第52話:第三次珊瑚海海戦③~~剛撃の代償

「《過装薬オーバーチャージだと!? 針路の変更も無しにかっ!?》」


 米戦艦ケンタッキーの艦橋で同艦艦長が怒りを露わに叫ぶ、既にケンタッキーは日輪戦艦から夾叉きょうさを受けており同航戦ながら其の距離は徐々に縮まり現在の両戦艦の距離は17,000であった。


 にも拘わらず旗艦アイオワからは回避指示も回避許可も出ず過装薬オーバーチャージで撃てと来た、これはつまり刺し違えてでも日輪戦艦を沈めよ、と言う事に他ならずケンタッキーの艦橋は重苦しい空気に包まれる。


「《くっ! 主砲全門過装薬オーバーチャージ装填、急げっ!!》」

「《りょ、了解です!!サ、サーラジャ!!》」


 ケンタッキー艦長は苦虫を噛み潰した様な表情で叫び指示を出す、その時ケンタッキー艦長が耳鳴りにみまわれ次の瞬間轟音と共に艦が激しい衝撃に襲われる。


「《な、何事だぁっ!!?》」

「《ほ、報告! 電力供給が停止、その為レーダーや通信機能が途絶ダウン!!》」

「《此方もダメです通じません!!》」

「《どうやら艦橋後部への直撃弾の様です!》」

「《くっ! 通信機がダメなら伝声管を使い被害確認を急げ、ダメコンは如何なっている!?》」


 日輪戦艦から放たれた砲弾はケンタッキーの艦橋後部に直撃しそのまま突き抜けて行った、その時の衝撃波で艦橋後部が粉砕されマストも倒壊し左舷副砲1基が損傷した。


 その被害によってケンタッキーの主艦橋メインブリッジの電気系統が寸断され電子機器が全てダウンしてしまったのである。

 

「《艦長、各部共伝声管からの応答が有りません!》」

「《そんな馬鹿な事が有るか! ちゃんと呼び掛けろ!!》」

「《艦長、まさかとは思いますが、伝声管の蓋が閉まっているのでは?》」

「《そんな素人みたいなー-》」

「《ー-そう言えばこの伝声管の蓋も閉まっていました……》」

「《ー-っ!? 我が海軍の教育課程カリキュラムはどうなっているのだっ!?》」

「《まぁ竣工してから3ヵ月足らずの詰め込み教育でしたからね……》」

「《ああもうっ! 誰でも良い、司令塔に行って伝声管の蓋を開ける様伝えろ!》」

「《はっ! 然し……》」

「《今度は何だ!》」

「《エレベーターが止まっています……》」

「《階段を使えば良いだろうっ!!》」


 ケンタッキー艦長と副長がコントの様な会話を繰り広げていると不意にケンタッキーの主砲が仰角を付け始め僅かに左に旋回する。


 ケンタッキー艦長がまさか、と思った瞬間、主砲発射の警報が鳴り響きそして十数秒後凄まじい轟音を轟かせ砲弾を発射した。


 その瞬間ケンタッキーの船体が軋み艦が一度右に傾くがやがて復原力が発揮されかなりの振り幅で揺動する。


 その時、損傷したケンタッキー艦橋から鈍い金属音が響き、艦橋後部から幾つかの構造物が落下した……。


 そのケンタッキーの揺動が収まる前に後続の姉妹艦も次々と主砲を斉射する、結果それなりに近い距離に水柱が立ち上がるものの命中弾は無かった。


「《何で撃った!? 誰が撃った!? 私はそんな指示は出していないぞっ!?》」


 未だ揺動し鈍い金属音が響く艦橋内でケンタッキー艦長が怒りを露わにしている。


「《あ、司令塔と伝声管が繋がりました、どうも通信機が繋がらない事から我々ブリッジクルーが全滅したと思った様で、旗艦アイオワにそう報告した所、アイオワ良いからから射撃指示さっさと撃て!!が有ったそうです……》」


 通信員と思われる若い兵士が気まずそうに艦長たちを見ながら報告する。


「《成る程、旗艦と誤認させる為にどうあっても本艦に第一射を撃たせたいと……ならばオルデンドルフ提督の思惑通り被害担当艦として敵視を集めてやろうじゃないか! 撃って撃って撃ちまくってやれっ!!》」


