第34話 大神官の予感は百発百中……?
クールビューティ。
そんな単語がピッタリの女性だった。
背が高く雑誌のモデルの様だった。
髪は腰まで届く長い金髪で、やや釣りあがった小ぶりの瞳は意思が強そうな大人の女性を思わせる。青と灰色を混ぜた様な不思議な色合いの双眸は私と合うとそっと微笑み、優しい弓なりになった。
私は一目で気に入った。
森をサバイバルした甲斐があった。
もっとも本当のサバイバルはまだ始まっていなかったのだが。
私達はそのまま乗って来た馬車に乗り、一同でデフレー神殿を目指した。
無事落ち合えた安堵の空気が、車内に広がる中、私とセルゲイ、アレンはマドレーヌの第一印象の素晴らしさについて語り合った。
そんな時。
突然馬車が急停止し、辺りが騒ついた。ダン、ダン、と馬車に何かが刺さる音がし、窓を見ると棒が――いや、矢が刺さっている。
「マドレーヌ様が!!」
先を行く馬車から叫びが上がり、弾かれた様にセルゲイとアレンが飛び出して行った。前を走っていた神殿長とマドレーヌが乗る馬車列が、二十メートルほど先で止まり、数十人の男達に囲まれて襲われていた。皆手に斧や弓、剣を持ち、雄叫びを上げながら馬車に飛びかかっていた。馬車に乗り合わせていたマドレーヌの護衛と思しき武人達が即座に応戦していたが、余りに多勢に無勢であった。彼等は次々に蹴散らされていく。怖い……。
恐怖に身がすくみ、馬車から動けない。
幸い私のいる馬車は見向きもされていなかったので、襲撃者達に気づかれない様に、かがみながら窓の外を見ると、マドレーヌの馬車の扉が男達数人がかりでこじ開けられて、中から人が――マドレーヌが引きずり出されていた。護衛は次々倒され、どうにかマドレーヌを守ろうとする神官達は手に短刀を握り締めて、マドレーヌを馬の背に乗せようとする襲撃者達に挑みかかっていたが、腕の差は歴然だった。アレンとセルゲイもそれに加わり、剣で応戦した。怒声や何かがぶつかり合う音、刀剣類の金属音が辺りに響き渡る。
不意に私の乗った馬車の扉が開けられた。
恐怖に声も出なかった。
馬車の中に屈強な男の手が伸ばされると、私の腰に絡みつき、咄嗟に座席にしがみつこうと立てた爪はあえなく革の座面を引っ掻いただけで、ろくな抵抗をする間すらなく外に引き摺りだされた。巨木を思わせる図体の男が、私の服の腰帯をがっしりと握り締めて離さない。
助けて、誰か!!
「や、」
声を張り上げ様としたその瞬間、激しい衝撃がみぞおちを襲い、峻烈な吐き気が駆け上り私は意識を手放した。
チャプ、たぷん、トクトクトク。
心地良い水音がする。
目を開けると、薄汚れた木の床が見えた。頭が痛いのはそこに寝転がっているからだ。
ここはどこだ!?
瞬時に覚醒した。
みぞおちにいまだジワジワとした痛みがある。体を起こすと、両手に縄がかけられていた。
「起きたか。もう少し寝ていたら何も分からないうちに死ねたのになあ?」
体を反転させると私は四人の男達に囲まれていた。小太りの男と、他の三人は背の高い、見事な逆三角形をした鍛え上げた体躯の男達だった。皆口の端を歪め、底意地の悪そうな笑みを浮かべていた。その物を見る様な、一片の慈悲も感じさせない暗く冷たい視線に身震いがした。辺りを見渡せばそこは薄暗く狭い木の小屋の中の様だった。中は紙屑や布切れが散らばり、窓は破れていた。
「あなたたち、誰ですか……?」
恐怖で呼吸が速くなる。
体が震えそうになるのをどうにか抑えた。
小太りの男が口を開いた。
「黒い森を根城にする盗賊さ。あんたをさらう様頼まれてね。」
黒い森?
