第35話 彼女との出合い〜尚武サイド 6
あのカラオケボックス事件……俺には充分大事件だ。手もつなげた(琴音主導だけど)し、名前も呼べた。あまつさえハグまでしてしまった。キス未遂は、琴音のことを考えたら本当に未遂にすんで良かった。あんな密室でキスなんかしちゃった日には、それで止まれる気がしない。全くもって断言できる。
琴音のことは大事にしたいからな、きちんと将来を見据えられるようになって……だといつになるかわかんないから、せめて責任の取れる年になってからってのが俺の考えだ。
それまでは手をつないだり、軽いハグぐらいで、なるだけ密室に二人っきりってのは避けないとだな。主に俺は俺の理性を信頼してないから。
そんな中、俺の決意を揺るがすことがあったんだ。
カラオケボックス事件から一ヶ月くらい後かな、花岡らと四人で映画に行って、まぁ花岡は花岡で映画館ではやらかしてくれたけど、まぁそんなのはどうでもいい。琴音を動揺させた(暗闇に乗じて金沢に盛った)ことは後で厳重注意しといたが、ことはその帰り道で起こった。夜道で暗かったけど、一般の公道だ。
「ねぇ、尚武君。さっきの目から鱗だったよ」
「うん? 」
「ほら、適度に距離をとればいいって話。私さ、なんとかしなきゃ、克服しないとって焦ってたんだ」
「うん」
「でもさ、実際には他人とそんなに至近距離になることないよね。それこそ満員電車くらい」
「だな。道場でだって組手は無理だけど形ならできるしな。まぁ、男女組手はやらせないけど」
「私、尚武君となら組手できるよ」
「ウッ……」
俺だってできるもんならしたいよ、琴音と組み手からの寝技の応酬。実際に想像してしまい、ヤバイ、思考回路がゲス過ぎる。っつうかオヤジか? こんなこと考えてるなんて知ったら、絶対ひかれるよな。つないでない方の片手で顔を押さえ、小さくため息をついた。
「本当だよ。それに近くにいたいなって思うのは尚武君だけで、その尚武君とはゼロ距離でも安心しかないから、男性恐怖症だって問題ないよね」
安心か……。だよな、いや、それでいいんだよ。
「最初から何の問題もねえよ」
組み手からの寝技は想像の中だけの話だ。大事にするって決心したんだから。
なぜか周りをキョロキョロと見ていた琴音が、いきなり俺の両手を引っ張って身体を寄せてきた。別に琴音の力に負ける訳じゃないけど、そりゃ引き寄せられたら近寄りたくなるよな。少し前屈みになって琴音を見下ろすと、琴音は顔を上げてゆっくり目を閉じた。
いわゆるチュー待ち顔だ。
エッ? 何? 何か試されてるの俺。しかも、凄え可愛い。何その顔。
ここは路上だ。公共の道路。
ひたすら自分に言い聞かせた末、イヤでも少しくらいは……なんて思考があっちこっちにぶれる。結局甘い誘惑に負けた俺は、前髪の上からだけどオデコにキスを一つ落とした。
さらに琴音は顔を上に向けてきて、「ウンッ」と唇を尖らして見せるから、今度は瞼に。
不正解とばかりに俺の制服の胸元をつかんでさらに背伸びをしてくるから、柔らかい頬にキスをした。
琴音はバッチリ目を開けて、盛大な膨れっ面をして見せた。そんな顔も無茶苦茶可愛いんだけどな。
「チューしてくれないの?! 」
琴音の唇から「チュー」とか、血液が下半身に集まりそうになってヤバ過ぎる。駄目だ、可愛過ぎて辛い。
「……」
唇ギリギリ横の頬にキスをする。ほんの少しかすったか…かすらなかったかくらいのこれが、俺の本当に最後のなけなしの理性。
「……もう少し待ってろ」
「もう少しって? 」
「十代の性欲舐めんな。キスで止まる訳ないだろ」
それは断言できる。道場でいくら身体を疲れさせ、心身ともにストイックに鍛錬したって、十代の妄想は天井知らずだ。しかも、可愛い大好きな彼女がすぐそばにいたら、もうアレやコレや口に出せないことばかり考えてすぐに臨戦態勢突入だ。
でも!!!
「俺らまだ高一だろ。まぁ琴音は十六になれば結婚できるかもだけど、俺はまだまだだし、さすがに責任取れないことはできない」
大学は行く。でも大学行きつつ生活費稼いで琴音を養えるように何か考えないと。じゃないと、親も納得させられないしな。
「だから、十八まではこれで我慢しとけ。本当はこれも我慢すんのヤバイんだから」
軽めのハグをして、琴音の背中をトントンと宥めるように叩いた。素数を頭の中で数え、理性を精一杯手繰り寄せる。最後に大きく息を吐いて琴音から離れた。
「帰るぞ」
琴音と手をつなぎ歩き出す。
よし! 頑張ったぞ、俺!!
何とか琴音を怖がらせずにすんだと、心の中でガッツポーズをとった俺だったが、男性恐怖症の彼女が俺とならゼロ距離でも平気だと言ってくれたこと、わざわざキス待ち顔まで披露してくれたことをよくよく考えれば、何も理性を手繰り寄せなくても良かったんじゃないか……なんてことは、全くもって思いつきもしなかった。
しかも、それから数年、琴音からの積極的なアピールがあったにも関わらず、十八ギリギリまで節度あるお付き合いを貫き通した俺は、とんだマヌケだったのかもしれない。よく琴音が見限らないでくれたもんだ。
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