第17話 文化祭2

 気がついた時は山車から突き飛ばされて水溜まりの中に転がっていた。

 山車をかつぐ男衆の熱気に、見物人は水をかけることで発破をかける。ゆえに地面は泥濘、顔から突っ込んだ私は目も開けれない状態になる。

 でも、山車を引きながら転んでいたら、男衆に踏みつけられて大惨事間違いなかったから、咄嗟の判断で躓いた私を山車から突き飛ばしてくれた人には感謝しかない。


 感謝しかないのだが、顔面を泥濘にめり込ませ、尻を突き上げた格好で公衆の面前に晒されるのは好ましくない。顔を上げてられずにいると、上からバサリと布がかけられて目の前が真っ暗になる。


「ほら、これで顔を拭け」


 ひょいと助け起こされ、顔を手拭いでゴシゴシ拭かれる。

 肩からかけられたのは法被だろうか、いやに大きい。低い落ち着いた声は耳に心地よかった。

 顔は綺麗になったかもしれないが、目に入った泥で目が開かない。ボロボロと涙が溢れ、そんな私の顔に水がかけられる。


「しばらく目を洗えば開けられるようになる」


 水筒を渡され、目を擦らないように気を付けながら水洗いする。


「念の為、医者に診てもらえよ」


 少し目が開けられるようになると、目の前の大きな塊が笑ったような気がした。その大きな塊は立ち上がり、私の目の前から消えてしまう。

 水筒と法被だけが私の手に残された。この匂い……前にも。


 ★★★


 後夜祭、尚武君と花岡君は父兄席で観覧することにしたらしい。

 後夜祭の始まりは打ち上げ花火の音で開始される。生徒会主宰の後夜祭は、山車とパレードは毎回同じだけれど、それ以外は生徒会の役員の趣向によりかわる。

 今年の生徒会はちょい派手目な人が集まっているせいか、演出も派手で司会のノリもテンポが良く進んだ。


「琴ちゃんもせめて山車組に入れば良かったんですのに」

「私は無理だよ」


 華やかに着飾った花ちゃんが、山車に乗ってフンワリ笑う。まさに聖女様って感じだ。深夜番組は見てないけど、スチール写真は見せてもらったからね、似せてるんだろうけど花ちゃんにぴったりだと思った。

 ダンスの得意な子達は山車の前後で踊りながら校庭を一周する。黒子の格好をした私達裏方部隊は、花ちゃんやその他数人の乗る山車を引っ張ることになっていた。


 とにかく派手で目立つこと。


 中学最後の文化祭だから、目標は中高全体一位だけど、せめて中学一位は勝ち取りたいよねと、クラス一丸になって作った山車は、アニメの世界観通り華やかだ。山車には聖女役の花ちゃんと、悪役令嬢や王子様、その他攻略対象者役の子達が仮装して乗っている。

 女子校アルアルじゃないけど、中学一番人気(女子校だから女子の中の一番人気女子)の斎藤さんがうちのクラスにいたのは僥倖だった。他にも運動部の人気女子も多数いたから、彼女達が男装姿で山車を巡ると、下級生から悲鳴のような声があがる。


 生徒票はかなり固そうだ。


 父兄席の前を通ろうとした時、列の一番前を陣取っていた花岡君がこっちに手を振ってきた。


「あ、あれ、喫茶に来たイケメンじゃん」

「え、どれどれ? 」


 私の前で山車を引いていた生徒が一瞬立ち止まり、私はぶつかるのを回避する為に急ブレーキをかけたら、後ろの生徒が思い切り私にぶつかってきて思わず転んでしまった。私にぶつかってきた子は私を飛び越えてなんとか踏ん張ってくれたが、さらに後ろの子は予想外に私が地面に転がっていた為、私に蹴躓きそうになる。


 踏まれる!と思った瞬間、凄い力で引っ張り上げられ、一瞬で列から離された。


「あ……っぶね」


 山車がそのまま進んでいく中、私は尚武君の腕の中にいた。山車の上からホッとした顔の花ちゃんが私達に手を振っている。


「大丈夫か」

「だい……じょぶ」


 自分のせいで大惨事になるところだったということに、心臓がバクバクいって震えが止まらない。そんな私に気がついたからか、尚武君はゆっくり私の背中を叩いてくれる。赤ん坊をあやすようなそのしぐさに、私も次第に落ち着きを取り戻した。


