第50話 暴かれた真相

 私も初めて大神殿に連れて行かれた時は、どうなる事かと震え上がっていたのを思い出した。あの時はまさかこんな未来が待ち受けていようとは夢にも思わなかった。

 私はアイギル小神官に同意した。


「はい。今は、肩の荷がおりた気分です。大神官様の女性の好みには本当に振り回されましたけど…。ご自分と同じ金髪に異常に固執されて。」


 だいたい大神官はあれほど髪の色にこだわっておきながら、なんで急に私に好意を寄せるんだ。私のどこが金髪なんだ。どこをとっても、黒いじゃないか。

 アイギル小神官は私を見つめたまま、目をパチパチと瞬いた。

 おかしな沈黙の後、彼は言った。


「金髪?」


「はい。大神官様は毎度金髪に妄執されて、それはもう、金髪でなければ女では無い、と思ってらっしゃるご様子で。」


 驕る平家もドン引きだっただろう。

 アイギル小神官はまだ釈然としない様な顔つきをしていたので、私は結論を下した。


「ナルシストなんですよ、大神官様は。ご自分の髪の色がいたくお気に入りなのでしょう。」


 私は自分の結論に満足して大きく頷いた。だがアイギル小神官は眉根を寄せて、更に不可解そうな表情を浮かべた。


「言っている事が良く分からんぞ。大神官様は金髪ではないだろう?」


 今度は私が面食らった。

 アイギル小神官こそ何を言っているのだ。あれほど立派な金髪はそうはいないと思う。


「それは見事な金髪ですよ!目の色も金みたいな薄茶をされています。」


 アイギル小神官の瞳が徐々に曇っていった。


「私は叔父上から大神官様の容姿については聞いた事がある。去年の王都の収穫祭ではカーテン越しのお輿にお乗りだったからお姿を拝見できなかったが、何年か前にチラリと拝見した事はある。………大神官様の御髪の色は金色ではない。黒曜石の様な長く美しい、黒色だった。」


「ええっ?そんなはず……」


 そんなはずはない。

 私が会っていた大神官は、確かに……。


「金髪ですよ!確かに……。」


「リサ、大神官様は黒髪に青い瞳をされているはずだ。お前がなぜそんな事を言うのか、さっぱり理解できんのだが。」


 今度は私が眉間にシワを寄せていく番だった。こちらこそアイギル小神官がなぜそんな事を言うのか、さっぱり理解できない。しかし、まさかアイギル小神官が私に嘘をついているとは思えない。

 この国の大神官の髪の色が、金髪ではなく黒髪?ではそうすると、私が会っていたあのカリスマ大神官はなんなんだ?あれが、実は大神官ではない?だとすれば、その黒髪の大神官とやらはどこにいる。

 私が今まで見ていた世界が、音を立てて崩れていく気がした。


 大神殿のどこに、そんな人が…………突然私は稲妻に打たれた様な衝撃を受けた。

 ………なぜ気がつかなかったのか。

 歩く神力計測器である私が、凄まじい神力を持つはずなのにずっと具現化した神力を見る事が無かった人物がいたではないか。

 セルゲイだ。

 彼は私の前で幾度か、確実に怒っていたのだから、普通なら私に神力が見えたはずだ。なのに私には見えなかった。私の神力では計測などが及ばないほどの神力を持っていたのではないだろうか?

 まさか。まさか?


「これ、ちょっと預かっていてください!」


 私は驚くアイギル小神官に自分の鞄を押し付ける様にして渡すと、踵を返して中央神殿を出て行った。そのまま、今さっきおりた石畳の坂道を登り始める。一度は遠ざかった大神殿が、ぐんぐんと近づく。

 私は大神殿の正面玄関から建物の中に飛び込むと、走って廊下を奥へ、奥へと進んだ。あまりに急いで走ったので、角を曲がる時には靴が滑り、何度も転びそうになった。大神殿の奥には、高位の神官しか出入りを許されない、普段私が足を踏み入れなかった要人専用エリアが広がっている。

 真っ直ぐにそこへ繋がる廊下へ向かうと、私の存在に気づき、慌てた様子の神官に私は声をかけられた。


「リサ様?これより先はご遠慮下さい!」


 制止は聞き流し、私はその神官が止める間もなく両開きの大きな扉を勢いそのまま、バタンと押し開けた。


 扉の先は、高い天井のホールになっていた。神聖な大神殿の空気には慣れていると思っていたが、その空間は一段と厳かな雰囲気が広がっていた。そこから先にも廊下が伸び、ドアが幾つか並んでいた。

 どこにいる?

