第33話 彼女との出合い〜尚武サイド 4

 ヤバイ!

 また一瞬意識飛んだ。


「琴音ちゃんって……趣味悪い?」


 そう言いたくなる気持ち、わからなくはない。俺だって鏡見ることあるしな、まかり間違っても自分のことカッコイイなんて思ったことないし。どちらかと言うと悪人顔じゃなかろうか?目つき悪いし。


 花岡に趣味悪いと聞かれた琴音は、眉間に皺が寄るくらい怒ってしまったようで、花岡に対する殺気が凄まじい。いや、マジでいい闘気だ。女子にしとくのが惜しいくらい。


 そんな琴音の怒りにさすがにしまったと思ったのか、花岡は視線を反らしながら後退り、「そう言えば買い物頼まれてたんだった」と、ひきつった笑顔を浮かべながら回れ右をして駆けていった。


「何あれ!! 」


 それはおまえのさっきの発言に対して言いたい。


「あー、うん。何だったんだ。……えっと、誉めてくれただけだよな。大丈夫、勘違いなんかしないから」


 そう、勘違いなんかしちゃいけない!いけないんだけど、嬉しくて顔がドンドン赤くなっていくのが自分でもわかる。恥ずかしくてつい目元を手で隠してしまった。


「いや、あのね! 勘違いなんかじゃないから」

「いや、俺はあんたが俺に好意を……男女のあれだ、そんな感情を持ってるって勘違いをだな。その ……人間的に大きな意味で好ましいってだけだよな」


 それでも、好きなやつから広意でも好意を持たれてるってのは正直嬉しい。他のどんな男も近寄れないのに、俺だけは琴音の横に立てるんだろ? こいつを守ってやれる位置に立てるんだ。例え友達としてってだけでも、俺だけ特別。男の中で唯一なんだろ?


 ヤバイ!

 嬉し過ぎて口元までにやけそうだ。


 顔から手が離せなくなった俺の袖が引っ張られた。


「人間としても素敵な人だと思うけど、それだけじゃないんだよ。顔見たいな、ダメ? 」


 俺なんかの顔が見たいって言うのはおまえくらいだぞ。


 赤い顔は見せたくないが、甘えたような琴音の声にしょうがなく手を下ろした。


「あのね、私、男嫌いでずっといて、今は男性恐怖症だって自覚するくらい男の子がダメで。でも、尚武君だけは大丈夫なの。まだ知り合って一年もたってないけど、尚武君だけは信頼できるし、そばにいても怖くない」

「それは……やっぱり……男だって意識してないからじゃ」

「尚武君までそんなこと言うの?! さっき私が言ったこと聞いてなかった? 君のことが異性として好きなんだよ。そりゃ子供っぽくて、発育も今一な私に好かれても嬉しくもないだろうし、大人っぽい尚武君と釣り合うとも思えないけどさ」

「いや、そんな……」


 俺のこと異性として好き?

 幻聴か?


 あまりのパニック状態に、また意識が遠のきそうになり、琴音のため息で復活した。


「もう帰ろうか」

「……送っていく」


 二人で並んで黙々と歩く。

 琴音のペースに合わせながら、頭の中ではさっきの琴音の言葉が何度もリピートされる。

 あれってもしかして告白か? イヤでも、男性恐怖症なんだよな? 俺、男だぞ、いいのか?


 多分二十分くらい歩いたんだと思う。俺には一瞬だったけど。何も喋らないうちに琴音のマンションについてしまった。


「送ってくれてありがと。……じゃ」


 何かドンヨリした雰囲気の琴音がオートロックを解除しようとしているのを見て、俺はまだ自分の気持ちを琴音に告げていないことに気がついた。


「あ”!! 」


 引き止めなきゃと思い必死に声を出そうとしたら、ひっくり返ったような声になってしまい咳払いしてごまかした。


「大丈夫? 」

「あの! 少し話を……」


 ヤバイ!

 ってか、さっきからヤバイしか考えてない。

 マジでヤバイ。

 寒い筈なのに変な汗出てくるし、顔面に血が集まりすぎて、すでにドス黒いんじゃないだろうか?

 緊張しすぎて表情筋は強張ってるし、きっと無茶苦茶こえー顔になってる筈だ。男性恐怖症じゃなくても、こんな男と二人っきりで話したくなんかないよな。でも、今を逃したら終わっちまう気がする。


「話? 寒いし……うちあがる?」


 ここは「YES」一択しかないよな。でもまた変な声が出そうで、俺は何度も無言でうなづいた。

 オートロックを解除した琴音の後についてマンションに入り、一緒にエレベーターに乗って部屋の前までついた。


「どうぞ。ごめんね、部屋寒いね。今エアコン入れる」


 琴音が鍵を開けてドアを開けると、中は真っ暗だった。

 琴音の母親は?

 家が道場をやっていて、常に誰かしら家にいる状態の俺は、当たり前のように家には琴音の母親もいると思いこんでいた。

 琴音は家に入ると電気をパチパチとつけて行き、正面の部屋に入ってエアコンをつけたようだ。


「やだ、そこ寒いでしょ。上がってよ」


 靴も脱がずに玄関で呆けていた俺のところに、琴音は何故か体温計を手に戻ってきた。


「……お、お母さんは? 」

「まだ仕事だよ。帰ってくるの、早くても7時くらいかな。遅いと9時とか10時。だから、気にしないで入っていいよ」

「……」


 何てこった!

