第43話 君と二人で

 夕暮れの広場をノロノロと二人で歩いていた。

 神殿に辿り着くまでの二人きりの時間を少しでも長く味わう様に。

 私は夕焼けに郷愁を誘われたのか、自分が元いた世界の事をポツポツと話した。話したかったのか、自分が思い出すために口にしたかったのか、よく分からない。だがセルゲイは要所要所で相槌をくれ、たまに地球に関して質問をしてくれた。


「こんな話、興味無いですよね。すみません。」


 私がひとしきり話し終えた後で苦笑いすると、セルゲイは真剣な眼差しで横を歩く私を見た。


「そんな事は無い。リサのいた場所について、俺は知りたいぞ。異世界から来たからといって、何も隠す事なんてない。」


 私を見つめるセルゲイと目が合うと胸がどうしようもなく、きゅう、と搾られる様に痛んだ。

 私達は暫くの間黙ったまま歩いた。その沈黙は決して気まずいものではなく、むしろ心地良くさえあった。

 広場の一角に布製のカラフルな屋根を連ねて並ぶのは、雑貨を売る屋台だった。その屋台の横を歩いていると、アクセサリーを売る屋台に私の目が引き付けられた。何気なくその店主を見ると、ハツラツとした30歳くらいの短髪の女性だった。


「お似合いのお二人さん!ちょっと見ていかない?」


 セルゲイは通り過ぎようとしていたが、私は興味を引かれて足を止めた。

 屋台の商品台一面に敷かれた黒い布地の上には、様々なデザインの銀色のネックレスや腕環、指環がたくさん並べられていた。何時の間にかセルゲイも横に立って商品を眺めていた。


「全部私の手作りなんだよ。」


 店主が自慢気にそう言い、私は目を見張った。これ全部を、この女性が一人で?中には繊細で凝った形の物もある。


「凄いですね。もしかして銀製ですか?」


「そう、全部銀。白金モノが欲しかったら、残念ながら屋台じゃ売ってないよ。あはは。」


 いやいや、私がいた村では銀は屋台はおろか店ですら売っていなかった。軽やかに笑うその女性と一緒になって私も笑った。商品に白い糸で括り付けられた小さな値札の一つを見ると、日本で言えば五千円くらいだった。私の全財産を思えば決して安くは無いが、手が出ないわけでは無い。

 並べられた商品の中に、綺麗な青い石がはめられた太く厚みのある指環があった。石の周りは蔦の様な模様が彫られて、どこか野生的な印象を与えた。私の視線に気づいてか否か、女性はその青い石の指環を指すとセルゲイを見た。


「これなんて、そっちの男前のお兄さんに良く似合うよ。目の色に石がピッタリだ。特に指が長い男性には、ゴツイ形の指環が似合うからね。」


 はめてみなよ、と店主に勧められるままにセルゲイの指にはめてみると、彼の薬指にサイズがピッタリだった。


「ほらね、まるで私がお兄さんの為に作ったみたいだ!」


 店主は手を叩いて喜んだ。私は無性にセルゲイにその指環を買ってあげたくなった。日頃買って貰ってばかりいたからだろうか。

 他の商品も手に取って見てみたが、なんだかセルゲイにしっくり来ない。やはりこの青い石の指環が良い。


「これ、買います。」


 私が薄っぺらい財布を出しながらそう言うと、礼を言いながら喜ぶ店主とは対照的にセルゲイはあからさまに焦っていた。


「いや、リサが出す事は無い。そんなに気に入ってくれたのなら、俺が買う。」


「私がセルゲイさんに買ってあげたいんです。」


 強気でそう言うと、セルゲイも何も言わなかった。押し切る形でそのまま指環を買うと、今度はセルゲイが私に指環を買うと言い出した。


「白金のを買うよ。どこか宝飾店に入ろう。」


 にこやかに私の耳元で言ってからセルゲイは屋台に背を向けた。首を巡らせて辺りを窺っているのは、手近な宝飾店を探しているのだろう。セルゲイの事だから、高級そうな店しか目に入っていないに違いない。