 探さなければ。

 私は、かたはしから扉を開けていった。

 並ぶ扉の中で、一際大きな木の扉の先を開けると、私は息を飲んだ。

 ドーム型の天井を持つ楕円形の広い部屋の真ん中に巨大な円卓と椅子があり、20人ほどの神官達が円卓を囲んでいた。突然の来訪者に驚いた彼等の視線が、一斉に私に注がれた。

 円卓の一番奥には、大神官の神官服に身を包んだセルゲイがいた。

 いつもは一つに結いている長い髪は、結ばれる事なく真っ直ぐに垂らされ、着崩した騎士の衣装ではなく、ゆったりとした緋色の長い神官服を着ていた。それは一瞬別人ではないかと思うほどの、全く異なる雰囲気を醸し出していた。だが発光する様な青い瞳と涼しい面差しは、紛れもなくセルゲイその人だった。


 全員の目は、等しく、まるで幽霊とでも遭遇したかの様な驚愕と動揺をたたえて私に向けられていた。

 私は感情を抑制した声で尋ねた。


「大神官様はどちらにいらっしゃいますか?」


 張り詰めた沈黙の後、セルゲイが右手をすっ、と挙手した。


「ここにいる。」


 居並ぶ神官達は瞬き一つしなかった。

 爆発が起きる前の不気味な静けさが空間を支配していた。

 なぜだ。

 どうしてこんな事が起きている。

 頭の片隅で、落ち着くんだ、と冷静でいるよう主張する良い子な自分がいた。しかしそれに相反する感情も沸き起こり、見境なく混乱し怒り、暴れる私もいた。しばしの葛藤の後、後者が私の感情を埋め尽くした。借金を背負った従順な私はもういなかった。

 私は壮大な詐欺にあった怒りと戸惑いが、制御可能な枠を溢れ出すのを感じ、それを自分に許した。私はズカズカと大股で円卓に近付いた。次の瞬間、私は怒鳴り散らしていた。


「あんた達、どういう事なのか説明しなさいよ!!!」


 怒声はビリビリと部屋を揺らし、高齢の神官達が、ひい~、と憐れっぽい悲鳴を上げて縮み上がった。

 軽く見渡すが、カリスマ大神官の姿が無かった。私はセルゲイを睨みつけながら言った。


「セルゲイさんが大神官ですって?ずっと騙してたなんて!じゃあ、私が見てきたニセ大神官はどこにいるのよ!」


「ここにいる。」


 私が入ってきたばかりの扉が開き、元カリスマ大神官が現れた。私は彼の衣装をたっぷり10秒は凝視した。元カリスマ大神官は、いつも私が見ていた緋色の大神官服ではなく、青地の高神官の神官服を着用していたのだ。いつもは垂らされていた光輝くご自慢の金髪は、三つ編みに編まれて一つになり、右肩から流されていた。

 どうなっている。

 私は元カリスマ大神官をやぶ睨みして尋ねた。


「あんた、誰よ!?」


「私は高神官のアレクシスだ。」


 そんな事は聞いていない。あまりの事に、対処の範疇を越えてしまい、聞くべき事が出てこない。話そうとして息を吸うのに、言葉がついてこない。過呼吸にでもなりそうだ。するとそんな様子の私を見かねて、セルゲイが説明を補足した。


「アレクシスは俺の双子の弟なんだ。」


 ふたごのおとうと………?

 私はセルゲイとアレクシスを何度も交互に見た。この二人が、血を分けた兄と弟?なんてこと。

 ………嫌な兄弟だ。

 双子だとしたら絶対に二卵性双生児に違いない。どんな神の悪戯でこんな二人が双子になったんだ。

 私は一瞬時と場を忘れ、セルゲイとアレクシスの両親の顔を死ぬ程見てみたくなった。

 私はアレクシスを指さしながら、驚きのあまり変に震える声で問いた。


「この人、セルゲイさんよりよっぽど大神官に見えたんですけど。何でこんなに無駄に神々しいんですか!」


 するとずっと押し黙っていた神官達が、ひそひそと囁いた。無駄に神々しいんじゃなく、無駄に美しいんじゃ、と。彼等は私がキッ、とひと睨みしてやると、慌てて口をつぐんだ。


