第16話 文化祭
「収穫祭には、うちの店も山車を出すんだよ」
「姉様も乗るんですよね」
「まぁね。着飾って、アピールしないとねぇ」
収穫祭、収穫物を山車に乗せて練り歩く祭りだ。どれだけ山車を賑やかに飾りつけるかが競われる。 うちの店では華やかな山車に売り上げ上位の姉様が五人乗り、前後を新前の姉様方が踊りながら練り歩く。私達のような部屋付きの世話係は山車を引く要員として駆り出される。山車を引くこと自体は問題ないのだが、短い着物を着て店の男衆に混じって歩くのが苦痛だった。
「あんたは当日は引っ込んでてもいいんだよ。適当に女将には言っとくからさ」
「大丈夫ですよ。私だけ楽できませんから」
姉様は心配そうに私の全身に目をやる。
相変わらず細い身体に低い身長は、幼い時に栄養が足りなかった証拠だ。まだ子供に見える見た目は、普通の着物を着ていればごまかしがきく。
でも、山車を引く時の着物は裾を太腿まで捲し上げ、袖には襷をかける為あまり派手に動くと脇から胸が見えてしまう。いくら全体的に小柄で細いとはいえ、よく見れば僅かだが胸に膨らみはあるし、子供ではなく女の身体であることに気付かれてしまうかもしれない。
ここで女であるということは、部屋を持ち客を取るということ。
いづれは……とは覚悟していたが、できるだけ先にと考えてしまう。最低限の食事で、なるだけ身体が成長しないよう、ふくよかな体型にならないように気をつけてきた。
「サラシをまくつもりです。潰すだけの物はないのだけれど」
「それがいい」
収穫祭まであと僅か。
★★★
「ねぇねぇねぇ、あの人かっこよくない? 」
文化祭のクラスの模擬店で裏方をしていた私は、ホイップクリームを混ぜていた手を止めた。
うちのクラスはコスプレ喫茶(花ちゃん主導)で、ウェイトレスであるクラスメイトはもちろん、お客さんもコスプレできるようにコスプレブースも完備していた。
若干花ちゃんの趣味に偏って、マイナー路線のものが多い気がするのはご愛敬だ。
私は裏方なのでコスプレ免除で、ひたすらホイップクリームをかきまぜ、私の隣ではホットケーキを焼く係の子がホットケーキを引っくり返していた。喫茶と言っても、ホットケーキとジュース(オレンジ・アップル)と麦茶しかでないのだが、それなりにお客さんが入っていて忙しかった。
ウェイトレスをしていたクラスメイトが、裏方にやってきてキャーキャー言っている。かっこいい男子がきたらしいけれど、誰が注文の品を持っていくかでもめているらしい。
「あ、なんだ。金沢さんの彼氏か」
「ええ? まじで? あぁ、本当だ。でもさ、隣のでっかいのの方かも……ないかぁ」
午前中で係の仕事が終わっている花ちゃんが、教室にやってきたらしい。ということは、かっこいいと騒がれていたのは花岡君で、でかいのと言われてたのは尚武君か。尚武君だってかっこいいじゃない!と、ちょっとムカムカしつつ、私は注文のホットケーキに大量のホイップクリームをこれでもかとてんこ盛りにした。
「私、これであがりだからこれ運ぶね」
ちょうど交代の子が来たから、エプロンを外してホットケーキを二つ持って裏方と店を分けている暖簾をくぐる。
私はホイップクリーム山盛りの方を尚武君の前に置き、その隣に腰を下ろした。目の前の花ちゃんが、ビックリしたようにお皿を見ている。
「大サービスですわね」
「私の二時間の成果よ」
「琴音ちゃんはコスプレしないの? 」
「裏方だもん。クリーム泡立て係よ。もう、筋肉痛になりそう。花ちゃんはウェイトレスやったからコスプレしたんだよ。ほら」
私は撮っておいた花ちゃんのコスプレ写真を見せた。
「あ、可愛い」
「これ、何だ? 」
私もよくわからないけれど、深夜のアニメで出てくる聖女のコスプレらしい。フンワリとしたピンクのドレスは花ちゃんにピッタリで、首までレースで覆われているけど、透け感のある胸元は大きく盛り上がっていて谷間が見えなくもなくて、少しエッチィ雰囲気もある。まぁ、深夜枠だからこんな感じなのかもしれない。
「聖女フロンティーネですわ」
「聖女……? 」
尚武君が首を傾げたくなるのはわかるけど、あまりマジマジと見て欲しくなくてすぐにスマホをしまう。
「花ちゃんも凄く可愛いけど、琴音ちゃんも似合うと思うよ」
ツルンペタンストンでとても似合うとも思えないが、お世辞と受け取りとりあえずありがとうと言っておく。
「あれ、あんま甘くないな」
話の途中でホットケーキをガツガツ食べだした尚武君が、クリームを一すくい食べて言った。
「うん、メープルシロップが甘いからね。クリームは甘さ控えめなの。甘い方が良ければ、メープルシロップいっぱいかけてね」
尚武君は、クリームを避けるようにメープルシロップをかけ、ヒタヒタのホットケーキと、甘さ控えめのクリームを交互に食べだした。
ザ・硬派みたいな見た目で、甘いの好きなんだよね。
尚武君はほんの数秒で完食してしまう。
「おまえ、さっき校庭で焼きそば食ってたよな」
「ああ、お好み焼きも」
「昼飯も食ってきたよな」
「牛丼な」
こうして尚武君の素晴らしい肉体が作られる訳ですね!
