第39話 妖怪神殿長と気高き乙女

 大広間では神殿長とマドレーヌが何食わぬ顔で席につき、私達を待っていた。真紅のふかふかの絨毯が敷き詰められ、転びそうになった。

 マドレーヌは今度は黄色いドレスをまとっていた。又着替えたらしい。

 最早お色直しの様相を呈してきた。


「ささやかではありますが、お食事をご用意致しました。南の料理がお口に合いますかな……。」


 にこやかにそう微笑む神殿長に促され、私達は席についた。白い木製の大きなテーブルには所狭しと皿が並べられ、肉や魚料理、色鮮やかな野菜や果物がふんだんに盛られていた。中には私が見たことも無い、黒くて艶やかな卵みたいな物や、蛍光色の果実もあった。

 背の高い、容量の小さなガラスの器は酒を注ぐ為の物だろう。セルゲイが喜びそうだ。彼は間違いなくザルだった。

 素晴らしい料理から目をあげれば、ドヤ顔の神殿長と目が合った。

 私を殺そうとしたのかも知れない人物だ。

 どう接して良いか分からない。わき上がる怒りを抑える様に、私は無駄に多い自分の服のヒダを固く握り締めた。私は神殿長に対してとりあえず引きつった笑みで答えてみた。


 間も無くセルゲイがやって来た。

 それを機に職員によって次々温かいスープが運ばれ、酒がなみなみと注がれると、宴会が始まった。


「秘書様、今までお会いになられた候補者達は、どの様な女性でしたか?」


 神殿長が肉汁滴る分厚いステーキを口に運びながら、興味津々といった顔付きで尋ねてきた。私は不用意な事を口走らない様に細心の注意を払いながら答えた。


「皆さん年齢層も性格も、出身階級も様々でしたよ。それぞれ特技もお持ちで、披露して頂いたりしました。」


「特技!大神官様は特技をご所望か!」


 いいえ、と私は毅然と言い放った。


「大神官様は第一に神力に重きを置かれています。そして、ふた心無く大神官様のお側にいる事。そして、大神官様の配偶者として相応しい条件を兼ね備えている事です。」


 胸を張って説明すると、神殿長は身を乗り出して聞いてきた。見れば皿に盛られていた肉がもう無い。濃いワイン色のソースまで舐めとりでもしたかの様に綺麗に消失していた。付け合わせの野菜は食べる気がないらしく、手を付けられる事なく、給仕役の職員によって運び去られて行った。


「秘書様、その条件とは如何なるものなのでしょうか?」


 言える訳がない。

 私は勿体ぶって首を横に振り、もっともらしく言った。大事な選考基準なので話せない、と。

 私がそれを話す間も、次々に食べ物が神殿長の口の中に消えて行き、そのスピードたるや目を見張る物があった。いつ咀嚼しているのだろう。喉に歯がたくさん付いているのだろうか。あまりの食べっぷりに度肝を抜かれ、共感者を得ようと両側に座る騎士達に視線を走らせた。

 セルゲイは軽やかに酒を煽っていた。喉の動きを感じさせない速さでグラスの中味は彼の形の良い口へと流し込まれていく。

 セルゲイはザルだ。それも網目の無いザルだ。ワクしかないザルだ。

 諦めてアレンを見ると、なんと神殿長の皿を凝視していた。私は遂にアレンと心を通わせる事に成功した。

 マドレーヌは実に気が利く女性だった。細やかに平等に話を皆に振り、逃げ出したくなるほどつまらない神殿長の話にも、さも楽しそうに相槌を打てる女性だった。かと言って浮ついた所は無く、いかにも仕事ができそうな大人の女性、といった雰囲気を持っていた。どちらかと言えば、今までの候補者の中ではそれほど綺麗な顔立ちをしている方では無かったが、物腰や話し方といった醸し出すオーラが美人だった。雰囲気美人、とでも言うべきか。華美な目鼻立ちをしているわけでは無いが、鼻の描くラインが美しく、横顔がとりわけ印象的だった。

 大事なのは神力だ。お飾りに過ぎない私が唯一発揮できるのは、歩く神力計測器としての能力なのだから、ここは気合いを入れて見極めなければならない。何人もの神力を見て来た私は、この頃には具現化した神力の大小が分かる様になっていた。


