第17話 妖精の森(2)
定例の報告会を終えた四賢者もバスケットの周りに集まってきた。
私は敷物を広げ、その上に皿を並べ菓子を用意した。
「どうぞお召し上がりください」
すると賢者たちも他の妖精と変わらずおいしそうに菓子を食べていく。どの賢者も可愛い。
「ナディアよ、何か気になることでもあるのかい?」
梟の賢者に言われ、ハッとして頭を下げた。見すぎてしまった。
「不躾に見てしまい申し訳ございません。馬以外の動物の姿を見たことがなかったので、思わず……失礼いたしました」
「そうか。我々は森の中でも強い動物の姿を模している。怖くはないのか?」
「賢者様だと分かっておりますし、珍しい動物の姿を見れただけでも感動して、怖さはありません」
「正直な感想は?」
「……失礼ながら、どの賢者様も可愛らしく」
クロヴィス殿下から賢者たちの前では正直であれと言われていたので答えたが、やはり申し訳なくてもう一度頭を下げた。
「ホ―ホッホ! これは弱そうな見た目に反して肝の据わっている娘だ。クロヴィスが気に入るだけがある」
そう言うと梟の賢者は私の胸の中に飛び込んできたので、慌てて両手で受け止める。そして手のひらから感じる触り心地に身が震えた。
「ホホホ、我の魅力がわかるか? 撫でるが良い」
「は、はい!」
気持ちいい。抵抗を一切感じさせない滑らかな表面に、指が沈むようなふわふわ感。柔らかい。高級なクッションよりも抱き心地が良い。
無我夢中で、けれども失礼のないように丁寧に撫で続ける。
「なかなか良いぞ。お前には撫でる才能がある」
「光栄でございます」
「ほう。では儂も撫でてもらおうかの」
「なら次は僕だね」
牡鹿の賢者様と狼の賢者様からも求められ、「本当に良いのだろうか」とクロヴィス殿下に視線で確認すると彼は頷いた。私は喜んで撫でた。
牡鹿の賢者様はまるで上質なベルベットのような手触りで、張りのある筋力が手についつくようだった。
狼の賢者様の毛質は太くも流れるようにサラサラで、おひさまの香りがたっぷり含まれ、思わず顔を突っ込みそうになってしまったのは内緒だ。
蜂の賢者様は小さくて触れることが叶わなかったが、菓子の礼として蜂蜜をひと瓶くれた。琥珀色の透き通った高純度の蜜だ。今度来るときはこの蜂蜜でお菓子を作ることを約束した。
「賢者の皆様には感謝申し上げます。貴重な経験をありがとうございます」
「またクロヴィスと森に来なさい。我らはいつでもナディアを歓迎しよう。ではな、クロヴィスとナディアよ」
クロヴィス殿下と私が頭を下げると、四賢者は光となって姿を消した。花畑にたくさんいた妖精もお菓子に満足したのか、すでにほとんどが姿を消していた。
嵐が過ぎたように急に静かになってしまった。
「私たちは昼食でも食べましょうか」
「そうだな。少し早いが良いか」
少しできてしまった無言の
中には朝から私がひとりで作ったサンドイッチが入っていた。アスラン夫人ほど豪勢なものを作れない代わりにハム、卵、お肉、レタスとトマト、それにジャムなど種類豊富に用意した。
クロヴィス殿下の希望で、今回はアスラン夫人の手助けなしで用意したのだけれど……
「お口に合えば宜しいのですが」
口が肥えた彼の口に合うか心配で思わず聞いてしまう。
「美味しいに決まっているだろう。いつも練習しているのを知っているし、信用しているから君に頼んだんだ」
ひとつ食べ終わると、彼は間を開けることなく次のサンドイッチを口に運んだ。顔を緩ませ、食べる姿からお世辞ではないことが分かる。
「良かったです」
クロヴィス殿下の嬉しそうな顔を見て、私も嬉しくなる。
毎日のお茶の時間でも、このように彼の隣で座るため当たり前になりつつあったが、ふと現実なのか信じられないときがある。
あまりにも穏やかな時間で、今までの自分には無縁の時間で、夢の消えてしまいそうで怖くなる。
でも今日はそんな不安も感じないのは、ここが楽園のような場所のせいだろう。
「まだまだありますからね」
「あぁ、ナディア嬢が作ったものだ。全部食べる」
「そんな、無理はなさらないでください」
と言ったものの、少し多く作りすぎたと思っていたサンドイッチは綺麗になくなった。
その細身の体にどうやって収まっているのか不思議だ。
「ナディア嬢、君が俺の元に来て一か月が経つがどうだ?」
一緒に花畑を眺めながら食後の余韻を楽しんでいると、クロヴィス殿下が横から私の顔を覗き込んだ。
「とても楽しく過ごせております」
クロヴィス殿下も周囲の人も妖精もみな温かく、私を肯定し認めてくれている。まだ十七年と短い人生だけれど、一番楽しい時間を過ごせていることは間違いない。
「良かった。じゃあずっと俺の側にいないか?」
「はい。これからもクロヴィス殿下に仕えさせてくださるのなら光栄です」
「そうではなくて……俺の妃になってくれないか、と聞いているんだ」
「――え?」
想像もしていなかったことに、聞き間違いや、夢を見ているのではないかと自分を疑った。
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