第24話:賢狐、猛犬を諫める

 1942年11月20日天候快晴、激戦から一週間が経過しガーナカタル島ルングでは日輪軍による基地復旧作業が行われていた。


 大和の艦砲射撃によって建物は消し飛びエルディウム鋼板で構築されていた滑走路は地面ごと抉られ、先ずは土木工事による埋め立てから始めないといけなかった。


 それらを本格的に行える重機の到着が昨日であった為、現在日輪軍は捕虜の処遇と基地の復旧、鹵獲兵器の確認等に追われ陸海軍、階級問わず慌しく動き回っている。


 基地の周辺には第八艦隊と第四艦隊に第十三艦隊、軽空母2隻を擁する第十一艦隊とそして軽空母3隻で編成される第三艦隊第二戦隊が展開していた。


 アンダーソン陥落後2,3日は何度か米軍機による小規模の爆撃機の襲来が有ったものの、上記の軽空母群の戦闘機と大和航空隊の迎撃により損害は殆どなくここ数日は空襲も無く平穏で有った。


 そこに複数の護衛機に囲まれた一式陸攻が仮設飛行場に着陸して来る、その機から護衛を伴って降り立ったのは厳つい面持ちの軍人然とした人物であった。


 彼は『宇垣うがき はじめ』海軍中将であり、山本の腹心の一人では有るが山本とはお世辞にも仲が良いとは言えず、山本が物腰の柔らかい伊藤を重用している事からその溝は更に深まっていると噂されている。


 そんな宇垣の降り立った仮設飛行場では正宗と部下数名を伴った東郷が出迎えに立っていた。


「ようこそおいで下さいました宇垣閣下、大和艦長、東郷 創四朗であります」


 機から降りて早々東郷達を値踏みするかの如く睨みつける宇垣に東郷は毅然とした態度で敬礼し、正宗と部下達もそれに続く。


「貴様が東郷か、言うまでも無いだろうが儂は連合艦隊司令部付き参謀長宇垣である、この儂が遥々こんな辺境にやって来てまで是を渡してやるのだ、有難く受け取るが良い」

 

 宇垣は尊大な態度と口調で横にいた部下に顎で指示を出す、すると部下は儀礼に乗っ取り数歩進むと30㎝程の如何にも書類が入っているのであろう底の浅い桐の箱を東郷に向け差し出す、東郷もそれに対し礼式通りの所作で桐箱を受け取る、その桐箱には重要書類が入っている事が示される櫻の御紋が刻まれている。


「さて用は済んだが、こんな辺鄙な場所に飛ばされたのだ、折角だし観光でもさせて貰おうか」

「観光、でありますか? 然し湯洛と違い此処には観光名所等は……」

「有るではないか、最高の観光名所が、あそこにな?」 


 尊大な態度と表情を崩さぬまま口角を歪めて上げる宇垣の目線の先には海上に浮かぶ巨大戦艦大和の姿が有った……。


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「総員宇垣閣下にぃ敬礼!!」


 舷梯げんていから大和前甲板に上がって来た宇垣を出迎えたのは十柄を筆頭に数百名の大和乗員と戦隊司令の恵比寿であった、然し恵比寿の目線は僅かに泳いでおり何処かぎこちない。


「おお、これはこれは恵比寿さん・・お久しぶりですなぁ?」


「え? あ、ああ……そ、そうだねぇ宇垣……、キミも変わり無い様で何よりだよぉ……あ、あはははは」


 言葉とは裏腹に宇垣の態度は明らかに恵比寿を見下している、恵比寿は恵比寿で目線を泳がせ言葉を選び、胸の前で両指を絡める動作をしており明らかに挙動不審となっていた。


「ん? ああ、恵比寿さんは士官学校の先輩なのだよ、儂はこの人を反面教師・・・・に精進したものだ、貴方が校舎裏の倉庫で昼寝をして半日寝過ごし脱柵騒ぎに発展した時は儂らも全員駆り出されて大変な騒ぎになりましたなぁ? いやぁ懐かしい……!」


