第23話:第三次ソロン海戦後編~~鉄底の海峡

 1942年11月13日、時刻00:04 天候曇り 粒子乱流・軽微 ルング北20km


 ==日輪駆逐艦夕立ゆうだち艦橋==


「敵艦隊方位2,2,5、距離6000!」

「……見張りより報告、敵艦は豪州艦と認ム!」

「朗報です、豪州艦隊は電探も練度も優れておらず先手を取れましょう」

「うむ、ではそうしようか、針路そのまま、速力第一戦速に落とせ」

「針路そのまま、第一戦速よーそろ!」

「……方位2,0,2,右3度修正、6番発射!」

「……魚雷6番発射完了! 到達まで約145秒!」

「……方位そのまま、更に右に2度修正、7番発射!」 

「……魚雷7番発射完了! 到達まで約150秒!」

「……面舵反転!」 

「面舵反転よーそろ!」


 吉川の指揮の下魚雷2本を豪州艦隊に放った夕立は面舵を切り漆黒の海原に弧を描く。


「豪州艦隊に動きは?」

「有りません、矢張り此方に気付いてはいないようです」

「ふむ、水雷要員は艦内に退避、右舷砲撃戦用意!」

「右舷砲撃戦よーそろ!」

「6番到達まで後40秒!」

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「3,2,1、今!」


 水雷長がカウントを終えた瞬間、豪重巡から巨大な水柱が立ち上がると急速に速度を落とし徐々に左に傾いていく、その次の瞬間艦隊左翼の駆逐艦1隻からも水柱が上がり、こちらは艦体が二つに折れて轟沈する。


「やりました、巡洋艦と駆逐艦に其々被雷、巡洋艦は沈黙、駆逐艦は轟沈確定です!」


 見張りからの報告を聞いた通信員が少し興奮気味な声と表情で伝えて来る。


「……っ!? 艦長、敵艦隊が2隊に分かれました、巡洋艦1,駆逐艦3が此方に急速接近中です!」

「うむ、6隻減らせたなら上出来か、後は第二艦隊に任せるしかない……我々はあの4隻を何としても無力化する、取り舵20,両舷第四戦速(25ノット)主砲撃ち方始めぇ!!」


 吉川の指揮の下、夕立は主砲を放つと一気に加速し4隻の豪州艦隊に挑む、既に魚雷は撃ち尽くし手傷を負った艦体は万全とは程遠かったが乗員の士気は異様に高かった、恐らくはこれが夕立最後の戦いになると乗員皆決死の覚悟で臨んでいるからであろう。


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 一方その頃、最初の交戦海域では日米両艦隊共に甚大な被害を出しながら泥沼の戦いを続けていた。


 第二艦隊第二戦隊の重巡利根と筑摩は至近距離から雷撃を受け利根が轟沈、筑摩が大破横転後沈没し、第三戦隊の軽巡鬼怒きぬも至近距離の雷撃を避け切れず轟沈、駆逐艦初春はつはる子日ねのひが大破後退し残されたのは独立旗艦の重巡摩耶と駆逐艦初霜のみとなっていた。


 乱戦の渦中に在った第五艦隊は更に損耗を拡大させており第一戦隊重巡加古が魚雷2本に被雷し弾薬誘爆にて爆沈、古鷹も魚雷2本に被雷し大破横転の後誘爆にて爆沈してしまっていた。


 第三戦隊の軽巡阿武隈あぶくまは米重巡との砲雷撃戦の末、米重巡を雷撃で仕留めるも相打つ形となり沈没、残された駆逐艦夕霧ゆうぎりは独立旗艦となってしまった重巡衣笠の護衛に付いている。


 更に損傷艦の多かった同第四戦隊は軽巡長良が大破後退、駆逐艦白露しらつゆ村雨むらさめ五月雨さみだれの3艦は奮戦し多数の米艦を撃沈大破させるも最後は相打つ形となりことごとく戦没し残された時雨しぐれは砲弾飛び交う中必死に沈没艦乗員の救助に当たっていた。


 同第五戦隊は駆逐艦薄雲うすぐも白雲しらくもを喪失し、第六戦隊も駆逐艦あけぼのさざなみを失い軽巡多摩たまが大破後退し壊滅、そして第七戦隊も軽巡大井おおい、駆逐艦海風うみかぜ山風やまかぜ江風かわかぜの全艦が戦没し壊滅していた。


 こうして主力打撃艦隊の絶対の盾となるべく編成された第五艦隊は艦隊戦力として事実上壊滅しており、戦線を支えているのは第八艦隊と第九艦隊の2艦隊となっていた。


 その第八艦隊も激しい戦闘で駆逐艦大潮おおしお山雲やまぐもを喪失し第九艦隊も駆逐艦天津風あまつかぜが魚雷に被雷し艦首切断の憂き目に合い後退、駆逐艦風雲かざぐもを喪失していた。