「俺は社会勉強の為に敢えて大神殿の外で――アレンの家に預けられて育てられたんだ。だがアレクシスはずっと大神殿の中で育ったからな。ちょっと浮世離れしているところがあるんだ。」


 ちょっと、なんて言う控え目なレベルだろうか?かなり浮世離れしていると私は断言できる。だからこそ大神官の偽者に仕立てるには逸材だったというわけか。アレクシスの怪演には悔しいくらい見事に騙された。

 なぜ大神官だなどと平気で私の前で名乗っていたのか、と聞くとアレクシスはしれっといった。


「私は自分からそなたの前で大神官だと名のった事はない。これでも罪悪感は抱いていたのだよ。だからさっさと兄上の奥方探しを終えたくて仕方がなかった。なのにそなたが連れてくる女達といえば……。……だが………それでいて私は何よりこの日が来るのを最も恐れていた。」


 ちょっと待て。

 名乗った事が一度もない?私は首を捻った。そうだったろうか?………いやいやしかし、私が勘違いしているのは明白だったのだから、それを訂正するどころか利用していたアレクシスも同罪だ。それを本人だって本当は分かっているからこそ、私に憎まれる日が恐ろしいと言っていたんじゃないのか。

 セルゲイが椅子から立ち上がり、なだめる様な声色で言った。


「リサ、これには深い訳があるんだ。聞いてくれ。今夜、きちんと全部打ち明けるつもりだったんだ。……大神官に負い目を感じる秘書としてのお前にではなく、ただのリサに。だから、秘書としての任を解いたんだ。」


「どんな訳があるってのよ!今聞かせて貰おうじゃないの!」


 私とセルゲイの会話が始まったのに乗じて、神官の一人がこっそり椅子から立ち、コソコソと抜き足差し足、出口に向かおうとしているのが視界に入る。


「どこ行くのよ!席につきなさい!」


 私は素早く出口に駆け寄り、開いたままだった扉を、勢い良くバタンと閉め皆の退路を絶った。


「……お前が俺の屋敷を壊したと中央神殿の使者から聞いた時、俺はお前に強く興味を抱いたんだ。そんな甚大な神力を持つ若い女性など、そうそういないからな。」


 俺の屋敷………?そうか。セルゲイが大神官だったのなら、私は爆破したのは………セルゲイの屋敷だったという事になる。

 かつてチラリとだけ見た白い瀟洒な屋敷を思い出し、目の前にいるセルゲイに対して私は僅かに気まずさと罪悪感を抱いた。


「俺は両親の結婚の失敗を見てきたから、自分の結婚相手は時間がかかってもきちんと選びたかったんだ。だから、大神官とは名乗らずに代理を立てて、自由な身でお前に近付いて親しくなろうとしたんだ。一緒に旅をして同時に他の候補もじっくり見る事ができる、素晴らしい発想だと思ったんだ。」


 何が素晴らしいんだ。


「どうして嘘をついたんですか!大神殿騎士だなんて…」


 するとセルゲイは不貞腐れた様に答えた。


「ならばお前は『やあ、俺は大神官のセルゲイだ。神力の強い子を生めそうな女を探してる。早速結婚を前提に仲良くしてくれ!』と言ったら俺を相手にしてくれたか?」


 そんなの、決まっている。全力で関わりを避けただろう。っていうか出会い頭のノリがなんでそんなに重たい上に軽いんだ。まあ確かに私とセルゲイの出会いはそんな感じの軽さだったけれど。軽過ぎて私が完全に引いていたっけ。

 セルゲイは言葉にしなくとも私の答えを見透かしていた。


「男の地位しか見ていない女性は妻にしたくない。そんな結婚生活は必ず破綻するからだ。俺の両親のように。だから、代理を立てて気楽な騎士の一人として候補者達に近付いたんだ。お陰で素に近い彼女達を知る事が出来たよ。」


 そこまでする心境は私には分からなかった。理解しようにも出来ない。もしかしたら、生まれた時から特別で、いつも大神官という地位を通してしか周囲が自分を見てくれない立場にい続けたセルゲイにしか、分からない何かがあるのかも知れない。