 聞かれても居ない事を懐かし気に語り出す宇垣であるがその目は全く笑っておらず、寧ろ軽蔑が滲み出ている。


「あ、あははは……その節はお騒がせしちゃって……」

「いやぁ、あの・・恵比寿さんが今やこんなに立派な戦艦を擁する戦隊の司令とは、いやはや分らんものですな!」

「あー……いやまぁ、予備士官だったのに何故かいきなり呼び戻されて司令にさせられて僕も困惑してるって言うか、何て言うか……」

「まぁ、そんな事よりも、早速艦内を見させて貰おうか!」


 宇垣は始めから恵比寿の話を聞くつもりは無いらしく言いたいだけ言うとさっさと会話を切り上げ大和の主砲塔を見上げながら少し興奮気味に見入っている。


 現在の階級は宇垣が上とは言え、仮にも先輩に対して無礼に過ぎるが当の恵比寿は怒るどころか話しが逸れた事に安堵する始末であった……。


「無論です、では誰か案内係を……」

「では自分がっ!!」


 東郷の言葉に食い気味に前に出て発言したのは十柄で有った。


「……うむ、では閣下、この十柄少佐が艦内を案内致します」

「うむ! 天才と謳われる八刀神 景光の造った艦が如何程の物か見せて貰おうか!」


 宇垣は眼光鋭く大和を見据え口角を上げる。


 彼は『大艦巨砲主義者』であり無類の戦艦好きで有った、故に『航空機主兵論者』である山本とは反りが合わず何かと対立しているのである。


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 十柄が宇垣を案内している間、東郷と正宗は主艦橋では無く戦闘指揮所に来ていた、ここ数日空襲は無いが警戒を怠るわけにはいかないため大和は防衛司令部として運用されている。


 海上では水雷戦隊が、上空では戦闘機が飛び回り哨戒任務に当たっている、大和航空隊も3機編隊つづ交互に哨戒を行い、大和はそれらの情報を遂次収集し防衛網を展開しているのである。


 本来であればその指揮は艦隊司令である恵比寿が執るべきであるのだが、彼にはその能力が無い為、東郷がその任を負っていた。


 図らずも東郷が戦時特例で准将に昇進していた為、その任務に就くことは問題無かったが艦長職との兼務は激務に過ぎる為、艦長の業務の一部は十柄と正宗が補っている。


 本来であれば新任少尉が補える業務内容では無いが正宗は持ち前の努力と才気を発揮し東郷の期待に応えていた。


 最初は年若い正宗の能力に疑問を見っていた戦闘指揮所の者達も今では正宗を信頼している。


 其の為 正宗は戦闘指揮所と主艦橋を行ったり来たりしていた。


 大和の艦橋構造は付け根部分の司令塔に戦闘指揮所が有りその戦闘指揮所後方に作戦指令室が併設されている。


 これは連合艦隊旗艦として運用出来る様に設置されているもので有り幹部の私室もここに設置されている。


 その内部には電探通信情報統制装置や緊急操舵装置、火器統制装置等が詰め込まれており主艦橋よりも重要な施設で有る。


 その戦闘指揮所の上(正確には作戦指令室の上)に主艦橋が備えられており、その上に射撃指揮所が有り、屋上部分に防空指揮所が備えられている。


 980㎜防御が施されているのは主艦橋までであり射撃指揮所から上は450㎜防御に留められている。


 因みに紀伊以前の古い艦では主艦橋を第二艦橋若しくは夜戦艦橋と呼び、射撃指揮所を第一艦橋若しくは昼戦艦橋と呼んでいる。

 

 これは艦の大型化と複雑化によって変更された為であり、一応は最新型である紀伊型と大和型の呼称に統一されているのだが、古い艦はそのままの呼称を使っているのが現状である……。


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 暫く後、正宗達が戦闘指揮所で業務をこなしていると突如息を切らせ血相を変えた水兵が飛び込んで来る。