 その状況の中、第八艦隊の三川提督は第二艦隊と第九艦隊に発光信号を送り主力打撃艦隊との合流海域に向かうよう指示を出した。


 

 その合流海域では第二艦隊第一戦隊が窮地に陥っていた、僚艦扶桑の水晶爆発に巻き込まれた山城は艦橋上部とマストが吹き飛び射撃指揮所が壊滅、測距儀や電探も破損し大混乱となっていた、旗艦伊勢もまたマストと一部電探が破損し事態の収拾に追われている。


 不幸中の幸いで有ったのは扶桑が『水晶爆発(疑似)』を起こした事によって部分的な粒子乱流が起こり米戦艦が伊勢と山城を見失っていた事であろう。


 その状況の中、戦艦山城より点滅する光が発せられている、探照灯の光とモールスを利用した発光信号である。


 その発光信号を受けた伊勢第一艦橋では松田以下数名が軍医と衛生兵の治療を受けていた、露天である防空指揮所に居た松田達は扶桑が水晶爆発を起こした際の爆風と吹き飛んで来た破片よって負傷した、防空指揮所後方に電探塔が無ければ爆風と破片を直に受け全員命は無かったであろう。


「司令、山城より発光信号が、【ワレ被害甚大、砲撃困難にツキ指示ヲ請ウ】……以上です」

「ふむ、飛行場に一発の砲弾も撃ち込めぬままに転身するのは不本意では有るが……。 事現状に至ってはやむを得んか、今なら粒子乱流に紛れて離脱も可能だろう……。 山城に【ワレに続け】と送れ、速やかに本海域から離脱する!」


 松田の指示で伊勢と山城は面舵を切ると北に針路を取り30ノットの速度で米戦艦から離れて行く。

 

「……しかし米国の新型戦艦、聞きしに勝る強さでしたな、我が軍の紀伊型に並ぶと言っても過言では無いでしょう……」

「ああ、電探射撃の有無を考えると夜戦では紀伊型ですら危ういやも知れん、我々とて日向の的確な探照灯照射が無ければ一方的に沈められていた可能性が高いからな」

「……我々は、敵に回してはいけない国と戦っているのかも知れませんな……」

「……」

「……っ!? 見張りより報告、本艦8時方向、距離4200より所属不明艦多数急速接近中! 数は8から10!!」


 突如通信兵が緊迫した声で叫ぶ、所属不明艦と有るが、その方向から来る艦隊が味方であろう筈が無いからである。


「くっ! そう易々と見逃してはくれんか、左舷全砲門対艦対雷戦闘用意!!」


 松田の指揮の下伊勢艦上で慌しく搭乗員が動き出す、主砲が鉄の歯車の音を響かせ旋回し舷側副砲が小刻みに駆動する。


 優秀な夜間見張員を配置している日輪艦が至近距離に接近されるまで気付けなかったのは先程の扶桑の爆発で伊勢と山城の夜間見張り員に甚大な被害が出たからであった。


 通常の軍艦は大和の様に見張り所が防護施設内に配置されてはおらず露天の見張り所で有る為、水晶爆発に巻き込まれては無事な筈が無い。


 豪州艦隊は隊を二つに分け重巡3隻と軽巡2隻が日輪艦隊の南側に、駆逐艦5隻が北側に回り伊勢の鼻先を抑えようと展開して来る。  


 これに対し伊勢は面舵を取り主砲と副砲をつるべ撃ちし牽制するが命中弾は出なかった。


「左舷より魚雷接近、数4!」   

「取り舵45、機銃員配置対雷掃射!」


 伊勢は艦首を左に回頭させ回避行動を取る、その間に上部建造物からは十数名の搭乗員が飛び出し素早く機銃座に乗り込むと手に持っていた照準装置を取り付け機銃の銃身を下に向け雷跡光目掛けて射撃を開始する。


 先頭の2本は伊勢の艦尾すれすれを通過したが残り2本は避け切れる軌道では無かく真っ直ぐ伊勢に向かって突き進む、うち1本は伊勢に到達する直前で水柱が立ち上がり機銃員達が笑みを見せる。

