第7話 ただの少年

 大丈夫ですよ。

 私があなたを助けます。

 ずっと、一緒ですよ。

 ジップは、ティクトとの思い出が頭によぎっていた。魔物の亡骸なきがらから目をそらし、アルクのほうを見た。

「……お前が! お前が!」

 玉座ぎょくざから離れたジップ。アルクに対して、氷を宿したこぶしで襲い掛かる。

「あいつに騙されてたんだ! 目を覚ませ!」

 受け流すアルクに、ジップが返す。

「ずっと一緒に居てくれたんだ。……もう、僕には何もない」

「あるだろ!」

「何もないんだ!」

 攻撃を続けるジップ。ふたつのこぶしが交わり、ふたたび離れる。

 そして、ジップが笑った。

 一瞬の隙をついて、アルクは雷なしの蹴りを入れた。


「人間は、やり直せるんだよ。見ててくれる人がいれば。仲間がいれば」

 アルクは必死な形相で、ジップの説得を続けている。

 仰向けで倒れたジップの上にまたがるような格好になった。

「もう、ないんだよ!」

 と言いながら攻撃するジップ。

(違う。最初から、見ててくれる人も、仲間も、僕にはいなかった。何も。最初から)

 お互いに、雷をこぶしに宿しておおきく振りかぶっている。

 その後、ジップが穏やかな表情になった。

 ふたつの雷がはじける。

 アルクに攻撃は当たらなかった。

 雷を宿したこぶしで攻撃を仕掛けたアルク。寸前で消して、ただのパンチを当てていた。

「これから、いくらでもあるだろ」

「僕が攻撃しないって、気付いたのか」

「勝手に終わろうとするな! お前と同じようなやつがいる。それでいいだろ。俺、実はあいつら苦手でさ。話し相手が欲しかったんだ」

 アルクが飾り気のない笑みを見せる。

 ジップは初めて自分の居場所ができて、涙を流した。


「これは、いったい?」

「どういうことじゃろうな」

「ちょっと。アルク。無事なの?」

 仲間たちが駆け付けた。アルクは状況を説明する。

「じつは――」

 ジップは今度こそ観念していた。魔王として討伐されることを。

 しかし、アルクは意外な言葉を放つ。

「魔王はティクトだ」

「誰よ、それ」

「ほら。あそこの」

 魔物の亡骸なきがらを指差して、アルクが告げた。

「ほう。あやつが」

「やりましたね。アルク」

 ナナじいとジャックは本気で喜んでいた。

「見直したわ。ちょっとね」

 リズは、すこし照れくさそうに言葉を選んだ。

「こいつはジップって言って、掴まってひどいことをされていたんだ」

「ふむ。聞いたことがあるのう」

「ナナじい?」

「数年前に魔物に襲われた村があった。そこの生き残りじゃろう」

「そうなのですね」

 アルクは、大きく息をはき出した。リズのほうを向く。

「さっさと抱きしめてやれよ」

「なんで、わたしが」

「おっさんやじいさんにやらせるな」

「今回だけだからね」

 リズは、仕方なく従った。

 抱擁ほうようを受け、ジップのほおが染まる。

「よかった」

 ジャックは泣いていた。

 ふぉっふぉっふぉ。ナナじいが笑い声を上げる。

「さあ。帰ろうぜ」


「ここが、イーの村ですか」

 戦士ジャックが感慨深かんがいぶかげに言った。

「ふむ。悪くないのう」

 魔法使いナナジことナナじいは、控えめだった。

「あまり馬車を待たせないように、手早く済ませましょ」

 現実的な、回復担当のリズ。

 もう、桜色の花は咲いていない。季節は次へと移ったようだ。

「じゃあ、行こうぜ」

「ああ」

 勇者アルクの言葉に、ジップが同意した。もう魔王の肩書きはない。同い年の少年二人が、ならんで歩いているだけだ。

 ナナじいは温泉でのんびりすることにしたようだ。

 ジャックは肉体美を見せつけている。

 アルクは、ようやく自宅へ帰ってきた。

「よく戻ってきたな」

「あら。あなた、お名前は?」

「リズです」

「まあ。アルクったら、こんな可愛かわいい彼女を連れて帰ってくるなんて」

「違います。旅の仲間ですよ!」

「わかってるって。母さん。変なこと言わないでくれよ」

「その子は――」

 そして、ジップは、アルクの家に住むことになった。

「いいのか?」

「いいんだよ。俺は、世界を救った勇者だぜ」

 旅を経て、アルクはあまり変わっていない。自意識過剰じいしきかじょうなままだった。

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まいん勇者 多田七究 @tada79

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