 私はアレクシスを見た。

 彼は穏やかな眼差しで私を見ていたが、私はその黄金の髪を見てふとある疑問が湧いた。


「待って………、じゃあ、あの金髪碧眼ナイスバディ美女にこだわっていたのは…」


「兄上だ。私の趣向ではない。その条件を出す度に、そなたが私を軽蔑に満ちた白い目で見つめるのが、本当に嫌だった。」


 心底不快そうな表情でアレクシスが説明した。あれはセルゲイの女の趣味だったのか。なんだか妙に納得できる。

 ああ、そうか。

 温泉の街での大神官の不可解な行動は、そういう事だったのか。


「アレクシスさんは、天真爛漫な女性が好きなんでしょう?」


 フェリシテを思い浮かべながらそう問いてみると、アレクシスは何も答えなかった。多分、図星なのだろう。

 アレクシスは代わりに説明を続けた。


「そなたが連れてきた女性を謁見の間で選んでいたのは、兄上だ。私は兄上の合図を受けてラトーヤを帰らせたりキャロンヌ達を選んだりしただけだ。」


「俺みたいな大神官よりもアレクシスを大神官だと思わせて返す方が、彼女達の信仰心も薄れずに済むだろう。」


 セルゲイは大真面目に不謹慎な事を言った。それを鼻でわらってからアレクシスが口を開いた。


「マドレーヌを選ばなかったのも私ではない。個人的には、彼女の資質は申し分無く思う。」


 するとセルゲイが不満気な声を上げた。


「実際一緒にいなかったからそんな事が言えるんだ。あれほど完璧な妻が家にいたら落ち着かなくて仕方が無い。リサぐらいボーっとしている方がちょうど良いぞ。」


 誰がボーっとしているんだ!

 私の怒りを感じてか、なり行きを見守っていた神官達の間に俄かに緊張が走った。最高齢と思しき神官の一人は、頭を両手で庇っていた。まるで天井が落ちてくる事に怯えているみたいだ。

 続けてセルゲイは驚愕の事実を説明してくれた。彼等を含めてここの職員達と神官達は、余計な正しい情報を私に与えない様に、敢えてセルゲイから近づくなと命じられていたのだという。だからあんなに頑迷に私は避けられていたのだ。

 大神殿にいる私を訪ねたアイギル小神官を門前払いにしたのも、セルゲイの命令で余計な外部の人物が接触しない様にされていたらしい。そうなると、アイギル小神官からの消えた手紙ももしや真の目的はそこか。


「私宛の手紙を全部押さえて、私が余計な情報や繋がりを作らない様にしていたのも、セルゲイさんですか?自分の芝居がばれない様に。」


「そうだ。だがお陰でお前が俺の寵愛を受けているらしいと大神殿全体に噂が広まってしまった。」


 寵愛というか、ストーカーの域に達していると思う。良く考えるとコワイ。


「みんな、セルゲイさんがこんな入れ替わりごっこをしていると知ってたんですか?」


「まさか。そんな危ない橋は渡らない。知っていたのは高位の神官達とキムだけだ。髪を結いて騎士の衣装を着たら、大神殿の人間を含めて、驚くほど誰も気づかなかったぞ。だが、ワイヤーの街の神殿長は、子どもの頃からの俺の顔を良く知っている神官だったんだ。万一バレたらまずいから、ワイヤー行きは断念したんだ。留守にし過ぎて仕事も溜まっていたしな。リサ達が温泉観光をしている間、俺は寝る間も惜しんで働いたんだ。」


 私はワイヤーから王都に戻って来た時に見たセルゲイが、凄くやつれていたのを思い出した。あれは働き過ぎによる過労だったのか。だが同情の気持ちは当然ながら欠片も起こらない。だいたい仕事を抜け出したんだから、自業自得じゃないか。

 その後付け足す様にセルゲイが言った。


「ワイヤーの候補者には正直、興味が無かったんでね。」


「そうですか。弟さんは大変ご興味をお持ちになられたご様子でしたよ。」


「リサ。ずっと騙していてすまなかった。傷付けたりするつもりじゃなかったんだ。ただ、俺という人間を見て欲しかったんだ。」


 セルゲイは一歩一歩を慎重に進みながら、私に近づいた。


「頼む。俺のそばにいてくれ。」

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