「まだだ! 後一本!!」

 そう誰かが叫ぶのと伊勢の左舷から巨大な水柱が立ち上がったのはほぼ同時であった。


「左舷に被雷!! 浸水発生!!」

「右舷注水急げ!! 主砲副砲射撃用意!!」


 松田の指示の下、艦内外にブザー音が鳴り響く、すると機銃座の搭乗員は素早い動作で機銃座から照準装置を取り外し駆け出すと次々と上部建造物内に駆け込んでいく。


 完全に防護されている大和の機銃座と違い通常の軍艦の機銃座は剥き出しであり主砲射撃時には甲板上の人員は精密機器である照準器を取り外し自身も退避する必要が有る。


「目標左舷敵駆逐艦、全砲門撃ち方始めぇ!!」 

 機銃員が退避した後、砲術長の指示で伊勢の6基12門の主砲と側舷副砲がつるべ撃ちされ豪駆逐艦1隻が大破炎上する。



「伊勢に続けぇっ! 測距儀が使えずともこの距離なら……っ! 左舷砲撃戦、撃ちぃ方ぁ始めぇ!!」 

 伊勢の奮戦を目の当たりにした山城の艦長は戦艦乗りとしての血が騒いだのか嬉々とした表情で射撃指示を出し、ぎりぎりまで左舷後方に向けた片舷8基16門の砲身から46㎝砲弾がつるべ撃ちされた。


 次の瞬間豪州艦隊の周囲に水柱が立ち上がり豪重巡1隻と軽巡1隻から爆炎が立ち上がり魚雷が誘爆した軽巡は程なくして艦体が二つに折れ海中に没して行った。


 この戦果に気を良くした山城の艦長が次弾装填指示を出した次の瞬間通信兵が叫ぶ。


「左舷後方より魚雷接近! 数は4!!」

「ふん、いくら図体のでかい山城とてその角度からの魚雷になど当たるものか、速度そのまま面舵45!」


 左舷後方からの魚雷を避けるため山城がその鈍重な艦体を右によじる。


「……っ!? か、艦長!! 右舷より魚雷接近!! 数は2!!」

「なっ!? と、取り舵いっぱい!!」

「ま、間に合いません!!」


 山城は必死に右に旋回しつつ有った艦体からだを今度は左によじろうとするが抵抗の大きい山城の体躯で機敏な旋回は不可能で有った、程なくして山城の右舷より2本の巨大な水柱が立ち上がる。


「み、右舷に被雷!! 浸水発生っ!!」

「ま、拙い、転覆する……っ!! と、取り舵止め! 左舷注水急げっ!!」


 艦の不安定さを知る艦長以下士官達は表情が強張り顔は青くなっていた、艦長の取り舵止めの指示は間に合わず山城は今更のように左に回頭を始める、然しそれによって山城は鈍い金属音を響かせながら右に傾いていった。


「……これは……いかんっ!! 総員退艦!! 急げっ!!」

 艦長が叫ぶのと山城の傾斜が一気に加速し艦が横倒しになって行くのはほぼ同時であった。


 本来船という乗り物には復原力と言うものが有り、最大速力で旋回しても転覆しない様に設計されている、特にトップヘビーになり易い軍艦にも是は当てはまり本来であれば戦艦が魚雷2本分の浸水で転覆する事は有り得ない筈であった。


 しかし扶桑型戦艦はその無理な設計から予備浮力や復原力を犠牲にしており魚雷による浸水と左旋回の遠心力によって敢え無く転覆してしまった。


 そして次の瞬間、山城は轟音を響かせ爆散する、転覆した時に装填中であった砲弾が落下し誘爆を引き起こしてしまい山城の艦体は3つに砕け悲鳴の如き金属音を響かせながらサヴァ海峡の水底に没して行った。


 この時、山城乗員4267名の内、生存者は僅か28名で有った……。


  

「し、司令!! 山城が……っ!!」

「ー-っ!? 沈んだと言うのかっ!」 

「て、敵艦隊こちらを包囲しつつ有ります!!」


 豪州艦隊は被弾した重巡キャンベラが後退したものの残り7隻で伊勢を包囲せんと展開し、伊勢もそれをさせまいと牽制射撃をしつつ離脱する隙を伺う。


「左舷8時方向より魚雷接近、数4!!」 

「くっ! 取り舵45、対雷掃射!!」

「み、右舷3時方向からも魚雷接近!! 数2!!」


 回避機動を取りながら迫りくる魚雷に対し必死に機銃掃射を行う伊勢は左舷からの魚雷の回避と迎撃に成功するも右舷に1本の魚雷が被雷し巨大な水柱が立ち上がる。


「右舷に被雷! 浸水発生!!」

「右舷第一機関室浸水!! 出力3割減!!」

「……くっ! 流石に厳しいか……」


 被雷し速度が低下し集中砲火を受け非装甲部が爆ぜる伊勢、徐々に削られて行く焦燥感にさしもの松田にも焦りの色が出始める。 


 それをあざ笑うかのように豪軽巡が魚雷発射管を伊勢に向け、今まさに魚雷を発射せんとしたその時、豪州艦隊の周辺に幾つもの水柱が立ち上がり魚雷発射管に直撃弾を受けた豪軽巡が爆沈する。