 親もまだ帰っていない女子の家に上がり込んじまった。好きな女の子と二人っきり。しかも鍵がかかる密室で。

 ヤバイだろ?!

 こいつの危機管理能力どこ行った?!

 入れと言われて入れる訳がない。もし俺が琴音に酷いことをしたらどうしてくれるんだ!

 玄関からしてすでに良い香りで、頭ん中クラクラしてるのに、部屋になんか上がったら、俺の理性が宇宙の彼方に飛んで行きかねない。

 誰であっても琴音を傷つけるようなことをするのは許せないのに、今一番信用できないのが自分とか、マジで洒落にならない。


「ね、顔真っ赤だよ。熱があるかもしれないからお熱測って。ここ寒いからリビング行こうよ」


 体温計はそういうことか。熱があると思われるレベルで赤面してるとか、恥ずかし過ぎて死ねる。


「体調はすこぶるいいから大丈夫! 」

「でも」

「これは、女の子に初めてあれみたいなこと言われたからで……その……病気じゃない」

 

 俺の目の前でそんな可愛い顔しないでくれ。抱きしめたくなるから。


「とにかく、入ってよ」


 そりゃ無理だ。俺は俺から琴音を守らないといけない。だから、ここで話すことにした。


「さっきのあれ……、本当に? 」

「あれ……」

「異性としてってあれ」


 まさか、俺のこと好きなのかなんて自意識過剰なこと聞けない。察してくれ。


「まぁ、その言った通りなんだけどね。尚武君のことはいつからかはわからないけど、男の子として意識して見てる。でも、だからって無理して付き合ってほしいとか、私のこと好きになってとかは思ってないから。勝手に尚武君見てドキドキしてるだけだからさ。友達は止めないでほしいし、いつかそのうち女の子として意識してくれれば嬉しいなとは思うけど」


 好きだけど付き合いたくない?

 えっと、どう受け取ればいいんだ?

 もちろん友達は止める気ないというか、すでに女子として意識してるし好きだ。俺としては友達以上、いや恋人以上、結婚を意識するレベルで一緒にいたい。


「もう、女子として意識してる」

「エッ? 」

「最初からあんたのことは女の子としてしか見てない」

「性別云々の話じゃないからね」


 可愛い顔で睨まれて、どう言えば理解してもらえるかと慌ててしまう。元来考えてることを口にするのが苦手だ。自己完結っつうか、勝手に考えて結論を出して満足して終了。でも、自分の気持ちは話さなきゃわかってもらえないし、ここは話さなきゃ駄目ってのはわかる。


「そりゃそうだって。あんたはどっからどう見ても女の子だし。だから、異性として……好ましいか好ましくないかって話で。最初見た時はさ、ただの可愛い女の子だなくらいだった。俺とは違う惑星に住んでるくらい関わりない相手と思ったさ」


 本当は初めて会ったあの日から惹かれていた。ただの可愛い女の子どころか、無茶苦茶可愛い女の子だって心臓がバクついた。


「違う惑星って……」

「女子ってだいたいが俺のこと怖がるからさ、普通に会話できるだけでスゲー奴だって思った」

「最初から怖くないもの、だから別に凄くないし。だってさ、花岡君に告白されて困ってるの助けてくれたでしょ」

「それでもよ、大抵は俺見たらびびるんだよ。あんたの友達も、最初は顔ひきつってたろ」


 好きってどう伝えればいいんだ?

 直球で好きって言えねェッ!

 とんだヘタレだな、オイッ!


「スゲー奴って、どう受け取ればいいのかな」

「スゲーなって思ったら……興味がわいた。なんか、目が行くようになって…………気になった」

「つまり……両想い? 」


 そうだって言え、俺! 

 せめてうなづけ!

 駄目だ! 恥ずかし過ぎて気絶しそうだ。絶対今血圧二百超えてる。顔も頭もアチイッ!!


 片手で目を覆って肯定も否定もできなかった。

 ドタッて音がして慌てて手を離せば、「両想い……」とつぶやいたままへたりこんで座っている琴音がいた。


「だ、大丈夫か?! 」


 手を差し出さうとして、靴を履いたままだったことを思い出した。土足で上がる訳にもいかず、かと言って靴を脱いで上がり込んでしまったら、俺の理性がヤバイ。手つかんで引き上げたりなんかしたら、確実にそのまま抱きしめちまう。そこで終わる気もしねェ。


「あの! 」


 座り込んだまま、琴音が真剣な顔で叫んだ。

 俺は玄関にしゃがみ込み琴音と視線を合わせる。


「私、尚武君の彼女になりたい。誰かに彼氏いるか聞かれたら、尚武君が彼氏だって言っていい? 」


 マジか?!

 琴音が俺の彼女?


 俺は自分の告白も中途半端に、馬鹿みたいに何度もうなづいた。



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