 ケンタッキー艦長は俯き頭をガリガリとかいた後、怒りを飲み込む様に言葉を溢しながら徐々に語気を強め最後は声を張り上げ指示を出す。


 その指示の下、主砲に限界一杯の装薬が詰め込まれ、艦を軋ませながら魔王サタンに向けてSHSを発射する。


 が、しかしその直後ケンタッキーの三番主砲塔と右舷後部舷側が吹き飛ぶ。


 ケンタッキーは激しい衝撃によって揺動し艦後部が爆炎に包まれ速度が急速に低下する。


「《ぐうっ!! 被害報告! ダメコン急げっ!!》」

「《報告! 三番主砲塔大破! 復旧の見込み無し!!》」

「《報告! 右舷後部舷側装甲貫通、砲弾は第三層まで到達! 第五、第六エンジン及び左舷第二推進シャフト大破! 推進出力30%減!!》」

「《報告! 第158区画で火災発生!! 初期消化失敗、弾薬庫付近です!!》」

「《ーーやってくれたな魔王サタン!! 三番主砲塔は放棄! エンジン及びシャフトの復旧急げ、最優先だっ! 158区画の隔壁閉鎖、弾薬庫への注水を許可する、進路取り舵20! 何としても保たせろ!!》」


 ケンタッキーの艦長が次々と上がって来る被害報告に苦悶の表情を浮かべながら指示を出す中、前部2基の主砲が進路が変わる前にと射撃を敢行する。


 だが、その射撃圧で艦が軋み艦体後部の破損部分から金属の引き千切れる音が響く。


「《ほ、報告! 右舷後部舷側に亀裂発生! 亀裂は喫水線下にまで達し浸水が発生しています!》」

「《なーー!? 今の砲撃で破損部が裂傷したのかっ!! 射撃を一時中断しろっ!!》」


 この時ケンタッキーは浸水と取り舵の影響で右に傾斜し鈍い金属音を響かせながら左へ旋回を始めていた、その右舷後方に僚艦ミズーリが追い付きその艦首がケンタッキー艦尾に差し掛かった次の瞬間、数本の巨大な水柱が立ち上がると同時にミズーリの艦首とケンタッキーの艦尾がほぼ同時に吹き飛んだ……。


 ミズーリの舳先を貫通した日輪戦艦の砲弾がそのままケンタッキーの艦尾に直撃したのであった。


「《報告っ!! 艦尾喫水線下に被弾、浸水発生被害甚大!!》」

「《甚大とはどの程度だ、具体的に言え!!》」

「《右舷第一、第二推進シャフト共に大破!! 第五、第六エンジンルーム完全に水没!!》」

「《操舵班より報告! 舵損傷、現在の位置から動きません!!》」

「《第四、第三エンジンルームに浸水発生!! 》」

「《艦長、このままでは艦尾から沈みますっ!!》」

「《わ、分かっている! 艦尾区画第五、第六エンジンルーム迄を放棄し隔壁閉鎖!! 艦首及び左舷に注水し傾斜復旧急げ!! 》」


 次々と上がって来る具体的な致命的凶報にケンタッキー艦長は狼狽し茫然とするが、何とか気を持ち直し指示を出す。


 とは言え、この時ケンタッキーは速力が最大発揮で10ノット(現在は5ノット)にまで低下し舵を損傷した為に転舵も行えず、その場をぐるぐると回る事しか出来なくなっていた。


 その為、30ノットで移動している僚艦からはどんどん離れて行き護衛の為に残された駆逐艦2隻と共に戦線から離れて行った。


 ・


「イ号大破の模様、脱落していきます!」

「うむ、照準をウ号に切り替え撃ち方継続!」

「了解です。 しかし米海軍距離を取りませんね、既に13,000ですよ……」


 大和艦橋では正宗が双眼鏡でケンタッキーの脱落を確認し東郷に報告していた、そして正宗が怪訝な表情でこぼした言葉の通り、この時日米戦艦の距離は13kmにまで接近しており駆逐艦や重巡に至っては10kmを切りかけていた。


「うむ、少し前から米戦艦の射撃精度が落ちている、発砲煙の量から察するに装薬量を増やしたは良いが搭載砲の制動限界を超えているのかも知れんな……」

「成程、本艦の装甲を抜けない事に対する苦肉の策と言う事ですね……」

「ケンカで言えば防御を捨てた大ぶりのパンチって所かぁ、当たればデカいだろうが当たらにゃ意味無いわな!」


 東郷の正宗の真剣な会話に軽い口調で口を挟んだのは当然戸高であった、その態度からいつも通り十柄に睨まれるのだが、十柄も意見自体には賛成で有ったのか発言を咎められる事は無かった。