 食事が終わると私はマドレーヌと二人きりで話したい、と提案した。神殿長は最初難色を示したが、私が毎回そうしていると発言すると引き下がった。


 私はマドレーヌに神殿の中を案内して貰いながら、二人で話した。どこで誰に聞かれているか分からないので、内容には気を遣った。

 神殿内部は広大なだけではなく、非常に豪華だった。内装から調度品、飾られる花々まで隅々まで手が行き届いている上に高級そうだった。広いですね、と私が溜め息混じりに呟くと、横を歩くマドレーヌは言った。


「この神殿は何度か大きな建て増しをしています。外観からもお分かり頂けますが、元々の灰色の建物の上に乗る白い部分はみな、増改築した部分なのです。」


 私はなるほど、と神殿の外観を思い出しながら頷いた。


「王都の中央神殿と同じか、下手したらそれ以上の大きさがあるかもしれませんよ。そんな空間を一体、何に使っているのですか?」


 僅かな間を置いて、マドレーヌがそっと答えた。


「神殿内の高位の神官や幹部の親戚や友人に提供されています。」


 えっ、と私は言ったきり言葉を告げなかった。通常神殿内部に住めるのは極めて高位の者たちだけで、その親戚や友人にまで提供されるなどあり得ない。

 私はふと思いついてマドレーヌに聞いてみた。神殿長のご実家は花屋さんですか?と。

 するとマドレーヌはにっこりと微笑んだ。


「ご明察。ですが神殿長のご実家では無く、副神殿長のご実家です。」


 人があまり通らない廊下の隅々まで観賞用の花や木が置かれているのは、無駄遣いとしか考えられなかった。副神殿長は実家の花屋を不当に儲けさせているのだろう。なんだか叩けば叩くほど埃が出て来そうな神殿だ。


「庭園もこの神殿の自慢の一つなんです。ご覧になります?」


 他の神殿とは異なり、デフレー神殿には中庭が無く代わりに建物の裏手に華麗な庭園があった。中央には円形の噴水があり、弾ける笑顔で壺を持った躍動感溢れる子ども達の白い像があり、その壺から水が噴き出して小さな虹を作っていた。

 私達は噴水の前で立ち止まった。

 思いついた様にマドレーヌが聞いてきた。


「大神官様はどんなお方ですか?」


 どんな……?

 それはかなり返答に困る質問だった。そもそも人智を超越した外観と性格をしているから、人の凡庸な言葉ではあの人物を表現しきれないのだ。


「お会いになれば分かりますよ。百聞は一見にしかず、と言うではありませんか。」


「わたくしはお目通りが叶うのかしら?」


「マドレーヌさんも……、お小さい頃から大神官様の奥方に、と周りから言われてきたのですよね?あの、やっぱりお会いしたいですか?」


 マドレーヌは私からそっと目を逸らして子どもの像を見た。考え事でもしている様な間が空いた。


「どうでしょう。とても名誉な事なのだろうと思いますわ。世話になった神殿の恩に報いる事も、期待に沿う事もできます。……一方で、わたくしは幼少の時分から将来が決められていたのです。人の考えたわたくしの道をただ歩くだけで良いのか、と疑問に思う時もありますわ。……神職を極めたい、と感じる自分の気持ちを無視して良いのか、と。」


 私は今まで見た、ライバルを蹴落とそうと必死に自己アピールしていた女性達や、大神官の地位に焦がれた少女達の顔を思い出した。マドレーヌはそのどれにも当てはまらなかった。

 マドレーヌは壺から噴き出る水しぶきを眺めていた。その後ろ姿を見ながら、私は彼女を噴水に突き落とすべきか悩みあぐねていた。

 神力を見極めるにはもってこいのシチュエーションではないか。ややこしい嘘をついてまでバケツをかりて、重い水を運ぶ必要もない。ただ、今マドレーヌの背中を押せば良いだけだ。

 一歩マドレーヌに近づき、私は思い直した。マドレーヌは私にこの神殿での危険性を教えてくれたり、神殿を悪く言ってはいたが、それは果たして正義感からなのだろうか。彼女はどういう人物なのだろう。安易に彼女を全部信じるのはどうかと思われた。やたらに人を疑いたくはないが、例えば犯罪に加担する様な人間を私も推薦する訳にはいかない。彼女が本心から腐敗を懸念しているのか確かめる方法があった。一緒に神殿長を訪ねよう。

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