「な、何だ?」

「見張りより報告、方位0,2,2距離4800より友軍艦艇接近中です!!」

「おお!!」

 

 その報告に艦橋内は一気に明るくなり乗員達の表情に安堵が広がる。


 その艦隊は第九艦隊とそして第二艦隊の残存艦、重巡摩耶と駆逐艦初霜で有った。


「……っ! 第二艦隊は摩耶と初霜しか残っていないのか?」

「その様ですね、ですが志摩提督がご健在なのは何よりです」

「……ああ、そうだな、その通りだ、よし、扶桑と山城の為にも栗田艦隊が到着するまで此処を死守するぞ!」

 

 その松田の言葉に皆が笑顔で応える。


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 然しその頃、とっくに突入を開始している筈の栗田艦隊は有ろう事か反転し目的地とは全く逆方向を航行していた。


 第七艦隊司令の栗田は乱戦の様相を呈している状態での突入を危険と判断し全艦に待機を命じていた、参謀の中には味方を見殺しにするに等しい栗田の判断に異を唱える者も居たが栗田の決断が覆る事は無かった。


 その後暫くして電探要員より艦隊後方に多数の艦影在りとの報告を受ける、栗田は是を敵艦隊と判断し反転迎撃を命じた。


 この判断にも参謀数名は異を唱えるがそれが認められる事は無く栗田の決断は覆らなかった、こうして本来であれば戦艦紀伊と尾張を擁し主力打撃艦隊の切り札としてアンダーソン飛行場にとどめを刺す筈であった栗田艦隊は目標海域とは逆方向に反転してしまったのである。


 無論、もし本当に後方の艦隊が敵で有れば挟撃の危険が有り、乱戦の中に最新鋭戦艦を突入させるのも危険に過ぎるのは事実であった。


 然し結果論だけで言えば栗田の判断は全てにおいて裏目に出てしまっていた、もし時間通りに突入していたとしても第五艦隊を基軸とする水雷戦隊の奮戦で紀伊と尾張に危険が及ぶ可能性は皆無とは言わぬまでも低かった。


 合流海域では第ニ、第九艦隊が奮戦しておりそれに栗田艦隊が加われば米新型戦艦も難なく撃破出来た公算は高かった。


 なにより結果として栗田艦隊の後方には敵どころか味方の展開も無く、栗田艦隊は居もしない敵を追い求め漆黒の海原を彷徨う事になってしまったのである。


 この栗田の一連の行動は『謎の反転』とされ、後の歴史家や軍事マニアの間で議論の対象となってしまう事になるのであった。



 そんな事とは露知らず栗田艦隊を待ち望み奮戦する第二第九艦隊であったが、その十数km先では単艦奮戦する駆逐艦夕立の姿があった、豪駆逐艦3隻を辛くも撃破した夕立は満身創痍の状態で豪軽巡と距離6000メートルで砲撃戦を繰り広げている。


 魚雷は予備が2本残っているものの戦闘状態では再装填は出来ず、損傷によって速度も低下していた、艦の至る所から火災と黒煙が上がっており沈んでないのが不思議なくらいである。