「か、かか艦長大変です! 閣下が、宇垣閣下が倒れられましたぁ!!」


「なっ!? どういう事だ? 何があった!!」 


 その言葉に東郷の顔色も変わり目を見開いて飛び込んできた水兵を見る。


「そ、それが、電算室で……その……日和が……」


 一気に歯切れの悪くなった水兵の言葉の意味を察した東郷は椅子の肘掛けに片肘を付くと額を抱える。


 すると戦闘指指揮所中央にある機器が稼働し人影の様な物が投影されやがてそれは日和の姿を取る。


『……ごめんなさい東郷艦長、お兄様、電算室に怖いお顔のオジ様が入って来られたので失礼の無い様にご挨拶をしたのですが、何故か泡を吹いてお倒れになられまして……』 


 日和は両手を前にもじもじと俯き悪い事をした子供のようになっている、とても人工知能とは思えない仕草である。


 日和の告白ほうこくを聞き東郷と正宗は「ああ、やっぱりか……」と言わんばかりに頭痛を抑える仕草をする。


「それで、閣下は今どこに?」


「はい、副長が担架の指示を出しておりましたので恐らく医務室では無いかと……自分は取り急ぎ艦長にお伝えせねばと思い、此方へ……!」


 頭痛を抑える仕草の東郷の問いに青い顔の水兵は必死に状況を伝える。


「……何で通信機を使わなかったんだ?」


「あっ……! 申し訳ございません……!」


 水兵の報告を聞き正宗が呆れ気味に問うと水兵も自分の凡ミスに気が付き俯いてしまった。


「……兎に角、私は医務室へ向かう、この場は八刀神少尉に任せる」

「了解です」


 そう言うと東郷は敬礼をする正宗に毅然とした態度で返礼すると戦闘指揮所から出て行った。


『……本当に申し訳ございませんお兄様……』


 日和はしょんぼりと今にも消え入りそうな声と表情で呟く、実際半透明で消えそうではあるが……。


「まぁ、悪気は無かったんだ仕方がない、だが今後は外部の人間との接触には細心の注意を払う様に、良いな?」


『はい、肝に銘じます……』


 しょんぼりと子供のように俯く日和に本当に人工知能かと呆れる正宗であったがその表情は穏やかに彼女を見据えている。


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「宇垣閣下のご容体は?」


 医務室に着いた東郷は白衣を着た女性に容体を問う、二十代半ばの端正な顔立ちの美しい女性であった。


 彼女は『赤羽あかばね 紅子べにこ』海軍軍医中尉で有り大和の船医長である。


「ああ、精神的外因による失神ですね、頭を打っている形跡も無いしほっときゃ起きるでしょ、んじゃアタシは負傷者の治療に戻りますんで後は宜しく」


 そう言うと紅子はツカツカとその場を離れ先の戦闘で負傷した者達で溢れる野戦病院さながらの治療区画へと戻って行った。


「も、申し訳ございません艦長、お諫めはしたのですが凄まじい覇気でどんどん先に進まれまして……自分が止める間もなく好奇心のままに電算室に入ってしまわれて……」


 十柄は目線を下にさげたまま脂汗をダラダラと流ししどろもどろになっている、事情がどうであれ案内を任された将校が倒れる等失態以外の何ものでも無いからだ。


 とは言え日和の存在は景光の報告書によって連合艦隊司令部付きの上級将校で有ればある程度は知っていた筈だが、そも日和の事を文面で読んだだけで理解出来る者がこの時代に存在する筈が無く、その程度の知識で日和と八合われれば『幽霊』と思い込む事は先の幽霊騒ぎで実証済みである。 


「う、ううむ……」

「閣下! お気付きになられ……っ!?」


 宇垣がうなり声と共に目を覚ます、失態を挽回せんとばかりに駆け寄った十柄だが徐に上体を起こした宇垣の眼を見開いた形相に十柄も目を剝きその場に固まる。


「……あれは、何だ?」


 宇垣は目を見開いた形相のまま目線だけを東郷に向け威圧的な口調で問う。


「はっ! 先に詳しく説明して置くべきでした、申し訳ございません。 あれは……」


 行き成り艦に乗り込んで来て好き勝手に動き回ったのは宇垣で有るから東郷や十柄に責は無いのだが、上級士官が艦内で倒れたとあってはこう言うしか無かった。


 東郷は日和について事細かく説明するが、そも人工知能と言う物がいまいち分かっていない東郷の説明にも限界があり、結局技術科科長の平賀を伴い再び電算室で日和を呼び出して実演する事になった。


 結論から言えばそれでも宇垣は半分も理解出来ず、「もう良い、そういう物だと思う事にする……」と熱弁する平賀を片手で制しもう片方の手で自身の頭を押さえながら電算室から出て行ってしまった。


「……なるほど、古い思考の人間ではあれ・・は理解出来ぬな、長官が八刀神博士を忌避する理由も分かる……」 


 あまりにも未知数な物に触れた宇垣に最初の勢いも憮然さも無く僅かな間にすこし瘦せた様にすら見えた。


「長官が……?」

「……その件で貴様に話したい事がある、どこか話の出来る場所は有るか?」

「! ……では作戦指令室に、他のものは人払い致しますので」


 突如顔付きの変わった宇垣に東郷は絶対に他者に聞かれてはいけない類の内容だと察した、作戦指令室で有れば人払いさえすればその機密性は非常に高い。


 ・

 ・ 


 作戦指令室に着いた東郷はその場にいた者達に退室を命じ会議用の大きな机に並べられている椅子の内最も高価そうな椅子を宇垣に促す。


 椅子に座った宇垣は葉巻を取り出し先を切り火を着ける、本来艦内は禁煙、と言うよりは火気厳禁で有るのだが高級士官の行動を咎められる者は居ない。


「……今回の大和への命令、貴様はどう感じた?」


 葉巻をふかし漸く人心地付いた宇垣は少し落ち着いたのか、その口調は先程よりは冷静で有った。


「……我々は軍人です、命令とあらば……」

「東郷准将、貴様も今や上級将校なのだ、自分の意見を言え……」


 質問の意図を察した東郷は当たり障りのない回答に徹しようとしたが、それを見透かした宇垣に止められた。


「……単艦で敵艦隊の中に突っ込めなどと正直常軌を逸した命令だと思いました、結果的に大和の性能はその常軌を逸した命令を完遂するに足るモノでありましたが、司令部が……いや、山本長官がそれを見越していたとは思えません、あの命令は大和を沈める為のもので有ったのではと疑念を抱いております」


