第7話 仲人はツライよ

 翌朝、前日の雨の名残も無く、雲一つ無く晴れ渡る青空の下、私達はリヒト神殿長に礼と別れを言い、馬車に向かった。

 アレンが扉を開け、私はまずラトーヤに乗って貰った。彼女の後に私も続こうとした時、黄色い歓声が近くで上がり、何事かと私はギョッとして振り返った。


「セルゲイ様ぁ!行かないで~。」


「また必ずいらしてね!」


「私もお供したいですぅ」


 10人程の若い女性が神殿の門の前に集結し、こちらに手を振っていた。私は彼女達に笑顔で手を振り返すセルゲイに尋ねた。


「アレ、何ですか?」


「昨夜街で友達になったんだよ。グノーの人は皆親切だね。」


 この男は昨夜、私が散策を断った後、何をしていたのか。友達と言うが、皆異性なのは偶然だろうか。

 私は念の為、アレンにも聞いてみた。


「アレンさんは、昨夜街に出掛けたりしてないですよね…?」


「私はセルゲイ様とおりました。」


 私は絶句した。

 アレン、お前もか。

 二人で夜の街に繰り出して、女性をはべらして楽しんだという事か。所詮男はそんなものか。というか、そもそもセルゲイとアレンは私の護衛のはずではないのか。護衛対象を放り出して、二人で遊びに出掛けるなんて。

 妙に不愉快になりながら私は馬車に乗り込んだ。





 大神殿に着くとラトーヤの緊張は私にも伝染し、大神官が彼女を気に入ってくれるか、気が気でなかった。

 私達の帰りに気付いた神官達は、急いで謁見の間を準備した。

 大神殿に入るのも初めてで、縮み上がっているラトーヤは、直ぐに大神官に拝謁できると知り、蒼白になるくらい極度に緊張していた。大神官は滅多に大神殿を出ないし、日頃直接顔を合わせる事が許されるのは中神官以上の限られた上位の神官だけだった。無理も無い。おまけにあのカリスマ大神官には、居合わせた人間から猛烈な体力と精神力を奪い取る不可思議な能力があったから、信心深く無い私ですら異常に緊張した。


 高神官に呼ばれ、私達はラトーヤを連れて謁見の間へ向かった。セルゲイとアレンは扉の左右に控え、私とラトーヤは先へ進んだ。

 広い謁見の間には、高位の神官達が既に集い、両側の壁に並んでいた。奥は一段高くなっており、その上には背の高い椅子が一つ置かれていた。その更に後ろには、白く長いカーテンが幾重にも垂れ下がっていた。私はどきどきしながら、その後ろから人が姿を現すのを待った。

 前触れも無くカーテンが揺れ、大神官が登場した。

 膝を着いていたラトーヤは、初めて目にする大神官の姿に驚いたのか、惚けた様に口を半開きにし、目を見張っていた。その白い頬に徐々に朱がさしていく。

 大神官はそんなラトーヤを前に、艶然とした笑みを披露した。

 私は二人の様子に息を呑みながら、奏上した。心臓が早鐘を打つ。


「グノー平原より只今戻りました。こちらに控えておりますのは、グノー神殿の神官修習生のラトーヤです。」


 大神官は笑みを絶やさぬまま、なぜか私を手招きした。そのままカーテンの裏へと消えて行った。

 これはどういう事か。

 予想もしなかった大神官の行動に目をしばたいていると、カーテンの向こうから大神官の声がした。リサ、と私を呼んだではないか。

 謁見の間は静まりかえっている。

 来い、という事なのだろうか?でもどうして。

 恐る恐るカーテンに近付き、めくって奥へ行くと、そこは執務室の様になっていた。部屋の真ん中に重量感ある机があり、壁は本棚や物入れがついていた。


 大神官は私と目が合うと、言った。


「そなたの目は節穴か。」


「はい?」


 聞き間違いであって欲しい、という願望に近い思いを込めて聞き返すと、やにわに大神官は私の両耳を両手で鷲掴みにし、引き寄せた。

 こ、殺される……!?

 突然の暴力と眼前に迫った怒れる美形に、恐怖のあまり思考が真っ白になった。覗き込む金茶の双眸に、力を吸い取られていく気がした。


「あれのどこが金髪なのだ?」


 ぎゃー!!

 そこですか!

 見ようによっては金髪に見えなくも無いと思ったのに。私は盛大に震える声で懸命に弁解した。


「ひ、光の具合によっては、み、見えたんです。……あ、あの、大神官様の奥方は代々金髪でなければならないという決まりでもあるのですか?」


「私の母は茶髪だった。」


 無いのか!それならそこまで怒らないで欲しい。

 私が不満そうな表情を微かに浮かべたのを見逃さなかった大神官は、両手に更に力を込め、私の耳を引き寄せた。


「痛い、痛い!」


 耳が千切れそうな痛みに、思わず叫んだ。


「大きな声を出すでない。私がまるでそなたを痛めつけている様に聞こえるでは無いか。」


 痛めつけています、まさに今!