 対する豪軽巡も夕立の砲撃で損傷しており黒煙を上げながら必死に砲撃を敢行していた。


 次の瞬間夕立の砲撃が豪軽巡パースの2番主砲を吹き飛ばすが、同時に夕立も左舷中央に直撃弾を受け推進機の動力が停止してしまう。


「左舷に直撃弾! 弾み車フライホイール大破っ!! 推進機停止っ!!」


 通信員が悲鳴に近い声で叫ぶ、度重なる損傷で推進力を失った夕立は見る見る速度を落として行った。


 そして漆黒の海峡を駆け抜けて来た夕立の脚がついに止まってしまった……。


「諦めるな! まだ砲は生きている、撃って撃って撃ちまくれ! ……水雷長、一本で良い、魚雷の装填を頼めるか?」


 沈んだ艦橋内で吉川が溌剌とした声で指示を出し、その横で思案していた水雷長に問い掛ける。


「! 無論で有ります! 直ぐに取り掛かりましょう!!」


 吉川の問い掛けに水雷長は我が意を得たりと笑顔で敬礼し伝声管で部下に指示を飛ばした後に自身も艦橋から飛び出して行く。


「頼んだぞ……」


 水雷長が飛び出した後、吉川はそう呟いた。


 艦橋から魚雷格納庫まで降りて来た砲雷長は陣頭指揮を執り魚雷の装填を急がせる。


 その間にも両艦は撃ち合い夕立は二番主砲を吹き飛ばされパースは一番主砲に被弾し旋回不能となった。


 此処に来てパースの艦長は夕立が停止している事に気付くが散々吉川に翻弄され僚艦3隻を失ったパースの艦長は魚雷を無駄撃ちさせる策略かと勘繰り攻めあぐねた。


 その僅かな迷いがパースの命運を分ける事になる。


「艦長、魚雷装填完了との事です!」

「よし! 方位2,9,2,右に3度修正、魚雷発射!!」


 吉川の指示で一本の魚雷が勢いよく射出され真っ直ぐに突き進んでいった。


『魚雷発射完了、着弾まで146秒!』


 伝声管から水雷長の声が響く。


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『着弾まで3,2,1,今!』


 砲雷長のカウントは正確に着弾速度を計算しおりカウントが終わると同時にパースの右側舷から巨大な水柱が立ち上がる、そしてパースは艦体が二つに折れて沈んでいった。


 勝った、その安堵が艦橋に広がった正にその時、艦橋通信員が員血相を変えて立ち上がる。


「……っ!? 見張りから報告っ!! 魚雷接近、数は3っ!!」

「何っ!! 対雷掃射!! 総員衝撃に備えっ!!」


 通信員の悲鳴に近い報告に吉川の表情が僅かに歪む、パースは夕立から十数秒遅れて魚雷を発射していたのである。


 その場にいた水雷長は吉川の指示を待つまでも無く対雷掃射を部下に命じ自身も機銃に飛びつく。


 しかし重武装の戦艦とは違い駆逐艦に搭載されている機銃の数はたかが知れている、3本もの魚雷を対雷掃射で迎撃出来る可能性は限りなくゼロに近かった……。


 必死で機銃を乱射する夕立にパースの放った3本の魚雷は猛然と突き進んで来る……。


「……皆、よくやってくれた、靖国で逢おう」


 吉川がそう呟き目を伏せた数秒後、漆黒の海原に3つの水柱が立ち上がった……。


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 一方合流海域の第九艦隊は豪州艦隊を損害無しで撃滅したものの、米戦艦ノースカロライナに魚雷1本を命中させるのと引き換えに駆逐艦谷風たにかぜを喪失、時津風ときつかぜが大破後退していた。


