第47話 大神殿騎士達の来襲

 デフレー神殿は上を下への大騒ぎに包まれていた。

 呆然と立ち尽くす者、恐怖に怯えながら抱き合う者、何が起きたのかと口々に叫ぶ者。老若男女の神官達や職員達のそれぞれ反応は異なれど、皆等しく、慄いて神殿の正面入口を見ていた。

 神殿の正面入口前には、騎乗した大神殿騎士団が大挙して押し寄せていた。茶色い毛並みの大きな馬に乗った、精悍な騎士達は狭い前庭には入り切らず、街の広場にまで彼等の一部ははみ出していた。デフレーの街の平穏な日常は吹き飛んでいた。百騎ほどの騎士を引き連れて先頭に堂々といるのは、セルゲイだった。

 こんなにたくさんの大神殿騎士達が、何時の間に…。

 そして、人員をこんなにデフレーに割いて大神殿の警備は逆に大丈夫なのか。


 神殿長は集まった職員や神官を押し退けながら前へ進み、全開になっていた正面玄関の大扉から外に出た。もつれる様な足取りでセルゲイの近くに歩み寄り、全身を振り乱して、最早すっかり狼狽と困惑しきった声色で叫んだ。


「これは何事だ!!我が神殿を、武力で制圧でもする気か!?」


 セルゲイは問いを受けて、馬を数歩進めた。同じ歩数分、神殿長は後ずさった。

 普段は愛想良くにこやかな気の良い青年にしか見えないセルゲイが、まるで王者の様な風格を万人の前で見せていた。少しも臆する事なく、堂々としたその姿は、見る者全てに威厳を示す事に成功していた。

 見上げた自信家だ、と思った。私にも、彼の自信の爪の垢だけでも恵んで貰いたいくらいだ。


「我が神殿といったか?この神殿は既に大神殿の直轄下に入った。お前は長としての任を解かれたのだ。」


「な、何を戯けた事を!そんなはずがあるか!」


 声を割りながら神殿長は怒鳴った。神殿長を馬上から見下ろすセルゲイの顔は、私がいまだかつて見た事が無いほど、無表情だった。神殿の玄関に集まった職員達の間に、さざ波の様に困惑した囁きが広がっていく。広場の街の人々も、何事が起きたのか、とその人口密度が膨らみ出した。

 セルゲイが胸元から一枚の紙を恭しく取り出した。それを広げてよく通る声で読み始めた。


「デフレー神殿長、ユーゴ・ケルンテン。その任を解き、リガル神殿へ異動を命じる。あわせて神官三位に降格させる。これを見よ!上意である!!」


 セルゲイは読み上げた紙を神殿全体に向けて突きつけた。その紙の下の方には、朱い大きな印鑑が押されていた。私からは遠過ぎて読めなかったが、巨大なその印章はどう見ても国家君主か大神官が押した物としか思えなかった。そんな物を、一体いつ用意したのか。

 神殿長は紙をセルゲイから毟り取る様にして奪い、食い入る様にそれを見た。彼の両手がブルブルと震える。

 セルゲイが続けた。


「またこれに伴い、抜本的な人事の刷新が行なわれる!各々覚悟を決めておくが良い!」


 やがて音も無く、神殿長は膝から崩れて床にへたり込んだ。

 空気が張り詰めた様な沈黙が周囲を支配する中、神殿長は突然壊れた様に笑い出した。

 私達は暫くその場に、痺れて立ち尽くした。


 振り返るとアレンがいた。

 彼はまだクリストファーを引きずっていた。


「アレンさん、あの騎士達はどこから湧いてきたんです?」


「騎士達は温泉ではありません。従って彼等は湧いてきません。彼等は皆、私達と共に大神殿から客船に乗り、ここへやって来ました。船の中では一般客に紛れ、リサ様の警護をしておりましたよ。」


 私は神殿前に勢揃いする圧巻の騎士達を、目を剥いて見つめた。

 あっ、と声が漏れた。

 確かに、船上で見かけた男性が何人かいるではないか……!

 私の警護をしていた?そう言えば、私は船内でやたら人の目を感じていたけれど。あれは、そういう事だったのか!


