第10話 蹴落とせライバル リガルにて

 翌日早速私宛てにリガルの神殿から書簡が届いた。はやる気持ちを抑えて頑丈に閉じられた封を開け、中を取り出して読むと、私の訪問はいつでも大歓迎だと書いてあった。

 社交辞令という可能性は潔く切り捨て、私は直ぐにでも出発したい旨を顔見知りの高神官に伝えた。

 私は何故かここの神官や職員に避けられている節があり、遠慮無く話しかける事が出来るのはキム先生かレストラ高神官という高齢の神官だけだった。ちなみにレストラ高神官は中央神殿のアイギル小神官の叔父だった。甥が辺境の村から連れて来た女が、これ以上厄介な事を起こさない様に色々気を遣ってくれているのだろう。


 私の申し出は即座に通り、その日の昼までに馬車等の準備が整い、私は張り切って荷造りを終えると今一度レストラ高神官を訪ねた。


「お願いがあるのですが、神力審査石板をお借りできないでしょうか。現地で使いたいのです。」


 私は自分の能力にイマイチ自信が無かった。補助的な役割であれ、石板があれば心強い。

 レストラ高神官は悩んだ末に渋々一つを貸してくれた。


「神力審査石板は中央神殿と大神殿にしかない貴重な物なのだ。材料となる石材は産出量が少なく、希少なのだよ。大事に使いなさい。……それから、破壊力は封じられているとは言え、リサは決して思念波を石板にぶつけない様に注意しなさい。」


 私は落としたりする事が無い様に、慎重に石板を荷物に入れた。以前石板を一枚割った上にその貴重な石材とやらでできた丸石も割った気がするが、深く考えない事にした。取りようの無い責任はこれ以上増やしたく無い。


 馬車が走り出すとセルゲイは爆睡し、アレンは車窓を流れる景色をじっと見ていた。私はやる事がないので、氷崖によじ登ってみる事にした。


「アレンさんは普段何をされてるんですか?」


「大神殿の警備をしています。」


「ええと、そっか。…リガルには行かれた事はありますか?」


「ありません。」


「そうですか。じ、じゃ、楽しみですねえ。」


「はい。楽しみですね。」


 アレンの口調は一貫して棒読みも甚だしかった。取り付く島も無い。社交的な人や人間が大好きな人には腕の見せ所なのかも知れないが、彼と会話のキャッチボールを楽しめる高度なコミュニケーション能力を私は残念ながら持っていない。仕方ない。

 私は寝る事にした。


 薄い膜が張った様な意識の中、私の頭はゴンゴンと何か弾力のある物にぶつかっていた。惰眠の中で舟を漕ぐ様に頭をグラグラ動かしていると、又そこに当たった。

 おかしい、顔の横には窓が有るはずなのに……そう思って眠気をおして薄目を開けると私の揺れる頭と窓の間に大きく広げた手があるのが視界に飛び込み、ギョッとして眠気が飛んだ。正面に座るアレンが左腕をこちらに伸ばし、私の頭が窓に衝突するのを防いでいた。私は慌てて真っ直ぐ座り直した。


「すみません!手、痛いですよね。」


「窓ガラスが割れるのを防いだだけです。お気になさらず。」


 どうやら私の頭より馬車の窓が大事だったらしい。うっ、と返事に窮していると何時の間に起きたのかセルゲイが口を挟んだ。


「アレン、お前も隅に置けないなあ。俺のリサに何を勝手に手を出そうとしてるんだ。」


「セルゲイ様の女性に手を出すほど身の程知らずでは無いつもりです。」


「いや、私この人の女性じゃないんで。」


 突っ込むのもアホらしいが一応訂正しておいた。


 馬車は半日かけてリガルに着いた。王都よりは小ぶりなものの、かなり大きな街で、広場には高い建築物がひしめき、所狭しと屋台も出ていて、人々の熱気と街の活力の様なものを体全体で感じる事ができた。馬車を広場で降りると、屋台で売られる食べ物の匂いが混ざり合い、実に雑多なけれど食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐった。

 広場を囲む建築物はどれも立派であったがその中でも白い神殿の建物が一際目立っていた。

 私は手の中のリストをギュッと握りしめ期待に胸膨らませた。流石に八人もの候補者を出しているだけある。街の中だけで無く周辺地域でもかなりの権威を誇る神殿なのだろう。


 神殿入口で捕まえた職員に取り次ぎを頼むと、彼はまず私の頭から爪先までを胡散臭そうに眺め、次いで両脇に控える二人の騎士の制服を見ると驚きに目を丸くして慌てふためいて奥へ走って行った。なかなか失礼な男だ。