ここはどこだろう。
私は薄暗い窓の外に目をやった。景色を切り取る窓はごく小さく、僅かに枝らしき物が見えるのみ。
「叫んでも無駄だぜ。ここは黒い森の奥深くだ。そもそもあんたが一緒にいた連中は神殿長が襲われているのに気を取られて、俺たちがあんたを攫ったことに気づいていなかったぜ?へへ。うまくいったもんだ。」
「ど、どうして私を……!何が目的なんですか!?」
男達は体を揺すって笑った。ガラガラと喉を鳴らす嫌な笑い方に虫酸が走る。
「目的なんて知ったこっちゃねえ!金さえ貰えりゃ俺達はかまやしない。」
すると小太りの男がゆっくりと私の正面に来た。気持ち悪いし怖いから、顔を覗き込まないで欲しい。
「あんた、大神官様の奥方の最有力候補なんだろ?信じらんねぇな。」
血の気が引いた。
私はマドレーヌと間違われていた。
どうして。どうやって。
何もかも彼女とは違うのに。同じなのは性別くらいしかない。しかも私は大神官付秘書の制服を着ている。――いや、神殿で働いているわけでも無いこんな森の中の盗賊に、制服の見分けなどつく筈がないか。
「何かの、間違いです。私は、最有力候補なんかじゃありません!」
どうにか誤解を解いて、この窮地を脱したい。彼等が間違いをおかしている事を知らせなければ。
「俺らも大神官様の趣味は疑うな〜。引く手数多過ぎて筆でも転がして選んだのかあ?」
男達は一斉に爆笑した。
あからさまな侮辱であったが、自分の命がかかっているこの状況では笑われたことに対する怒りではなく、他者の生命を易安と意のままにしようとする傲慢さに対して、臓腑がよじれる様な悔しさを感じた。
「あんたが頼まれた女なのは間違いない。死んでもらうよ。」
気が付くと辺りには鼻につく油ぐささが充満していた。
さっき聞いた水音!!
薄汚い木の床に誤魔化されて分からなかったが、目を凝らせば私を囲む円形に油の様な液体が撒かれていた。
「………伝説の美姫と同じく、焼け死んで貰うよ。大神官付秘書様よ。」
今、なんて………
ボッ、と火が上がり瞬きする間にそれは撒かれた油の道筋に従って広がり、メラメラと燃える壁は私の身長と同じ高さに立ち昇り、私を取り囲んだ。一人の男が火をはなったのだ。
熱い!熱い!
息を吸った私の喉は一気に垂れ込めた煙を吸い、焼けた砂を吸い込んだかの様な痛みとなり、肺の奥深くから咳き込んだ。
「た、助けて!お願い、何かの間違いだからっ…」
縋る様に必死に男達を目で追うが、彼等は火が私を取り囲んだのを確認するや、命乞いをする私には目もくれずに下卑た笑いを浮かべて小屋を出て行った。
待って…!
絶望的な、取り憑かれた様な焦りで頭の中がいっぱいになった。燃え上がる火が壁となって隙間無く私を囲み、逃げられない!
おいて行かないでよ!お願い……!
喉や肺を襲う煙で呼吸すらままならない。
助けを求める叫び声は咳にとって変わる。
………もう声が出ない。
火は破れたボロボロのカーテンを巻き込んで燃え、やがて低い天井に届き燃え広がった。
炙られる熱に耐え切れず私は顔をかばう様に袖で覆って、しゃがみ込んだ。袖口で口を覆っても、咳込みを誘発する空気しか入って来ない。
助けて、誰か、助けてよー!
ジリジリと私を囲む火の壁が縮まって行き、追い立てられた私は半狂乱に小屋の中を、小さな窓の外を見つめるが、男達が言っていたことが事実であるならば誰も来る筈がない、という事も頭の片隅で自覚していた。
煙にまかれ、頭が朦朧としだした。
もう駄目かもしれない。
………こんな所で私は死ぬのか。誰にも気付かれずに。
万一の時は己の身は己で守るのだ――玲瓏とした大神官の声が私の脳裏に蘇る。私は最後の望みをかけて、焼け付く熱に耐えながら手を前に掲げて火の壁に向け、手の平の風を感じようとした。火を、風圧で蹴散らせないか……!?私は一か八か、目一杯の力を込めて、気力という名の神力を手に込めて押し出そうとした。火事場の馬鹿力という言葉を信じながら。その刹那、手を差し出していた先の炎が外側に揺れ、煽られた火は更に燃え広がった。小屋に充満していた熱が増す。
バカバカ!!私のバカ!!
余計に火の手を強くしてどうするのだ。
額を抑えて天井を睨んだ。大神官の屋敷にした事と同じ事をするしかない。強い思念波を以てすれば、神力封じは解けるといわれたのだ。今、やるしかない。煙と熱でボヤける視界を擦りながら、天井を懸命に見上げる。
――崩れろ、この小屋………。
やり方を思い出せ。
思念波、出て!
エルンデのアドバイスを思い出す。
粒子に念じる。なんでも良いから、崩れて!!
焦りからか、それとも目の焦点すら定まらないからか。無情にも何事も起きない。
肝心重要な時に私の神力は何の役にも立たない。小屋に充満する熱風に最早目を開けていられず、腕全体の布で顔を覆う様にして丸くなり、目を固く閉じた。もう駄目だ。
ドォーーーーン!!!
耳を劈く轟音と地鳴りが突如私の全身を襲った。
何……?何なの今の!?
恐ろしさのあまり、目を開けられない。
体の震えが収まらず、只管私はその場に這いつくばって時が過ぎるのを待った。風を感じ、それが灼熱を帯びた物ではなく、涼しい事に思考が止まった。ゆっくりと、体を開きながら瞼を上げた。
目の前にセルゲイが立っていた。
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