第41話 話し合い

 私はセルゲイの部屋に行った。

 ノックをすると姿を表したのはアレンだった。


「あれっ……。すみません、部屋を間違えました。」


 これだからウッカリ者はいけない。自分にガッカリしながら退散しようとすると、アレンが私を引き留めた。

 アレンが身体を扉の隙間から少しズラすと、部屋の奥にセルゲイがいるのが見えた。どうやら二人でコソコソ何事かお話していたらしい。仲の良い事だ。部屋に大の男が二人きりで閉じこもって話すのって、普通なんだろうか。ガールズトークならぬボーイズトークでもしていたのか。ボーイズって年でもあるまいし。


 部屋に招き入れられると、寝台の奥に置かれたソファに深々と腰掛けていたセルゲイは嬉しそうに顔をほころばせた。小さな丸い木のテーブルを挟んで寝台があり、座るところが無いので私はそこにとりあえず座らせて貰った。アレンはそこに座っていたらしい。まだ人の温もりが残っていた。

 寝台の枕元には分厚い本が一冊置かれており、私は興味を引かれた。セルゲイが寝る時にでも読んでいるのだろうか。少し意外な一面を目にした思いだった。

 私は正面に寛いで座るセルゲイに視線を戻した。


「神殿長に、マドレーヌさんを大神殿へ連れて行くと言いました。」


「そうか。そう言うと思っていたよ。」


 私は少し離れて寝台の片隅に腰を下ろしたアレンの方を見ると言った。


「アレンさん、温泉の街では一本取られましたけど、今度こそ私達の旅が終わるという気がするんです。賭けても良いですよ!」


「その賭けは成立しませんね。私も同感だからです。」


 えっ、と私は口籠った。

 まさかアレンに同調して貰えるとは予想していなかったのだ。それはつまり、マドレーヌは誰が見ても素晴らしい女性だ、という事だろうか。

 セルゲイがテーブル越しに手をのばして、膝の上に置かれていた私の両手を捉えた。


「晴れてリサも自由の身だな。もうジコハサンじゃなくなるな。」


 私はこの言葉に急に嬉しくなって何度も頷いた。以前、フェリシテの件では大神官にフェイントをかけられた事例があったので、期待し過ぎない様に自分に言い聞かせてはいたが、二人にそう言われると、私の個人的な予感などではなく本当にこれでこの仕事が終わるのではないか、という現実味を帯びたものに感じられた。

 頭の中にサル村の光景が蘇った。皆心配しているだろう。

 セルゲイが私の手を握る力を強くした。


「大神官付秘書の地位から普通のリサに戻ったら、王都にとどまる気はないか?……俺は、リサと一緒にいたい。」


「セルゲイさん……。でも私はもう王都にいてもやる事がないし、村には帰らないと。」


「やる事なんて探せばサル村よりもたくさん見つかるだろう。せめて収穫祭までは王都にいないか?」


 収穫祭は秋の行事だ。二ヶ月くらい先になってしまう。それは先過ぎる。生活費がもたない。サル村でも収穫祭は一年の中でも最も盛り上がるイベントで、皆楽しみにしている。王都で行われる収穫祭はそれとは比較にならないくらい盛大でさぞかし見ものだろう。興味はあったが、そこまで待てない。

 一度村に帰ってから又王都に戻ろうか?いや、距離と時間を考えるとそれは無理な様に思える。この国は広過ぎるのだ。


「王都の収穫祭は私も見てみたいですけど、そんなに待てません。」


「収穫祭を見逃す手はない。朝から晩まで王都中が明るい祝祭の雰囲気に包まれる。子どもから大人まで繰り出すし、大神官も大神殿を出て、街中を行列するんだぞ。祭式の一つだからな。王都の各地域から選ばれた聖女や聖人に扮した美男美女達が、その行列の先頭に立って花弁を道にまきながら歩くんだ。美しいぞ。」


 そうなのか。ああ、見てみたい。

 面白そう。きっと美味しい屋台もたくさん出るんだろうな。


「セルゲイさんとアレンさんが聖人に選ばれたら例え二ヶ月も先でも、残って見たいですけれど。」


 私が冗談まじりにそう言うと、セルゲイはどこか少し悲しそうに笑った。


「それは無理だ。俺は………聖人にはなれないし、アレンは以前一度選ばれている。二度聖人役はできないんだ。」


 いや、二人とも今年の祭では聖人を務めるんだ、とか言われても困るだけだから、そんなに切ない表情をしないで。

 今までずっと一緒にいたのに、急に別れるのは私も今から辛かった。もしサル村に帰ってしまえばきっともう私は王都に出て来る事は出来ない。それが分かっているだけ余計に悲しい。

 けれど、セルゲイの熱のこもった力強い眼差しに居心地の悪さを感じてしまうのは、私が彼の気持ちに真面目に答える術をまだ持たないからだ。私のこちらでの故郷はサル村なのだ。私はセルゲイに真摯さを求めながら、その実私こそが逃げている。

 私はもう、自分が何時の間にかすっかりセルゲイに気持ちを持っていかれてしまっている事実を否定しようとは思わなかった。

 私はセルゲイを見ていたい。近くにいたい。もっと彼といろんな事を話したいし、彼の事を知りたいのだ。

 でも………。

 もし王都に残留を決意した後でセルゲイに捨てられたら、目も当てられない。

 ああでも、折角王都に来ているのだ。収穫祭まではどうにか滞在を引き延ばそうか……?