「山車、向こう側に行っちゃったね。尚武、いつまで琴音ちゃんを抱き締めてるんだよ」

「あ……ごめん」

「だ、大丈夫! 」


 呆れたような花岡君の口調に、慌てて尚武君から離れる。尚武君が抱き締めていたというより、私がしがみついていたという方が正しい。


「膝、擦りむいてる」


 尚武君に言われて初めて膝を擦りむいてしまったことに気がつく。気がつくと痛くなってくるから不思議だ。

 黒子の衣装が破けて、膝がずるむけている。


「痛そう」


 痛いよ。

 花岡君、感想はいらないから。


 ジクジク傷んできた膝に涙がでそうになる。やっぱり夢は夢なんだと、実際に怪我をして納得する。夢の中ではもっと酷い怪我をしたことがあった。傷がない時のがなかったくらいだ。でも夢だから痛くはなかった。


 あれが実際だったら、私はきっと生きてないな。


「保健室行こう。おぶって行こうか?」


 傷からの現実逃避か、夢のことをボンヤリ考えていた私は、いきなり大きな背中が目の前にきてびっくりしてしまう。


「大丈夫だよ。でも、保健室の先生、今あそこにいるんだよね」


 生徒達の山車が出揃い、今は教職員達の山車が校庭を回っていた。先生達の山車は投票除外のパフォーマンス枠での参加だが、これが結構力作だったりする。


「あー、じゃあとりあえず水で流すだけでもしといた方がいいな」


 確かに砂と砂利がめり込んで……ウーッ痛い!


 尚武君が腕を引いてくれ、ゆっくり手洗い場まで行く。黒子の衣装を捲し上げて膝を出す。靴下と靴も脱ぎ、流し場に足を乗せた。

 尚武君が蛇口をひねって、丁寧に汚れを洗い流してくれた。花岡君は私が倒れないように肩を支えてくれていたけど、そこまで寄り添わなくても良いのでは? と、背中に感じる体温が妙に居心地悪い。

 尚武君の体温は落ち着くんだけどな。


「タオル、俺の汗拭き用の手拭いしかないんだけど」


 尚武君が腰にぶら下げていた手拭いを差し出してくれた。


「そんなんで拭いたら化膿しちゃうんじゃない」

「尚武君、ありがとう。借りるね」


 花岡君は本当に一言余計だ。そして離してください、もう自立してますから。


 手拭いを借りて、傷口に触れて血がつかないように気を付けながら足を拭く。


「洗って返すね」

「別に気にすんな」

「あ、琴音ちゃんの足拭いた手拭いそのまま返してもらってどうするつもりだよ。変態かよ」


 この人は……!


「洗って返すからね」

「ああ」


 花岡君の言葉を二人でスルーする。


「あ、なんか投票始まったみたいだよ」


 事前に生徒会が作成した投票サイトにアクセスすると、学年とクラスの一覧が表れる。一番だと思うクラスをポチッとするだけで投票は完了だ。

 集計も見れるようになっている。


「琴音ちゃんのクラス押したからね。あ、今三位だよ。二位に上がった」


 集計結果を花岡君のスマホでタイムリーに眺めつつ、自分達のスマホで投票する。最終結果、中高総合三位だった。総合三位だったけ・れ・ど、一位二位は高校生だったから中学では一位! 目標達成だ。


「やった! 痛ッ……」


 私は足の痛みを忘れて跳び跳ねてしまい、つい蹲ってしまう。


「琴音ちゃん大丈夫? 」

「大丈夫です。クラスのみんなのとこに行かなきゃ」


 校庭に戻った時には、後夜祭〆の表彰式をしており、私はクラスのみんなに心配されていたらしく、「どこに行ってたの?! 」「大丈夫?! 」と囲まれてしまった。私が転ぶ原因となった子は泣きながら謝ってくれ、私もみんなに迷惑をかけてごめんなさいと謝った。

 今まで「なんとなくクラスメイト」「知り合いの少し親しいくらいの人達」だった子達が、もっと親しい「友人」にランクアップした瞬間だった。

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