 東郷は臆する事も無く毅然とした姿勢で宇垣を見据え言い放つ、その東郷の言葉に宇垣は僅かに口角を上げた。


「ふん、その通りだ、先程も言ったが長官は八刀神博士を忌避している、だが博士は世界にその名を知られる有名人だ、下手につつけば表舞台から消えるのは長官の方となるだろう、故に大和を浮沈艦と豪語する博士の言葉を信じた振りをして・・・・・・・・大和を沈め、その責任を博士に取らせようとしたのだよ」

「……っ!! まさか!? 連合艦隊司令長官とも在ろうお方が自軍の最大戦力をそんな理由で……」

「沈めるとも、長官は最早戦艦は時代遅れの無用の長物と考えている、今や時代は航空火力であるとな。 ならば目障りな英雄殿を蹴落とす為には沈めるさ無用の長物の1隻くらいはな」


 自分の言葉に驚く東郷の言葉を遮り、宇垣は歪んだ笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「……しかし、それは……」

「現に貴様は殺され掛けたろう? この大和が長官の想定通りの少しばかり・・・・・頑丈な艦・・・・に過ぎなければ貴様とその部下3000名は今頃海の藻屑だ、そうだろう?」 

「……」


 宇垣は葉巻を掲げ少し俯く東郷を覗き込む、その顔には歪んだ笑みが浮かんでいる。


「……仮に、長官の思惑が閣下の仰る通りで有ったとしても、大和が現に生き残ったのも事実です。 その事実を以ってこの大和が八刀神博士の仰る通りの浮沈艦で有る事を証明した事になります。 で有れば閣下の仰る長官の思惑は既に瓦解していると愚考致しますが?」


 宇垣の歪んだ笑みに対し不快感を持った東郷はそれを隠すでもなく眉を顰め宇垣を睨み付ける、そして暗に山本の思惑は瓦解しているのだからこれ以上自分達が危険に晒される事も無い、と宇垣の内心を見透かして言葉を放ったのである。


「ふん、甘いなぁ!」

「!?」

 そう言い放つと宇垣は葉巻を持った肘を机に置き前のめりに東郷を睨み付けながら歪んだ笑みを深める。


「……この期に及んでまだ何かして来る、と?」

「少なくとも八刀神博士の造った艦を長官が好ましく思う事は有るまいよ、貴様に渡した御紋の桐箱、あれを儂に渡す時の長官の表情、実に傑作だったぞ? 干されるか、使い潰されるか、貴様は何方が御望みだ?」

「……」

「そこで、だ、貴様が儂の『白鉄しらがね会』に入る、と言うなら便宜を図ってやらんでも無い、今や儂の白鉄会は長官の『さきがけ会』に迫る派閥に成長しておる、如何に連合艦隊司令長官と言えども儂の言葉を無碍には出来んよ、現に貴様の昇進も儂が口利きしてやった結果なのだぞ?」


 やはりそう来たか、東郷は半ば呆れ気味に目を伏せる、要は超戦艦大和を率いる自分を派閥に取り込みその功績を以って宇垣自身が連合艦隊司令長官となる為の布石としたいのだ。


 だから使えないと分かっている恵比寿では無く、何れは自分を第十三艦隊の司令に据えて、その戦果を派閥の手柄としたいのであろう。


 つまり山本から守ってやるから宇垣じぶんの手駒になれ、そう言っているのである。 


「……閣下、私は……戦艦は何れ消え去る運命で有ると思っております」

「……何ぃ?」

 

 東郷は静かに、だが真っ直ぐに宇垣を見据え言い放った、それに宇垣は眉を跳ね上げ敵意の眼差しで応える。


「確かに大和の登場によって戦艦と言う艦種の寿命は幾分かは伸びたでしょう、然し大和程の艦はそう易々と造れるものでは有りません。 この大和とて正規空母3隻分の海軍費と資材だけでは全く足らず八刀神財閥から多額の資金と人材、技術そして莫大な資材と希少金属・・・・を投入して造られた事は公然の秘密となっています。 これは兵器としての費用対効果の許容範囲を大きく超えています。 そういう意味において大和は兵器としては欠陥品なのです。 故に今後大和を超える規模の戦艦が造られる事は無いでしょう、では常識の範囲内・・・・・・で造られた戦艦が数百の攻撃機の雷撃や爆撃に耐えられると思いますか?」