 暫しの間の後、血相を変えた神官達がまるで蜂の巣をつついた様にぞろぞろと奥から登場した。


「ようこそおいで下さいました。まさかこんなに直ぐにお越しいただけるとは。……直ちに女達を八人全員集めますので、応接室でお待ち下さい!」


 既に夜になっていたので、申し訳なく思いつつも私達は職員の世話になり、夕食まで頂きながら支度が整うのを待った。

 幸い賄賂を渡されることはなく、中年の神殿長が盛大な咳払いをした後、扉の前で言った。


「お待たせ致しました。わが神殿から推挙させて頂きますのはこの八人でございます。」


 神殿長に続いて八人の女性達が応接室に入って来た。私の目は第一に彼女達の頭髪を観察した。金、茶、金、金、赤、金、金、金!!

 素晴らしい!

 私の作戦は間違っていなかった。正直これほど金髪が揃うとは思っていなかった。

 その他諸々の条件も考慮すると五人が合格ラインを越えてくれた。


 彼女達は私達と向かい合わせになる形で席に着くと、我先に自己紹介を始めた。皆自己アピールに余念が無い様だ。

 ひとしきりそれが終わると、唐突に一人の女性が挙手した。私は日本語で書いた手元のメモを見ながら言った。


「どうぞ、イライザさん。」


「わたくしは、歌が得意ですの!是非秘書様に聴いて頂きたいわ。」


 すかさず横に座る女性がダイナマイツ・バディを揺らして挙手した。

 いや、自由に発言してくれて良いんだけど…。


「それでしたら、わたくしは踊りを披露したいですわ。毎年収穫祭で神殿に奉納する踊りを躍る栄誉を仰せつかってますのよ!」


「それはそれは…。是非見たいものです。」


 収穫祭に奉納するダンスとやらの凄さが皆目分からなかったが、手を叩いて褒めてみた。蠱惑的な肉体を艶めかしく彼女がくねらせて踊り、大神官がそれを見てお喜びになる場面を懸命に想像しようとした。


「はいっ!」


 茶髪の女性が勇ましい掛け声と共に手を垂直に上げた。まるで挙手の見本の様だ。


「ど、どうぞ…。」


「わたくしは、料理が得意でございますっ!」


 何だか就職の集団面接の様相を呈してきた。イライザが蔑む様な目付きで彼女を見据えて牽制した。


「まあ。料理の腕前なんてここで披露できないではありませんか。残念なこと!ホホホ!」


 ホホホッと他の女性達も続いた。ヤル気に満ち溢れて心強いが、女の怖さを突きつけられている気がした。男性陣の反応を確かめようと両隣の騎士達を見ると、セルゲイは楽しげに酒を飲んでいた。アレンは何故か自分の剣を磨いていた。なぜ今そんな事をする。


 突然イライザが歌い出した。

 確かに素晴らしい歌声だった。高音から低音までぶれる事無く伸びやかで、澄んでいるのに石造りの壁を揺らす声量があった。

 感心して聴き惚れていると、左端に座る女性が何の前触れも無くイライザの歌に乱入し、私はびっくりして腰を浮かせてしまった。突如始まった二重奏を苦笑しながら私は聴いた。

 二重奏が終演を迎えると、ダイナマイツな彼女ーーー私は手元のメモを確認したーーーキャロンヌが立ち上がり、華麗な舞を始めてくれた。彼女の動きは指先まで意識が届いたしなやかで美しいものだったが、又しても他の女性がキャロンヌの独壇場を妨害せんと割り込み出した。次々離席し踊り始めた女性達は、おのおの方向性の異なる踊りを踊った為、混沌とした情景が繰り広げられた。

 キャロンヌは他の女性達に競争心を掻き立てられたのか、徐々に踊りの趣向を変えて今や健全な青少年にはあまり披露したくない動きを見せていた。

 私は広漠な大地に一人放り出された気分になった。この目の前のカオスを一人で収拾しなければいけないのだろうか。念の為両隣の騎士達を盗み見ると、セルゲイは口元をグラスで隠して肩を揺らして笑いを堪えていた。アレンはブーツを丹念に磨いていた。だからなぜ今それをする。

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