 その後は日輪艦隊も電探レーダー射撃を警戒し雷撃距離に近寄れず、米戦艦隊も回避行動を取る駆逐艦や巡洋艦に命中弾を出す事が出来ず膠着していた。


 しかし焦っていたのは日輪軍の方で有った、現在の時刻は既に2時過ぎで有り日の出まで2時間も無かったのである。


 もし日が昇ればアンダーソン飛行場の600機の米軍機が一斉に無防備な日輪艦艇に襲い掛かる事になる。


 それを防ぎ切る事は練度の低い後方待機の軽空母群では非常に厳しいと言わざるを得ない。


 故に速やかに米戦艦を排除し誤射誤爆の可能性の低い距離から砲撃を開始しないといけなかった。


 旧日本軍で有れば適当な距離と方位で兎に角撃ちまくると言う方法を取ったかも知れないが日輪軍は神皇によって民間人の虐殺を厳しく禁じられておりそれが出来なかった。


 アンダーソン飛行場の3km以遠には現地民の町が点在し適当に撃とうものなら町に被害が出る可能性が高いからである。


 これを他国が聞けば戦場で何を甘い事をと言われるだろう、だが日輪人は前代神皇の時代からそう言う教育を受けて育っている、これが日輪と日本との決定的な違いと言える。


 無論老齢の者や愛国心の強い者は納得していない者も少なくは無いが表立って神皇の意向に歯向かう者こそ日輪では少ないのである。



 ==第二艦隊第一戦隊 戦艦伊勢艦橋==


「……第九艦隊も攻めあぐねている様ですな」

「うむ、奴らは夜目が効く・・・・・からな、下手に近づけばハチの巣だ……」

「ははは! 夜目ですか、奴らも夜戦を伝統とする我々だけには言われたくないでしょうな!」 

「ふっ! ……だがその伝統も今海戦で終わりかも知れんな……これからは電子戦と航空火力の時代だ……」

「……全く、つくづくとんでもない国を敵に回したものですな……」


 双眼鏡で遠くを航行する第九艦隊の様子を見ていた松田と参謀は互の溜息交じりの言葉に苦笑する。  


 一見穏やかな空気が流れているが、実際には松田にも焦りが見え始めている、このままでは攻撃中止も視野に入れないといけなくなるからである。


 しかし中止するにも迅速に決断しなければ撤退途中で空襲を受ける事になってしまう、その判断を下すのは独立旗艦摩耶に座上する志摩中将で有るが未だその打診は無い。



 ==第二艦隊独立旗艦 重巡[まや]艦橋==


「まだか? 第七艦隊は、栗田艦隊はまだ来んのか!?」

「は、はい……未だ確認出来ておりません……」

「撤退……あ、いや転身・・するので有ればそろそろ動かんと拙い……栗田は一体何をやっとるのだ……!」


 焦燥感を隠しきれず苛立ち言ちるのは第二艦隊司令『志摩しま 英作えいさく』海軍中将である。


「……提督、いっそ此処から伊勢に砲撃させては如何でしょう?」 

「……っ!? う、むぅ……いや、ならん! 断じてならん!! 陛下の忠実なる臣である我々が陛下の御心に背く等有ってはならん!!」

「……はっ! 出過ぎた事を申しました……!」


 志摩は一瞬迷いを見せたものの、それを振り払う様にかぶりを振ると自分に言い聞かせる様に声を張って断じた。


 その時、耳を劈く音と共に第二艦隊の周囲に多数の水柱が立ち上がる。


「な、何事だぁ!!」

「ほ、砲撃です、恐らくは米新型戦艦からの物と思われます!!」

「うぬぅ!? 14000もの距離を取っても見えると言うのか米帝めが!!」

 志摩提督は椅子から立ち上がり此方からは見えぬ距離の米戦艦を睨みつける。



 ==戦艦伊勢艦橋==


「くっ! 第九艦隊の動きに痺れを切らして此方を揺さぶりに来たか……遠藤提督が釣られねば良いが……」

「司令、此方からも反撃しますか?」

「……いや、この暗闇であの距離ではまず当たらんだろう、第九艦隊に誤射する危険もある、回避しながら距離を取るしかあるまい……両舷全速、面舵!!」

「両舷全速、面舵よーろそ!」


 松田の指示で伊勢は最大戦速で米戦艦から距離を取らんとする、その間にも米戦艦の砲撃は容赦なく降り注ぎ伊勢の四番主砲から爆炎が上がる。


「四番主砲大破! 火災発生!」

「……っ!! 消火と負傷者の救出急げ!! 現場判断にて弾薬庫への注水も許可する!! 速度そのまま取り舵!!」


 逼迫する状況の中、松田は的確迅速に指示を出して行く、全力で航行する伊勢であるが機関が損傷し出力が落ちた為、最大で28ノット程度しか出せていなかった。


 その手負いの伊勢に米戦艦の砲撃が容赦なく降り注ぐ、そう当たるモノでも無いが一発でもバイタルパートに受ければ轟沈もあり得る威力である、伊勢だけでなく後に続く摩耶と初霜も気が気では無かった。


 このままでは逃げ切るより先にやられる、そう松田の脳裏に絶望がよぎったその時、雷鳴の如き轟音が辺りに響き渡る、明らかに米戦艦の砲撃音よりも大きい、第九艦隊の見張り員は米戦艦の周囲に巨大な水柱が立ち上がるのを確認した。


「第七艦隊だ! 紀伊と尾張が漸く来たぞ!」

 