 でもこれ以上高価な物を貰うのは私の謙虚な流儀に反したし、何より私はそんな物が欲しかったのではなかった。


「ここで買って下さい。」


「いや、でも…」


「セルゲイさんとお揃いのが欲しいんです。」


 するとセルゲイは目尻を下げて微笑んだ。

 全く同じデザインの物は無かった為、結局私達は互いに良く似たデザインの指環を買って屋台を後にした。

 後から考えれば、大金持ちのセルゲイにとってはそれこそオモチャ同然の指環だったのかもしれない。だがサル村では貴金属自体が手に入る代物ではなかった為、私は非常に良い買い物をした、と満足感でいっぱいだった。







 デフレー神殿に戻ると、待ちわびていた職員に直ぐに広間に案内された。

 広間に入るなり私は豪奢な衣装に身を包んだ老若男女の客に囲まれ、人の波に溺れるかと思った。広間は結婚式会場にも負けない勢いで生花が飾り付けられ、又もや副神殿長の実家が大活躍した事を予想させた。壁沿いに並べられた銀色の蝋燭台は一つ一つに込み入った装飾がされていた。広間の奥には毎度の通り、立食形式の食事が準備されており、その豪華さは予想を裏切らない物で、見ているだけでお腹がいっぱいになれそうだった。

 私が今まで訪問した神殿にも、こうした広間は当然ながらあった。しかし、華美さにおいてデフレー神殿はそれらの中で群を抜いていた。

 これは神殿じゃない。お城だ。

 そしてそのお城の主は神殿長だ。


「ようこそデフレーにいらっしゃいました。」


 遠く王都から来た私に挨拶をする為に集ってくれた人々はひきも切らず、それぞれに自己紹介をしてくれて私に握手を求めてきた。あまりの人数に、とても名前など覚えられない。

 私は毎回この仕事に付随するこういった場が、苦手だった。そもそも私は決して社交的な人間ではない。その私が、職業も年代もバラバラな初対面の人々と、楽しくコミュニケーションをするのはなかなか難しい。特に毎回客はその土地の有力貴族や豪商だったので尚更だ。なるべく当たり障りない話題を選び、絶えず頭の中で次に振る話題を練らなければいけない。表層をただ上滑りする様な話題を懸命に続けて、その間笑顔を絶やす事が無い様、気を付けるのだ。

 一時間も経つ頃には、体力も精神力もごっそりと失っていた。

 この様な機会に酒の力を借りるというのは非常に有効だった。私はそれまでアルコールに頼る様な事はした事がなかったが、酒の助けを借りると緊張感がある程度和らぐことが分かった。それに口も滑らかになるので、私は給仕が持って来る酒を次々と頂いた。且つて喉の渇きを訴えた大神官に水を提供した事があるが、あれは完全に私の不勉強だった。

 いや……、もっともあの後大神官はフェリシテと二人で中庭に消えたから、飲ませ過ぎなくて良かったのかもしれない。


 飲酒しながら色んな客と話すうちに、私は頭の中と体が多少ふらついてきたので、休憩も兼ねてトイレに行く事にした。

 広間を出て用を足し終え、広い廊下をゆっくり歩いた。広間に繋がる大きな扉からは、その中の喧騒が廊下まで漏れ聞こえていた。


「秘書様。こちらにいらっしゃいましたか。」


 神殿長の声に呼び止められて、私は振り返った。たまたまトイレに行ったら神殿長と出くわす、なんて運が悪すぎる。


「こちらの方は今取材でいらしているんですよ。秘書様とお知り合いとか。」


 そう言いながら神殿長は自分自身の背後に立つ人物を指し示し、実に重そうな体をズラして道を開けた。私は自分の目を疑った。

 そこには作家のクリストファーがいたのだ。

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