第36話 彼女との出合い〜尚武サイド7

 もう少しで誕生日。

 この日をどれだけ切望したことか。

 本当に切実にこの日を目指して生きてきたと言っても過言ではない。


 そんな、俺の十八歳の誕生日まであと十一日になったある日のこと。

 誕生日へのカウントダウンももちろんだが、受験のカウントダウンも始まっていた。今更焦ったってどうなるものでもなく、毎日決めたことをこなしている。よほどのことがなければ合格間違いなしのA判定も貰っていたが、目指すは特待。入学金と学費の免除だ。

 もちろんある目的の為。実は生活費のメドもついている。


 資産運用。

 今まで貯めてきた貯金に、両親に頭を下げて借りた百万。すでにそれは多少の利子をつけて完済し、四年間二人で慎ましく生活できるくらいの額には増やすことができた。

 アルバイトもするつもりだし、万が一学生のうちに二人が三人に増えても問題はない。


 まぁ、まずは琴音に正式にプロポーズするのが先決だが。


 琴音と図書館で勉強する約束をしていたが、琴音から連絡がきて、寝坊したから先に図書館に入っててと言われ、いつものように図書館の談話室に向かった。

 席を二つ確保し、待っている間に問題集を解く。すると、荷物を置いておいたのと逆側の席に誰かが座った。


「せ・ん・ぱ・い」


 男子校出身の俺を、最近先輩と呼ぶ女子が一人いる。はっきり言って鬱陶しいことこの上ない。最初は花岡のことを話に来ただけだった。涙ながらに、自分がどんなに花岡に尽くしてきたか、花岡も自分のことが好きだったのにと語る少女を、ウザイと追い払うこともできず、とりあえず適当に相槌をうっていた。

 別にどっか店に入って腰を据えて話を聞いた訳でも、立ち止まって話を聞いた訳でもない。校門前に待ち伏せされ、勝手に話しながらついてくるのだ。琴音と図書館で待ち合わせしている時は図書館まで、琴音と約束していない時は家まで、どんなスピードで歩いてもついてきていた。


 最近は自分の話ばかりになり、とにかくウザイ。俺に話しかけてくる意味もわからんし。


「私も宿題やりに来たんです。隣いいですかぁ」


 すでに勝手に座っているのに何を言う。しかも、椅子をこれでもかと寄せてくる。


「勉強の邪魔するならあっちに行ってくれ」

「宿題教えてくれたら帰りますからぁ」


 さっさと帰らせようと思って雅のノートを見た。丸文字で読みにくい。しかも、内容も意味不明だ。ただ黒板を写すだけでいいのに、何でこんなノートになるんだ。

 問題を書き写したところのみ見て答えを埋めていく。教えるというか、ただたんに俺が解いているだけだ。もう少しで終わるというところで琴音がやってきた。


「……遅くなってごめん? 」


 こいつの存在が意味不明なんだろうな。俺も何でこいつがここにいるのかわからないから説明のしようがない。


「彼女来たから」


 荷物を持って他の空いている席に移動しようとしたら、いきなり雅に腕をつかまれた。


「えー、尚武先輩、みやびここがわかんないんですぅ。もう少し教えてくださいよー」


 胸を押し付けられるようにされたが、こんなのはただの脂肪の塊でしかないし、暑苦しいから止めろとしか思わない。図書館は暖房マックスだからな。


「悪いけど、受験勉強したいから」

「えー、だって尚武先輩志望校A判定だって聞きましたよ。受験勉強しなくって余裕じゃないですか」


 引っ剥がしてもいいんだが、下手に力を入れると怪我させる可能性もあるし、騒がれても鬱陶しい。


「尚武君」


 貼り付けたような笑顔の琴音が俺の横に立つと、スルリと腕を絡めて手をつないできた。もちろん俺も琴音の手をからめるようにつなぎ直す。すると、本当の笑顔を俺に向けてくれた。そのまま琴音に腕を引っ張られ、雅の手から引き剥がされた。

 しかも、まるで対抗するみたいに琴音の胸の間に俺の腕を抱え込まれ、思わず反応しそうになる。主に下半身が。


 これは脂肪の塊なんかじゃない。なんて素晴らしいフワフワオッパイ。


「みやちゃんだっけ? 私は花ちゃんみたいに器が大きくないから、自分の彼氏にチョッカイだされるのは凄く不愉快なんだけど」


 自分の彼氏だって。ヤキモチをやく琴音もいい。凄くいい。


「でもー、好きになった人に彼女がいたからって諦められないじゃないですかぁ。私のこといっぱい知ってもらえたら、私の方を好きになってくれるかもしれないしぃ。それにほら、今給黎先輩って細くて小さいから、尚武先輩を受け入れるのって無理っぽくないですか? 絶対、尚武先輩満足できてなさそう。私なら断然満足させられると思うし、体力もあるし体も丈夫だから多少の無理はききますよ」


 知りたくないけど、雅のことは沢山聞かされた。そして、好きになることは100%ない。有り得ない。

 それに、琴音が琴音である限り俺が満足しないってことはないし、確かに琴音との体格差は不安材料ではあるが、そのぶん俺が頑張る所存だ。蕩けに蕩けさせて、丹念にほぐす。アレをアレして……。童貞だけど、いきなり突っ込んだりしないぞ。三年も待ったんだ。一日や二日、一週間や一ヶ月……は待てないかも。でも、かなり待てはできる男だからな。


「琴音以外はいらないから」


 頭の中はピーッ発言連発だったが、端的に重要なことのみを言う。


「本当に今給黎先輩で満足してるんですか? 」

「もちろん」


 思わず、何当たり前なこと聞いてんだとばかりに睨みつけてしまう。そんな俺の視線にびびったのか、雅は一瞬怯んだように視線をそらしたが、すぐに噛みつくように突っかかってくる。


「後で絶対後悔しますよ。雅、けっこうモテるんですから。後で試しておけば良かったって思っても遅いんですよ! 」

「思う訳ない。一生琴音一人でいい」


 もうすぐプロポーズするしな。


「オッモ! 別に尚武先輩のこと本気だった訳じゃないし、和人先輩の友達だからちょっとアプローチすれば落ちると思っただけだから。ガタイもいいし、アッチも凄そうって思ったから、遊び相手にちょうどいいってだけだもん。期待外れもいいとこ! 」


 雅は怒りながら言い捨てて談話室を出て行ってしまった。


 勝手に期待されて意味がわからないし、花岡が初めての相手とか言いながらのビッチ発言にびっくりだ。しかも談話室とはいえ図書館でする会話じゃない。

 周りの人達は、明らかにみんなこっちの話題に興味津々で耳を傾けていたようで、「確かにあの彼氏にあの彼女は無理っぽい……」とか何とか囁かれていて、何想像してんだよ! と男共には威嚇の視線を投げつけた。


「……うちで勉強しない? 」

「だな」


 俺達は勉強場所を琴音の家に移動することにした。

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