 この米戦艦の捨て身の攻撃で一番割を喰ったのは米重巡であった、比較的大型の船体を持つボルチモア級が10kmの近距離で大和の副砲と回転式砲、そして出雲の主砲と回転式砲の射撃に晒されたのである、これによって先程の高潜隊の雷撃を生き残ったボルチモア級はあっけなく全艦が蒼海の藻屑と消えてしまった……。 



「《提督、もう限界です、離脱とは言わない迄も距離をとりましょう!》」

「《だまれっ!! 合衆国海軍の威信にかけてここで引く訳にはいかん!! 何としても、あの悪魔をここで沈めるのだ! ……それが叶わずとも突破口を見出さねば、我々・・に帰る場所などないぞ……?》」


 艦を更に肉薄させようとするオルデンドルフを諌めようとした副官で有ったが彼の言葉の最後にピクリと反応する。


『如何なる犠牲を払ってでも魔王サタンを撃沈せよ!》』


 それがキンメル太平洋艦隊司令長官、そして裏で糸を引くキング合衆国艦隊司令長官からの厳命で有った。


 オルデンドルフが最新鋭戦艦群である第77戦隊を任されたのは、彼の魔王やまとに対する強い復讐心と失態による立場的窮地を利用し魔王やまと攻撃・・させる為であった。 


 復讐に燃え追い込まれたオルデンドルフであれば無理や無茶をしてでも、それこそ生命と引き換えにしてでも魔王やまとに挑むだろうと……。


 常識で考えればそんな人間に艦隊を、ましてや最新鋭戦艦を任せたりはしない。


 しかしキンメルとキングには、いや合衆国海軍には是が非にでも魔王やまとを沈めなければならない理由が有った。


 陸軍とそして大統領からの叱責である。


 合衆国陸海軍は日輪陸海軍ほどでは無いにしろ、やはり伝統的に仲が悪かった。


 その為、ウィッチタワー作戦で米陸軍が多くの犠牲を払いなんとか占領したルングことアンダーソン飛行場を海軍がアッサリ破れた為に取り戻され失い、多くの戦死者と捕虜を出した事に関して海軍を強く叱責して来ていた。


 この叱責に対しては米海軍は言い訳のしようが無かった、当該海戦に敗れた理由が戦術或いは戦略によるものであればまた言いようは有ったが、たった一隻の戦艦に打撃艦隊と空母部隊が壊滅させられた等とどう考えても言い訳にもならなかった。


 敵性国家の戦力を把握しそれに備える事もまた軍人の務めで有りその予測を大きく超えられると言う事はそれ自体が恥だからである、少なくともルーズベルト大統領はそう考えるだろう。


 故に合衆国海軍はその元凶である魔王サタンを何としても撃沈しなければならなかった、海原から迫り来る脅威を迎え撃ち殲滅し国土を守る、それこそが海軍に課せられた使命だからである。


 その使命がこのままでは果たせないどころか魔王サタン一隻で米本土が蹂躙されかねない、そうなっては他にどんな功績を立てようとも自分のキャリアが終わりであると恐れたキンメルは魔王サタンに沈められた艦艇の生き残りから証言を集め魔王やまとの危険性と予測性能を纏めキングに報告したのである。


 第三次ソロン海戦での敗退は自分の責任では無く、日米開戦前に報告されていた海軍情報局の情報に不足と誤りが有ったせいだと付け加えて……。


 そのキンメルからの報告をキングは鵜呑みにした訳では無いものの、最新鋭戦艦4隻がたった1隻の日輪戦艦に一方的に蹂躙された事実がある以上、合衆国海軍の威信にかけ絶対に魔王サタンを葬らねばならないと感じ取ったのである。


 もし本当に魔王サタン合衆国ステイツ本土に進撃して来たら?


 機動艦隊で防げるか? ……無理だ、駆逐艦の魚雷が効かない相手に航空魚雷が効く筈が無い、ではアイオワ級戦艦ではどうだ? 


 蹂躙されたサウスダコタ級と同程度の艦で防ぎ切れるのか?