「う、むぅ! だ、だが戦艦の敵は空母ではない! 同じ戦艦だ! 戦艦同士なら……」

「その艦隊決戦が今後は起こり得ない可能性が有ります。 数百キロ先から有効な攻撃が出来る兵器が有りながら数十キロまで近づかなければならない兵器を使う理由はかなり限定されるでしょう。 この大和とて爆撃を真面に受ければ艦体は無事でも艤装は構造上無事では済みません、電探や測距儀を破壊された戦艦などただの浮かぶ鉄桶です、故に私も山本長官同様、時代は航空火力に移りつつあると思っております、そんな私が閣下の白鉄しらがね会に相応しい人間であると思われますか?」

「ぬ、ぐぅ! き、貴様は、貴様は自分と部下達を殺そうとした山本の肩を持つと、山本に付くと言うのかぁっ!!」


 上がった眉を更に跳ね上げ目を剝き血管を浮かび上がらせた宇垣は立ち上がり咆哮する、恐らく部屋の外や併設される戦闘指揮所にもその怒声は聞こえているで有ろうが命令を無視して入ってくる様な者は居なかった。

  

「そうは言っておりません閣下、私は今日こんにちの日輪帝国において軍閥とは国家の命運を左右する重要な組織で有ると考えております、然るにその領袖りょうしゅうである閣下が派閥争いに邁進され内輪揉めを引き起こされようとしている。 是では例え閣下が派閥争いに勝利されたとて護るべき皇国が滅びましょう……」

「なっ!? き、きさ……」

「なればこそ! なればこそ閣下には長官といさかうよりいさめて頂きたく存じます! ……正直に申し上げて八刀神博士の存在を忌避する長官のお気持ちには私も同感です、彼は余りにも計り知れない、戦争を遊びの様に考えている節さえ有ります。 然し長官もまた道を見誤っておいでだと存じます、莫大な費用と資材を投じて建造された戦艦とそれに乗る若者を敢えて沈める等、正気の沙汰では無い! ……しかしそれでも、長官は必要な存在です、米国を圧倒する機動艦隊の創設と戦術は長官無くして有り得ませんでした、それはこれからも同じでしょう。 閣下、どうかお願い致します、今は国家存亡のときであります、神皇陛下の御為に日輪国民の明日の為に私情を捨て長官をお諫めして頂けないでしょうか?」


 東郷は徐に立ち上がると腰を折り頭を下げる、それに宇垣は眉を吊り上げたまま目を伏せ机の上の拳を握り締める。


「ふん、成程、流石は日露戦争の英雄、東郷 京八郎元帥の息子だな、一筋縄ではいかんか……」

「……」

 

 そう呟くと宇垣は腕を組みながら東郷を睨みつける、だがそこには先程までの怒気は見て取れなかった。


「……儂とて航空火力の重要性は分かっておる、だが現状の航空機は夜間や悪天候では性能を発揮出来ん、故に戦艦の有用性はまだ残されておるのだ、それをあのは……『戦艦など最早時代遅れの長物、戦艦乗りきみたちは何れ失職するよ?』等と抜かしおった!!」


 再び怒気を孕んだ声を張り上げ歯をむき出しに鬼の形相で机を叩く宇垣、山本が狸なら宇垣は土佐犬であろうか……。


「……だが貴様の言い分にも一理有る、あの狸はいけ好かんが確かに戦術家としては帝国海軍に置いて右に出る者はおらんだろう、腹立たしいがな! ……『いさかうよりいさめろ』か、貴様も中々に腹立たしいよな、確かに我が白鉄会には合わん、貴様を迎える話は無かった事にさせて貰おう」

「閣下……」


 そう言い放つと宇垣は徐に立ち上がり東郷を睨みつけた後、扉に向かって歩き出すがドアノブに手を掛けた所で動きを止める。


「……だが、個人的には貴様の様な男は嫌いでは無い、何かあれば連絡を寄越せ、相談位は乗ってやる」


 そう言うと東郷の返事を待つでも無く口角を上げそのまま部屋を後にする、東郷は宇垣の去ったドアに向かってお辞儀をするのであった。


 

 こうして宇垣は嵐の様に現れ嵐の様に去って行った、この東郷と宇垣の邂逅が今後の展開にどう影響するのか、それは今はまだ誰にも分かり得ない事である。

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