第40話 私の確信

 マドレーヌと私は神殿長の執務室を訪ねた。

 執務室の奥には壁一面にガラスケースがあり、中には金銀器が陳列されていた。神殿長の趣味だろうか。博物館にでも迷い込んだかと錯覚できる程の量に、目がチカチカした。

 神殿長は私達の顔を交互に見比べてから、口を開いた。


「デフレー神殿はいかがでしたかな?庭園までご覧になったとか。」


 ええ、と肯定しながら私は目の前の神殿長をより一層不審に感じた。私達の後をつけさせていたのか。

 神殿長は先ほどの食事の間だけでは語りきれなかったのか、再びデフレーの自慢を語り出した。私はかなり食傷気味のその話題を阻止すべく、本題に入った。


「私を誘拐した者達の事は何か分かりましたか?」


 神殿長は笑顔を消して、いかにも残念そうな顔付きを作って答えた。


「今自警団が、私とマドレーヌを襲った男達を取り調べていますが、秘書様を襲った者たちの事は知らないと申しておるそうです。……どうやら別口だったようですな。なぜ秘書様を襲ったのかは分かりません。おそらくマドレーヌと間違えたのでしょう。マドレーヌを誘拐して身代金を要求する輩が絶えないのです。」


「その証言は……信用できるのでしょうか。何と言うか、別口にしては示し合わせたみたいに随分タイミングが良すぎたと思うのですが。」


 神殿長は困った子どもに言い聞かせるかの様に私に言った。


「恐れながらそれはあくまで秘書様の主観てございますれば。取り調べはデフレーの優秀な自警団にお任せ下さい。」


 私が被害者なのに、口を挟むなという事か。この神殿長に任せておいたら、事件自体を揉み消されても不思議は無い。第一、私は事件の様子を自警団から聞かれてすらいない。それでどう事件を取り調べるのか。


「私はマドレーヌさんと本当に間違われたのでしょうか。あの男達の目的は私を殺害する事にあったのですよ?」


「お気の毒です。男達は途中で過ちに気づき、方針をかえたのでしょう。」


「襲撃者達の遺体は見つかったのでしょうか?セルゲイが森の中に放置して来たらしいのですが。」


 神殿長は尚も質問をする私に対して、困った人だ、と言いたげな顔で軽く溜め息をつきながら答えた。


「まだ報告は上がってきていません。………大神殿騎士様が、秘書様を誘拐した狼藉者達を皆殺しにしてさえいなければ、もっと事実究明は容易だったのですけれどねぇ。」


 あからさまな嫌味にムッとした。

 マドレーヌがやんわりと口を挟んだ。


「神殿長、あのお二人があの場にいなかったらわたくし達だってどうなっていたか分かりませんわ。」


「おお、それはそうだった!感謝せねばなるまいな。」


 大仰に頷く神殿長を見て、私は唇を噛んだ。私の誘拐が仕組まれたものだとすれば、神殿長へのあの襲撃は自作自演だったのだろう。

 元々自分達の命が危ない、なんて露ほども思っていなかったのだ。マドレーヌ達を守ろうとした神殿の職員や神官達にも多数の重軽傷者が出たというのに、悲しんでいる様子がほとんど無い。

 二人を襲ったのは金目当ての盗賊で、黒い森を根城にする有名な一大盗賊団の一つなのだという。身分高い人間を標的にしては、多額の身代金を毟り取る事を頻繁に繰り返しているらしい。


「それにしても噂に名高い大神殿騎士の腕前はたいしたものですね。あれ程の人数相手に無傷で、相手には壊滅的な被害を与えていらっしゃる。私とマドレーヌを襲った賊は再起不能でしょうなあ……」


 語尾が悔し気に聞こえるのは考え過ぎだろうか。王都と南の大きな街デフレーを結ぶ途中にある黒い森にいる盗賊団には、デフレーの街の人々も悩まされてきた筈ではないのか。そうでは無く、まさか神殿長と黒い森の盗賊団は、今回の件だけでなく、ずっと前から深く長いこと繋がってきたのだろうか?もしや黒い森が要所にあるにもかかわらず切り開かれないのは、実際は数々の怨霊の噂のせいではなく、盗賊団の根城を権力者が守ってあげる為なのではないだろうか?

 だとすれば神殿長と黒い森の盗賊団とはギブアンドテイクの関係にある事になる。

 サスペンスドラマでも、大物政治家と黒い団体がよろしく無い関係にあるのは定石ではないか。そうだ。きっとあれだ。

 だがまさか神殿長に向かって今、私を殺そうとしたのか、などと聞くわけにはいかない。



 神殿長と別れるとマドレーヌが改めて私に声を掛けてきて、丁寧な口調で言った。


「ご気分を害されたようでしたら申し訳ありません。思った事をあまり配慮なく口にされる方ですので………。」


 私は暫し返事をしなかった。

 代わりに大きくツヤやかな深緑色をした葉をワサワサと広げて繁る観葉植物の陰に身を寄せる様にして立つと、マドレーヌに小声で尋ねた。


「例の腐敗と黒い森の盗賊は関係があるのですか?」


 マドレーヌは目を剥いた。


「盗賊と?いえ、まさか。」


「多分繋がっていますよ。なぜなら私を攫って殺害する様依頼したのが腐敗の大元だからです。」


「まさか………盗賊団と!?そこまでは…。本当に……?秘書様を狙う怪しい動きは感じていましたけれど、今朝の一件はわたくしを標的にしたものだと思っていたのですが……あれすらも!?」


 口元を押さえたきり言葉を継げないマドレーヌは眉根を寄せて私を見つめ返していたが、対する私は緩々と口角を上げた――マドレーヌの肩先から神力が具現化していくのが見えた。目出度い純白のウェディングベールを彷彿とさせる、白く透き通ったその揺らめくオーラは、今まで私が見てきた他の候補者達のそれらより桁違いに大きかった。また、炎というよりは、揺らめくレースのカーテンに似ていて、美しかった。私が豪華客船の中で見た自分の神力は、残念ながらマドレーヌの神力より大きい様な気がしないではなかったが、マドレーヌの神力の方がずっと綺麗で目の保養になる。

 マドレーヌは今、明確に怒りを抱いた。

 これでバケツの水をかけなくて済む。

 いや、それより何よりもマドレーヌが純粋な正義感を持っていてくれた事、私が彼女までもをこれ以上疑わなくて良い事が嬉しかった。街の住人や神殿の為を思って、自らのデフレー神殿からの候補者としての立場を危険に晒しまで、この機会を利用して私にこの神殿の堕落した中枢を訴えたマドレーヌ。

 彼女こそ、大神官の奥方に相応しい。

 私は今や満面の笑みで頷いた。


「ああ、でもマドレーヌさんは何もご心配なさらないで下さい。私は命をはってここまで来た甲斐がありましたよ!私の旅もきっとこれで終わりです。今度こそは、私の予感が当たるという気がします!」


 真剣な面持ちでマドレーヌは私に説明を求めたが、私は自分の命がこれ以上狙われない様に、悪の親玉を早々に安心させたかった。

 踵をかえして神殿長の執務室に戻ると、時間を開けずに再びやって来た私に神殿長は少なからず驚いていた。


「秘書様、どうなさいました。」


 私は神殿長が向かっていた大きな机のすぐ前まで歩くと、咳払いをした。

 この大事な話を良く聞くが良い。そして、間違った情報におどらされて私のいたいけな命を狙うのはもう勘弁してくれ。


「マドレーヌさんを、大神官様の御前にお連れします。彼女は現時点で最も有力な候補者です。」



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