 これも無理だ、報告通りならアイオワ級では到底魔王サタンを抑えられない……。


 ならばモンタナ級だ、低速戦艦スローバトルシップであるモンタナ級は故に堅牢で強力だ、幸か不幸かニミッツの提案で搭載砲を24インチ(61cm)に変更もした、モンタナ級なら勝てる筈だ。


 だが魔王サタンは未知数だ、モンタナ級にもしも・・・の事が有っては不味い、ジョージア級・・・・・・の就役にはまだ時間が掛かる……。


 情報が欲しい、魔王サタンの情報が、モンタナ級が確実に勝利する為に……。


 合衆国臣民を守る為に……。 


 故にキングはオルデンドルフに命じた『如何なる犠牲を払ってでも魔王サタンを撃沈せよ!》』と、そして付け加えたのだ『《最悪でも弱点を見いだせ》』と……。


「《撃て!ファイア!撃て!ファイア!撃て!ファイア! ヤツの弱点を見つけるのだ!! そしてこのアイオワでヤツを、魔王サタンを海の藻屑としてやるのだぁっ!!》」


 オルデンドルフは杖を突き立て眼光鋭く歯を剥き出しに叫ぶ。


 その声に呼応するかの如く4隻のアイオワ級戦艦から12斉射目の砲弾が放たれる。


 その砲弾の内、2発が大和の四番主砲基部バーベットと左舷側中央に命中するが大和に損傷を与える事は叶わなかった。


 この時、両戦艦の距離は10kmを切っていた……。


「《報告、魔王サタンは健在! 損害も確認出来ず!!》」

「《バカな……SHSを過装薬オーバーチャージで撃ち且つこの距離で……まだ及ばんと言うのかぁーーっ!!》」


砲撃は何度も魔王サタンに命中している、駆逐艦隊が甚大な被害を出しながら十数本の魚雷も命中させている、それでも一向に戦闘力の衰えない魔王やまとにオルデンドルフは僅かに後ずさり狼狽する。

 

「《提督、あれは手に負えません! 一度引いて対策を練りましょう! このままでは全員犬死です!!》」

「《そ、そうですとも! 我々は十二分に命令を遂行し果敢に戦いました、きっと長官もご理解下さる筈です!!》」


 オルデンドルフの狼狽する様子を見て好機と考えた副官たちは捲くし立てる様に撤退するよう説得を始める。


「《……何を馬鹿な事を……魔王サタン相手にこの距離から逃げ切れる筈が無いだろう? 分からんか? 既に後戻りは出来んのだよ、生き残りたくばヤツを沈めるしか無いのだ……っ!!》」


 オルデンドルフは口角を上げながら叫ぶ、だがその笑みは歪み引きつっている。


 そして13斉射目が放たれた刹那、ミズーリの砲弾と魔王やまとの砲弾が至近距離で交差し次の瞬間ミズーリの二番主砲塔が吹き飛び右舷側中央と艦橋基部が爆ぜる……。


 ミズーリの艦体から悲鳴の様な金属音が響き渡り艦橋が倒壊する、右舷側の損傷は喫水線下まで至っており大量の海水がミズーリ艦内に流入している。


 それでもミズーリは残った一番主砲と三番主砲が艦橋の出した最後の命令で有る『魔王サタンへの攻撃』を完遂すべく独自に動き砲撃を続けていた、そしてその砲撃は偶然魔王やまとの副砲塔基部とそして副砲に直撃する……。


 副砲の装甲は大和の中で最も薄い200mm複合装甲である、それは日輪最新鋭重巡洋艦伊吹いぶき型の装甲(180㎜複合装甲)より僅かに上と言う程度で有り、それが米最新鋭戦艦の58cm50口径のそれも超重量徹甲弾スーパーヘビーシェルを受けて無事で済む筈がなかった……。


 大和の副砲が爆ぜその砲身と装甲板が宙を舞う……。


 そして副砲塔基部からも爆炎が立ち上がり装甲の一部が僅かにだが捲れ上がっていた。


「《やった!? おい、やったぞ!! 魔王サタンにダメージを与えた!! あそこがヤツの弱点だっ!! ハハハハハッ!! 見たか! これが合衆国海軍の実力だぁーーっ!!》」