 私は目にせり上がる涙を避けようと激しく瞬きした。すると大神官は私の耳をようやく解放し、数歩後ろへ下がると背後に並ぶ棚から紙の束を取った。それを私に手渡す。

 渡されるままつられて紙の束に視線を走らせると、そこには女性の名がたくさん書かれていた。百人くらいはいるだろうか。


「現時点で選出されている候補者のリストだ。皆神力に優れた若い女性達だ。長い年月をかけて神官達が収集した情報なのだよ。そなたはその全員を連れて来る気か?かほどに無駄な手間をかけるのであれば、そなたを使っている意味が無い。」


 私はリストに載る人数の多さに辟易しながら、素直に詫びた。それぞれ女性達の氏名と、簡単な経歴が載せられていた。ざっと目を通しながら紙をめくり、リストの末尾まで確かめーーーーー息が止まった。


 氏名:リサ ニシオカ

 年齢:24

 出身:サル村(出自、第五界)

 神力:高神官以上


 なぜかリストの最後に私の名前が載っている。恐る恐る顔をあげると、大神官が滲むような笑顔を浮かべた。


「そなたも候補の一人だと言わなかったか?サレ村に帰りたければ、死ぬ気でその中から美女を探して来るのだ。」


 どうやら大神官は私の村の名を完全に誤って認識していたが、そんな些末な事はどうでも良い。あり得べからざる事実が目の前の大神官の口から紡ぎ出されていた。


「でも、私、異星人ですよ…?そんな奇怪な人間を…。」


「異星人ではない。異界人と表されるべきだ。出自や身分の貴賤は問わない。大事なのは誰より強大な神力を持つ次代の大神官を生める事なのだ。つまり神力の強さと相性が第一なのだ。」


 この場合相性というより、大神官の個人的な好みと理解すべきだろう。

 私は狼狽のあまり言葉を失って棒立ちになっていた。大神官の手がすっとこちらに伸ばされたかと思うと、次の瞬間私は胸ぐらを掴まれ引き寄せられていた。咄嗟に手を振り払おうと腕を上げかけ、相手が大神官なのを思い出してやめた。大神官は先程謁見の間で見せた、美の神も尻尾を巻いて逃げ出す様な笑顔を浮かべて言った。


「要らぬ心配はするな。世の中には好みというものがある。私はそなたを女として見ていない。良く言って下僕といったところか。」


 私は胸ぐらを掴まれながらも、安堵にそっと溜息をついた。女として何かが傷ついた気がするのは気のせいだろう。それよりも、良くて下僕という方が気掛かりだ。悪ければ何なのか。最悪エイリアン扱いか。


 私は胸ぐらを放されたので、謁見の間に戻ろうとした。突然私達がいなくなって、皆驚いているに違いない。特にラトーヤが可哀想だ。

 カーテンの間を滑り謁見の間に行くと、ラトーヤがいなかった。辺りに目を彷徨わせたが騎士達まで見当たらない。たたらを踏んで視線をうろつかせる私に、神官の一人が教えてくれた。


「彼女なら、引き取らせましたよ。」


「えっ!?どうして…」


「大神官様が一声も掛けずに奥へ行かれましたから。お気に召さなかったのでしょう?」


 確かにその通りだけど。

 だからって、素っ気な過ぎではないのか。大神官もまだ声くらい掛けるつもりかも知れない。私は大神官に確認しようと、神官達が止める間も無くカーテンの奥へ再び行った。

 大神官は私が戻って来た事に気付くと、目を見開いて驚き、即座に右手を私に向けて掲げた。その瞬間私の額に何かをぶつけられた様な軽い衝撃が走り、私は息を呑みながら額を押さえて立ち止まった。何だこれは。デコピン神力か。


「呼ばれもせぬのにこちらへ勝手に入ってはならぬ。」


「……すみませんでした。」


 私が詫びると大神官は部屋を出て行こうとしたので、慌てて聞いた。


「あの、どちらへ!?」


「仕事に戻る。時間を無駄にした。」


 振り返りもせずに大神官は部屋を後にした。そんなにラトーヤがお気に召さなかったのか。三時間もかけて来てくれたのに、声も掛けずに僅か数分で帰されるなんて、もう少し彼女の気持ちを考えてあげて欲しい。席に着いた途端帰る見合い相手がいるだろうか。これほど失礼な事はない。仲人をした私の立場も無い。

 ………というより、そうならない様に、現地で私が厳しく取捨選択すべきだったのだ。私の安易な決断がラトーヤを傷付けたのか。

 私は謁見の間に駆け戻り、ラトーヤを追い掛けた。彼女は神殿の玄関から丁度出て行こうとしているところだった。

 私が声を掛けると彼女は振り返った。意外にもどこか飄々とした表情をしていた。


「あの、すみませんでした。わざわざご足労頂いたのに…。」


 すると彼女は目線を緩めて微笑んだ。昨日からの堅い表情が抜けて、丸みを帯びたものに変わっていた。


「お気になさらないで下さい。候補の一人に選ばれただけで身に過ぎた誉れですもの。その上、神官見習いの私などが大神官様の御尊顔を拝見できて…。リサ様にお礼申し上げねばならないくらいですわ。」


 彼女は穏やかにそう言うと、正面入口で待つ馬車に向かった。

 なんて出来た女性だろう。私が逆の立場なら、あんな事が言えるだろうか。きっと言えない。本心はどうあれ、私の心理的負担を軽くする為に、努めて朗らかな別れ際を演出してくれたに違いない。

 私は彼女の乗った馬車を神殿の正門まで見送り、敷地から走り去る馬車が視界から見えなくなるまでお辞儀をした。

 後から思えばラトーヤほど内面的に問題の無い女性はいなかったのだが、この時の私にはそんな事はまだ分からなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る