「もう少し考えさせて下さい。色々と……例えばどこに二ヶ月住もうかとか、ありますし。」


 セルゲイの瞳が輝いた。

 内側から光る様なこの青い宝石の瞬きは、ズルいと思う。誰であっても見惚れてしまうに違いない。


「そういう心配なら無用だ。俺は何軒か使っていない家を持っている。好きな所を使ってくれ。なんなら、リサが好きな場所に新しく建てても良いんだが、それだと間に合わないんだ。すまない。」


「全然謝るところじゃないですよ。」


「そうか?なら良かった。とにかく、考えておいてくれ。楽しいぞ。収穫祭は。」


 私はこくりと頷いてから、本来この部屋にやって来た目的を思い出した。


「セルゲイさん、私を誘拐させたのは多分ここの神殿長ですよ。」


 急に話を変えられた事に驚いてセルゲイは目を見開いたが、すぐにそれを深く閉じて長い息を吐いた。

 握っていた私の両手を放し、腕を組むと、声を落とした。


「ああ。神殿長が怪しいというのはアレンから聞いた。動機が一番多いのは確かに神殿長だな。」


 セルゲイはそう言った後でどこか遠くを見る目つきで部屋の中を見渡し、胡散臭い神殿だ、と呟いた。


「でもきちんと調査してくれているか心配なんです。セルゲイさん、一緒に今から自警団に行きませんか?」


「お前は時々突拍子もない事を言い出すな。」


 実際に行けば何か少しでも情報が得られるかもしれない。殺されかかったのに、泣き寝入りはしたくない。


「二人で出かけるのも悪くないな。俺たちだけで深入りするのは良くないが、様子を見るくらいはできるだろう。」


 私達の会話を黙って聞いていたアレンが口を挟んだ。


「夜は神殿の広間にデフレーの有力者を集めて、大神官付秘書のリサ様の歓迎会が行われるそうですので、お二人ともそれまでにはお戻り下さいね。」


 私はセルゲイとアレンにお礼を言った。

 恥ずかしい限りだが、私一人では何もできないのだ。




 自警団の詰所はデフレー神殿からそう遠くなかったので、私達は歩いて自警団の詰所にむかった。街の広場から五分ほど歩いた所にそれはあり、簡素な灰色の二階建ての建物には、窓という窓に黒い鉄格子がつけられていて、なかなかに陰気な外観だった。詰所というよりは拘置所といった方が近い気がする。

 正面に着くとセルゲイは私に尋ねた。


「どうする?」


「入りましょう。ここまできたんだから。」


 いかにも門前払いをされそうな気はする。だが、無理だと思えてもやってみなければわからないし、やらなければならない時もある。ひとつ大きく深呼吸をしてから私は詰所の中に入った。入口すぐには大きなデスクが一つあり、そこに座る若い男性が気だるそうに、どうしました、と私達に声をかけてきた。


 私は簡単に自己紹介してから、自分を襲撃してきた物達について、詳しく話したい、と勇気を奮い立たせて言ってみた。若い男性はボンヤリとした目つきのままだった。人の事は言えた立場ではないが、なんとも頭の動きの鈍そうな男だ、と思った。


「その件につきましては、神殿から詳しく聞いておりますので、結構です。お任せ下さい。」


「私は誘拐された時の事を神殿には全然詳しくまだ話していないんですけど。」


 すると若い男性の後ろの扉が開き、二人の男性が出て来た。揃いの薄水色の上下をきており、どうやらこれが自警団の制服らしい。二人のうち一人は愛想笑いを浮かべながら、私達に言った。


「行き違いがありまして申し訳ありません。どうぞ奥へお入り下さい。詳細を伺いたいと思います。」


 もう一人の男は背の低い中年で、顔中から滝の様に汗をかいていて、絶えずそれを拭いながら私達二人を奥の部屋へ案内した。

 そこは小さな応接室の様になっており、私はセルゲイと手近な椅子についた。

 向かいの席には未だ汗を垂らす男性が座り、ノートを開いてペンにペタペタとインクを付け始めた。


「ど、どうぞお話下さい。」


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