 待ちに待った光景にオルデンドルフは狂気乱舞する、然し副官ら参謀達の表示は浮かないままだ。


 この状況で副砲1基を破壊出来からどうなると言うのか……。


「《ぶつかるぞ、面舵!!》」


 興奮し魔王サタンしか視界に入っていないオルデンドルフの横でアイオワの艦長が血相を変えて指示を出す。


 その視界には爆炎に包まれ右に傾いている僚艦ミズーリの姿が映っている。


 アイオワはオルデンドルフの厳命(決して魔王サタンから離れるな)を遵守し咄嗟に右に舵を取りミズーリをすんで・・・の所で躱す、が次の瞬間アイオワの艦首上部と一番主砲が吹き飛んだ。


 非装甲部の艦首は兎も角600㎜装甲で防御されている筈の主砲正面防盾すらまるで泥の様に抉られ次の瞬間砲塔が爆散し、その破片が周囲に飛び散り艦橋レーダーの一部を破壊し海面へと落下した。


「《報告! 一番主砲大破、復旧の見込み無し!》」

「《艦首大破!! 破損箇所より海水が入って来ています!!》」

「《レーダー破損、射撃リンクシステムにエラー発生!!》」


この距離なら・・・・・・目視で直接狙えるだろう、とにかく撃てっ!! ヤツの弱点は副砲だっ!!》」


 オルデンドルフは口角を上げ切り歯を剥き出しに歪んだ笑みを浮かべる。


 確かにその距離なら目視で命中させる事も出来るだろう、この時、大和とアイオワは僅か8kmの距離に在るのだから……。


 ・


「距離8,000だと!? 夜戦じゃ無ぇーんだぞ? コメ公のヤツら日輪海海戦と勘違いしてねーかっ!?」

「だが8,000は大和の想定交戦距離だ、ここで一気に叩く!!」


 戸高の言葉に正宗が語気鋭く応え、大和型戦艦2隻とアイオワ級4隻が同時に発泡し互いの艦体に複数の爆炎を巻き起こす。


 大和と武蔵はそれぞれ数発の砲弾を舷側に受けるが損害は無く、対するアイオワ級4隻はアイオワが艦橋後部基部に、ウィスコンシンが艦首舷側に直撃弾を受ける。


 この距離ではアイオワ級の装甲は意味を成さず砲撃はほぼ水平に飛んで来るため攻撃は側面に当たり艦体深部で炸裂し甚大な被害を与えるのである。


「《報告! 艦橋後部大破、火災発生!! 電算室との通信途絶!!》」

「《か、艦首からの浸水止まりません!!》」

「《艦首など隔壁閉鎖でどうとでもなろう!! 事現状に至って損害など気にするな、撃って撃って撃ちまくれぇ!!》」


 全長300メートルをゆうに超える巨大戦艦同士が僅か8kmの距離で撃ち合っている、そこに戦術戦略など存在せず、ただ純粋な殴り合いが繰り広げられている。


 だがそれはフェザー級ボクサーがヘビー級ボクサーとノーガードで撃ち合うに等しい、そんな無謀な戦法を取れば当然その代償を支払う事になる。


 そしてその代償を支払う事になったのはアイオワの後方を航行していたウィスコンシンであった、射撃から僅か4秒程でウィスコンシンに到達した魔王サタンの砲弾は前部主砲直下の舷側装甲を突き破り弾薬庫付近で炸裂し大爆発を起こす、その爆圧によって一番二番主砲が吹き飛び艦が裂ける。


 そして戦艦ウィスコンシンは悲鳴の様な金属音を響かせながら艦が折れ、爆炎と共に水底へ没して行く……。


「《ウィ、ウィスコンシン大破、沈没しますっ!!》」

「《怯むなぁ!! 撃て!ファイア!撃て!ファイア!撃てぇー-っ!ファイアー-!!》」


 燃え沈みゆくウィスコンシン、果敢に雷撃を敢行し次々と爆ぜて行く駆逐艦、最早誰の目にも勝敗は明らかであった。


 それでも残されたアイオワとニュージャージー、そしてミズーリは果敢に砲撃を敢行している。


 だがこの時、艦橋を失ったミズーリは指揮系統が乱れ一番と二番主砲が個別に射撃を行っている状態であり、アイオワも先のレーダーの損傷によってレーダー射撃が行えなくなり目視射撃に切り替えており統制射撃は完全に崩壊していた。


