなぁ‼」 


 梓は太一に怒鳴り、グマは狂ったように快哉を叫ぶ。

 太一は世界が終わったような顔をした。


「ゴメン俺──心配で……」

「……ったく」


 梓はため息をついて頭を押さえる。

 グマは勝ち誇った顔で笑う。


「正義の味方は大変だなぁ? そんなガキなんざ見捨ててりゃ、こんなピンチにならなかったのによう」

「この程度の状況、ピンチでもなんでもないわよ」

「はん? 言ううじゃねぇかよ壊れかけ」


 勝利を確信したグマは醜く顔を歪めると、急に神妙なトーンで語りかける。

 

「お前は嫌になんねーのかよ。サイボーグが差別されまくってるこの社会が」

「……」


 物陰で脚の調子を確かめながら、少女は一瞬瞑目する。

 その脳裏には過去の断片がよぎる。

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