花岡君のホットケーキを花ちゃんと花岡君が半分こし、四人で桐ケ谷女子校文化祭を回る。
うちの学校の文化祭は、チケット制になっていて生徒は三枚のチケットがもらえる。申請すれば五枚まで貰えるけど誰を呼ぶか申告しないといけない。私は母親に一枚渡してあとは余るので、尚武君達に残り二枚を渡した。
花岡君にしつこくお願いされたのもあったけど、尚武君も来てくれるかな……なんて。
いや、尚武君甘い物好きだし、うちのクラスの喫茶の目玉はホットケーキだし、他のクラスもクレープとか茶道部行けば和菓子もあるし、甘い物食べ放題かなって!
自分で自分に何言い訳してるんだろう。
私は隣を歩く尚武君をチラリと見上げた。花ちゃんが花岡君と前を歩くから、必然的に私と尚武君が並んで後ろからついていく形になる。
「うん? 」
「いやさ、尚武君達がうちの学校にいるのって、なんか違和感」
「ああ、俺も。やっぱ女子校はきれーだな」
「そう? 」
「うちのんとこなんか、壁穴開いてるし」
「穴?! 」
「そ。けっこうちゃちいのな。蹴りいれるとすぐ穴開くから」
それは尚武君だからじゃないだろうか? あれ、犯人は尚武君?
「ダメだよ。学校破壊しちゃ」
「俺じゃないし」
ケラケラ笑いながら歩いていると、それなりに注目を浴びる。花岡君と花ちゃんのベストカップル(まだ付き合ってないけど)ぶりと、尚武君の逞しさのせいだと思う。 女子からも男子からも、見られている気がした。
私と尚武君も花ちゃん達みたいに!……は見られてないか。
一瞬浮かれた思考を自力で叩き落とす。
「琴ちゃん、本当尚武君の前だと自然ですわよね」
振り向いた花ちゃんがにこやかに微笑んで言う。
「そうかな? 」
「そうですわよ。琴ちゃんけっこう人見知り激しいタイプですもの。特に男性には。でも、尚武君にはけっこう早くから気を許してますわよね」
「つまりは男として意識してないからじゃん。問題外ってやつ」
相変わらず笑顔で失礼なことを言う花岡君だ。
「尚武君は人として尊敬できるよ。人の嫌がること言ったりやったりしないって信用できるもん。だから、警戒する必要なんかないでしょ。男の子としても素敵だなって思うよ。逆に私みたいな子供っぽいのは、尚武君的にアウトなんじゃないかなって。恋愛対象にならないんじゃないかって心配しちゃ……う……」
ついムッとして、花岡君の言うことに対抗するように話してしまったけど、言っていて「あれ?告白めいてないか」って語尾が尻切れトンボになってしまう。
「あらあらまぁまぁ、琴ちゃんは尚武君に恋愛対象として見て欲しいんですのね! お付き合いするのかしら?! 」
「いやいや、尚武君に迷惑だからね。花ちゃん、突っ走らないで。それに、そういうのはもっと大人になってからだよ」
「あら、来年は私達高校生ですわよ。お付き合いするのに早いってことないですわよ。ねぇ、そう思いますわよね、和君?」
「でもまだ僕達中学生だし……。それよりさ、後夜祭って学外の生徒も観覧できるの? 桐女の山車って有名じゃん」
五時から始まる後夜祭は、全学年全クラス(中高合わせて二十四クラス)が仮装して華やかに飾り付けた山車を引いてパレードをする。そして学内(自分のクラス以外)・学外合わせて人気投票をし、一番になったクラスには豪華景品(?)が校長のポケットマネーからだされるのだ。話を反らした感はあるが、花岡君の問いに花ちゃんは笑顔で答える。
「もちろんですわ。今年は私達のクラスが一番になりますわよ」
「アハハ、自信満々だね。楽しみだな」
花ちゃんと花岡君は後夜祭ネタで盛り上がりながら色んなクラスを見て回り、私と尚武君は気まずい雰囲気で少し遅れて二人の後を追う。
話は勝手に後夜祭の話に移ってしまったけれど、その前の告白まがいの発言が気になってしょうがない。尚武君はどう受け取っただろう? 迷惑だって思われてないだろうか?
怖くて尚武君の顔を見ることができなかった。
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