 待ち望んだ艦隊の到着に近くに展開していた第九艦隊各艦から歓声が上がる。


「うん……? 戦艦が一隻しかいない? ま、まさか、紀伊か尾張の何方かに何か有ったのか!?」


 第九艦隊の見張員が確認した艦隊には戦艦と思しき大型艦が一隻しか見当たらなかった。


 しかしその心配を意にも介さぬかの様にその戦艦は再度主砲を射撃雷鳴の如き轟音と爆風を轟かせる。


 次の瞬間、米戦艦サウスダコタの三番主砲塔が吹き飛んだ、一撃でバーベットごと粉砕されたのである。


 そこに来て漸く第九艦隊も異変に気が付く。


「……っ!? ち、違う、あれは第七艦隊じゃ……紀伊型じゃない、大和だっ! 第十三艦隊だっ!?」


 見張り員が叫ぶと漆黒の海原にも隠し切れぬ巨体がぐんぐんと凄まじい速度で迫って来る、それは紛れもなく日輪帝国海軍最強の超戦艦大和であった。



 ==戦艦大和艦橋==


「艦長、敵戦艦離脱していきます!」

「止めを刺しますか?」


 通信員、如月 明日香の報告を受け正宗が艦長席に向き直る、そこには治療を終えた東郷が座していた。


「いや時間がない、飛行場の破壊を最優先とする、両舷推進機停止、副砲方位2.0.2、左舷副砲一式照明弾装填!」

「両舷推進機停ぇ止よーろそ!」

「副砲方位2.0.2、一式照明弾装填!!」


 東郷の指示に戸高が機敏に応え正宗は速やかに射撃指揮所へ伝達する、主砲と共に米戦艦を狙っていた副砲は軽やかな動きと軽快なモーター音を立てながら方位を修正する。


『射撃指揮所から主艦橋へ、方位修正、右舷副砲一式照明弾装填完了!!』

「……艦長、一式照明弾装填完了致しました!」

「うむ、方位そのまま仰角45、照明弾放て!」

「艦橋から射撃指揮所へ、方位そのまま仰角45、散布界調整任せる照明弾放てぇ!」


 正宗が指示を出すと大和の左舷副砲6基12門の砲が一斉に火を噴いた、45度の角度で放たれた砲弾は秒速700メートルの速度で放物線を描き広がりながら20,000メートル先へと飛翔していく。


 次の瞬間、激しい閃光が広範囲にガーナカタル島と照らし出す、その光の下には夜明けを待って滑走路で待機する米軍機が照らし出された。


 突然周囲が昼間の如く明るくなり米航空隊に動揺が走る。


 その光の上を2機の航空機が飛行している、大和航空隊の毛利機と立花機で有った、2機は閃光の下に照らし出された地形を事細かに大和に伝達する。


「航空隊からの情報と電探の地形情報を照合完全に一致、砲撃散布界内に民間施設を思しき建造物該当有りません!」

「うむ、八刀神少尉、始めてくれ」

「はっ! 主砲方位2,0,2に固定、零式対地榴弾装填! 仰角35! 撃ち方始めぇ!!」


 正宗が指示を出した次の瞬間、大和の主砲が一斉射され撃ち出された砲弾は放物線を描きながらアンダーソン飛行場の滑走路へと落ちて行きそして大爆発を引き起こした。


 火山の爆発か大地震がと間違わんばかりの轟音と振動がガーナカタル島を襲う、450㎜のエルディム板で構築された滑走路が大和の放った超高熱蒼燐榴弾によって溶解し航空機もろとも吹き飛ばす。


 それが正確に絶え間無く落ちて来るのである、コメリア合衆国が誇る一大航空拠点は瞬く間に火の海となり地獄絵図の様な光景になっていった……。


 その様子は14000メートル離れた戦艦伊勢からもありありと見えていた。


「な、何なんだ、一体あのふねは何なんだ……たった一隻で戦局の全てをひっくり返す等と……」

「あれが、大和か……ふっ、先程の発言は撤回するよ、あんな化け物が居る限り、まだ戦艦の時代は終わらんな……」 

 そう言う松田の表情は何とも言えない物であった、それは戦局と一緒に自分達の激戦をもひっくり返された様な複雑な心情を表していたのかも知れない……。


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 夜が明け、両軍の戦いの後が日の下に晒されるとその凄惨さも明るみ出る、転覆したまま焼け焦げた軍艦と人の死体、陸軍と海軍陸戦隊が揚陸した浜辺にも艦の残骸と日米双方の兵士達の遺体が流れ着いていおり、揚陸したばかりの兵士の最初の任務は生存者の救出となっていた。


 激戦を生き残った艦もまた休む間も無く生存者の救出任務に就いていた、大和もルング沖2km地点で投錨し内火艇による救出と負傷者を艦内医療施設に受け入れ病院船の様相を呈していた。


 その時大和艦内に警報が鳴り響く。


『空襲警報、空襲警報、対空要員は速やかに配置について下さい! 繰り返します……』

 