 だがそれでもこの距離なら前時代的な射撃方法でも命中させる事は不可能では無い。


 そうしてアイオワ級が決死の覚悟で放った砲弾が大和の副砲基部とマスト基部に命中しセンサーやレーダーなどを抱えた大和のマストが斜めに傾き左舷副砲塔基部から爆炎が上がる。



「左舷副砲塔基部とマスト基部に命中弾!」 

「副砲塔基部は先程同様、内張り緩衝機構で食い止めた模様です! ただマストは傾き倒壊の恐れ在りとの事です!!」

「内張り緩衝機構にまで到達した、つまり外殻装甲は抜かれたと言う事か!?」

「いや、緩衝機構で止まったと言う事は威力がなかり減衰していると言う事だ、寧ろ外殻で食い止めたと言えるだろう」

「なるほど、それなら……しかしマスト倒壊は拙いな……日和、自慢の自己修復能力でマストの傾斜を直せないか?」


 広瀬と如月から齎された報告に正宗が一瞬焦るが東郷が冷静に分析する、それに冷静さを取り戻した正宗が戦術長席の近くの天井に有る透鏡レンズに向かって語り掛ける、すると天井と床の透鏡レンズから光が発せられ、その光は徐々に人の形を成し白い衣服の少女が現れる。


『はいお兄様、副砲基部を含め既に修復を実行中です、マストは追撃を受けなければ10分程で修復が完了致します』

「そうか、そのまま頼む、マストが倒壊したら武蔵との統一射撃が出来なくなるからな」

『分かりましたお兄様、頑張ります!』


 そう言うと日和は小さくガッツポーズをしながらにっこり微笑む、因みに日和にガッツポーズを教えたのは当然、広瀬である……。


 一方、米艦隊も先程の命中弾の直後、アイオワが右舷側中央に直撃弾を受けその爆圧で右舷上甲板が膨れ上がり副砲3基を巻き込んで爆散した。


 更にミズーリも右舷側後部に直撃弾を受け、その影響で三番主砲塔が完全に沈黙してしまい、無傷で健在なのはニュージャージーただ一隻となってしまっていた。


 しかし、そのニュージャージーに突如として異変が起こった、自慢の50口径58㎝砲3基9門を一斉に射撃した直後、一番主砲塔と二番主砲塔の砲身が破裂してしまったのだ、アイオワの砲術長が懸念していた事がついに起こってしまったのである。


 ニュージャージーは標的にされていなかった分、射撃回数が他の艦より多かった事が災いしたのだと思われる。


 この事故によって主砲塔内の乗員はほぼ全滅し内部機構の破損によって使用不能となってしまった、この事は即座に旗艦アイオワのオルデンドルフに知らされた。


「《報告! ニュージャージーの前部主砲塔2基が砲身の破裂によって使用不能との事ですっ!!》」

「《なんだとっ!?》」

「《ああ……とうとう……。 だから言ったでしょう、砲身が保たないと!!》」

「《ぬう……っ!!》」

「《提督、我々は本当に十二分に戦い抜きました、魔王サタンの弱点も発見しましたしこの上はそれを生かす為にこそ生き残るべきです!》」

「《そ、その通りです、主砲の撃てない戦艦など只の浮かぶ鉄桶です、もう限界ですよ!》」

「《くどい!! 砲が残っているならば撃て!! 破裂するまで撃ち貫くのだ!! ……認めんぞ、偉大なる先人が築き上げて来た合衆国海軍が……極東の蛮族に屈するなどとぉー-っ!!》」


 周囲の進言に怨嗟の咆哮を以って応えるオルデンドルフ、既に彼から冷静な判断力は完全に喪失している。


 それは軍人としての使命感故か、将又はたまた種族白人の矜持故か、だとしたらそれは使命感と矜持を履き違えているだろう……。


「《全艦全速前進!! もっとだ、もっと肉薄し今度こそヤツの横腹を撃ち貫いてー-》」  


 オルデンドルフが狂気を孕み淀んだ瞳で叫ぶが、その言葉が終わらぬ間にアイオワ級3隻の左舷から次々と水柱が立ち上がる……。


「《な、何事だぁ!?》」

「《ほ、報告! さ、左舷より敵潜水艦の雷撃ですっ!! 本艦左舷に2本被雷浸水発生、ミズーリとニュージャージーも数本被雷した模様!!》」 

「《んなぁ……っ!?》」


 その報告にオルデンドルフは愕然とし後、茫然と立ち竦む……。

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