「でもいくらマドレーヌさんが狙われているという前情報があったにせよ、多過ぎませんか?」


「南の王都などと、図に乗り過ぎて鼻につき過ぎたのですよ。悪い噂は漏れ伝わるものです。どこが上位にあるのか知らしめる必要がありましたからね。」


「最初からそのつもりで?大神官様はそんな事を全然教えて下さいませんでした。三人だけで行くのだ、と。」


 私だけが何も知らず、蚊帳の外だったのか。もう、私はお飾りにすらなっていない気がする。小学校の学芸会で演じたプリン宇宙人の役を思い出した。セリフ一つ無かった。


「これは我々の任務であって、リサ様がお気になさる事ではありませんよ。」


 そう言ってから少し考えた様子で、アレンは続けた。


「私とセルゲイ様がいれば、一騎当千ではありますが、やはり二人だけでは不測の事態を収拾できかねますから。リサ様は、私達二人をさぞ心もとなく思われていた事でしょう?」


 そんな事ありませんよ、と私は引きつった笑みを浮かべてぎこちなく否定した。

 でもなんで教えてくれなかったのか、と聞いてみると、アレンは飄々と答えた。


「リサ様。どこに敵がいるかあの時点では分かりませんでしたからね。貴方は嘘が下手そうですし。………それに、愛しい女には、おおぜいを頼るより、自分だけを頼っていて欲しいではありませんか。それが愚かな男心というものです。」


「ええと、そうセルゲイさんが言ったんですか?」


 私が問うとアレンは珍しく悪戯っぽい笑みを見せた。


「さあ、どうでしょう。」





 騎士団はそのままデフレーの自警団に向かい、捕らえられていた盗賊団の身柄を引き受けた。盗賊達の一部はクリストファーと一緒に王都まで連行し、大神殿騎士団自らが調査に乗り出すのだという。

 あのキツイ尋問とやらが待ち受けているのだろう。

 これで南の大きな神殿であるデフレー神殿が抱えていた闇が、明らかになるに違いない。


 私はマドレーヌを探した。

 いまだ大騒ぎの渦中にある神殿の玄関周りや、客の集っていた広間のどこにも彼女はいなかった。色んな所を探し回り、私はやっと彼女を見つけた。

 神殿の祈りの間で。

 神殿内部の喧騒が嘘の様に、祈りの間の中は静寂に包まれていた。

 マドレーヌは広間で着ていたドレスを着替えたのか、神官の衣装をまとい、祭壇の前に膝を着いて両手を顔の前で組み、静かに祈りを捧げていた。

 私が扉を開けた音や足音に気づいているだろうに、彼女はこちらを気にする事無く、祈りを熱心に続けていた。やがて垂れていた頭を静かに起こし、立ち上がると私を振り返った。


「リサ様。貴方がいらして下さった事を、心から感謝いたします。今、王都の大神官様に感謝のお祈りを捧げておりました。大神官様は全てをご存知だったのですね。」


 悪事はどこかから漏れる物かも知れないが、大神官や大神殿が全てを知っていたとは思えない。それにそもそも、私達をここへ呼び寄せたのは、大神官の奥方候補であるマドレーヌの存在だ。


「マドレーヌさんは、昔からずっと、この神殿が良くなる様に、お祈りしていたのではありませんか?きっと、そのお祈りが通じたのです。マドレーヌさんが不正を正したいと思うお気持ちがあったからこそ、これに繋がったんですよ。」


「リサ様……。自分でも説明がつかないのですけれど、なぜか今分かったのです。わたくしは、これでもこの神殿を愛しているのだ、と。愛着あるこの神殿が、正しくあるべき姿に再生して行く様を、わたくしはこの目で見たい、と切に感じてしまうのです。」


 ええと、それはどう解釈したら良いのだろう。愛するのはこのデフレー神殿ではなく、ぜひ王都の大神官にして欲しい。あのお方も、考え様によっては、愛すべきお方だ。多分。

 あのカリスマ大神官のご尊顔を拝見すれば、全てを投げ出して身を捧げたくなるか、泣いて逃げ出したくなるかのどちらかだろう。

 残念ながら私は後者であった。

 だが、マドレーヌには期待したい。祈りが叶った感謝から生まれる男女の愛もあるだろう、きっと。


「マドレーヌさん。明日、私達は陸路でここを立ちます。王都まで、一緒にいらして下さいますね?」


「………ええ。参ります。」


 そう答えてくれたマドレーヌの瞳に浮かんでいた心中は、何だったのだろう。

 覚悟か、混乱か、はたまた私には思いも寄らぬ決意か。

 いずれにしても、私にはその後、それを問う機会が無かった。

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