 この警報を受けて大和艦橋も慌しくなる。


「敵編隊は90機の大部隊です! 南南東の方角から飛来したと思われます!」

「南南東から90機の編隊だと? 米軍機の航続距離ではパヌアツ島からの飛来は不可能だ、つまり……艦載機か!」


 正宗の予想は的中していた、大和に向かって来ているのは空母エンタープライズから全力出撃して来た編隊で有った。


 自慢の機動艦隊を壊滅させられた怨嗟を込めて大和を沈める為だけにハルゼーが送り込んで来たのである。


「よし、試製三式弾を試してみるか……」

「ああ、あれ・・ですか、了解です!」


 東郷がぼそりと呟くと、正宗もそれに反応し僅かに口角を上げる。


「艦橋より射撃指揮所へ、目標は接近中の敵航空編隊、電探情報受信装置起動! 二番、四番主砲試製三式弾装填!」

『こちら射撃指揮所、目標敵航空編隊、電探情報受信装置起動! 二番、四番主砲試製三式弾装填よーそろ!』


 正宗の指揮の下、大和の二番、四番主砲塔が左に旋回し、上空の黒い点の集まりにその砲身を向ける。


「試製三式弾、撃てぇっ!!」

 正宗が叫ぶと程同時に[やまと]の二番、四番主砲が火を噴き6発の砲弾が上空の米航空隊に向けて飛翔する。


 次の瞬間、一瞬の閃光と凄まじい爆風の後に米航空隊はほぼ全て電探レーダーから消え、墜ちるその姿は見るも無残な物で有り機体の原型を留めているならまだマシな方で有った。


 この攻撃で生き残ったのは僅か数機で有り、任務続行不可能と判断した生き残りは全速力で引き返して行った。


 試製三式弾とは近接信管にて敵機真近で疑似水晶爆発を意図的に起こし敵を殲滅せしめる対空兵器である。


 この試製三式弾の恐ろしい所は水晶爆発の強力な爆風によって機体が粉砕されるだけでは無く同時に内蔵された無数の超高速小型の散弾が機体を抉る事である、是によって爆心半径1.5kmの航空機は須らく墜ちる事になるのである。



 ==サヴァ島南東7km地点 第九艦隊第一戦隊駆逐艦雪風==


「艦長、本艦10時方向距離3000メートルに漂流中の豪巡洋艦を発見、砲を下に向けマストに白旗が確認出来ます」

「ふぁ~あ、まぁこの状況じゃ降伏一択だよねぇ、戦隊旗艦に座標送っといてぇ、一応向こうさんにも後で中型艦が救助に来る旨伝えといてあげてねぇ」

「……了解です、って艦長、もうちょっとシャキっと出来ないんですか?」

「百合さぁん、今更僕にそれを聞くぅ?」 

「……そうですね、聞いた私が馬鹿でした……」

「いやいやぁ由利さんは聡明だよぉ、ちょっと融通が利かないだけでねぇ?」

「はぁ、ホントに真剣な時との落差が激しいんだから……」 


 溜息を付きながら片手で頭を押さえる百合、へらっと笑って誤魔化す平、雪風の何時もの光景であった。 

 

「……艦長、本艦正面距離4000に漂流中の白露型と思しき艦を発見、かなり損傷している様で……これは……白旗を上げてる?」

「んなぁ! 栄えある帝国海軍が白旗ですとぉ!? 一体どこの恥知らずだぁ!?」


 日輪艦が白旗を上げていると聞いて身を乗り出してきたのは副長の山田であった。


「何言ってんのぉ、僕だって同じ状況になったら白旗上げるよぉ? 名誉の戦死して靖国の軍神に何てなりたく無いしねぇ?」

「んなぁ!? ンなななな……」

 両手を頭の後ろに回し脚を組んで椅子にふんぞり返り返ったまま飄々と飛んでもない事を言う平に山田は口をパクパクさせながら絶句している、これも雪風の何時もの光景であった。


「ん~? あーでも、あの艦は違うねぇ、あれは白旗じゃ無いみたいだよ?」

「え?」

「あれはぁ? ああ、なるほど機関が停止したからハンモックを縫い合わせて帆にしようとしたんだねぇ、でも流石に160メートルの駆逐艦は風じゃ動かないよねぇ、だけど絶対諦めないって意思は凄いねぇ、どんな人が艦長なのかなぁ?」

「艦長、白露型の乗員から手旗信号がありました、【我 ゆうだち 通信 及び 自走能力 無し 救助求ム】との事です」

「よぉし、それじゃあ総員接舷準備、重傷者を優先に大和に運ぶよぉ!」

「 「 「 「 「よ~そろ!!」 」 」 」 」


 平の間延びした言葉に艦橋員達は溌溂と答える、何時もなら呆れ気味に応える者達も今はやる気に満ちている。


 雪風が接舷する為に近づくと夕立の艦橋から吉川が平に敬礼しているのが見えた、それに平も立ち上がり帽子と服装を正すと毅然とした姿勢と表情で敬礼を返したのであった。

 


 こうして後に『東亜太平洋戦争最大の海戦』と称される戦いは大勢を決した、機動艦隊も打撃艦隊も陸上基地すら壊滅した米軍に最早戦闘継続の力も気力も残されていなかった。


 この海戦で日米合わせて200隻以上の艦船が沈没し、サヴァ海峡の水底を埋め尽くす程の沈没船をして後にサヴァ海峡は鉄底海峡アイアンボトム・サウンドと呼ばれる事になるのである……。

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