第15話 額の傷痕

「起きた? 」

「あ……ね様? 」


 私は姉様の部屋で布団にくるまれていた。窓の外を見ていた姉様が私が起きたのに気がついて、窓の外から私に視線を移した。


「姉様、お仕事は?! 」

「今日はお休み。お祭りだしね」


 逆にかきいれ時? 酔っぱらって気の大きくなった客が増えるからだ。


「質が落ちるから嫌なのよ。ねぇ、あんたを運んできた男、どんな関係なの? 」

「男? 」


 私が関係のある人間などいやしない。男も女もだ。姉様を除いては。


「やたらがたいの良い、背の大きな男さ。額に傷があったかしらね。強面だけど、あれは良い男だねぇ」


 強面の大きな男。

 あの鬼だろうか?


 顔は見てないから強面かどうかは不明だが、鬼のようにがっしりと大きな男だった筈。そうか、私を運んできてくれたんだ。


「知らない人です。裏路地に引きずり込まれたところを、たまたま通りかかって助けてくれた人だと……」


 姉様の顔がクシャリと歪む。


「そんなことがあったのかい。あんたは可愛い顔をしてるんだから気を付けないと。いくら年より子供に見えても、そういう趣味の男もいるからね。なんにせよ、無事で良かった。でもそれなら、もっときちんとお礼したら良かったねぇ」


 名前もわからないひと。がっしりしたシルエットしか覚えてないけど、額に傷があるらしい。

 いつか会えたらお礼を言えるように、彼の人の情報を心に刻み付けた。


 ★★★


 中三の二学期。普通なら高校受験追い込みの時期なんだろうけど、中高一貫に通っている私には高校受験は関係ない。うん、小学生の時に頑張って良かったって思う。もっと上を目指さなければ、大学だって付属があるしね。

 高校受験がないのは尚武君達も同じで、私達は比較的のんびりと道場に通ったり四人で集まって宿題したりと、それなりに交流を深めていた。


「尚武君、ずいぶん髪の毛伸びましたのね」


 いつものように、道場終わりに尚武君の部屋で宿題をしていた時、花ちゃんが目の前に座る尚武君の前髪に手をかけた。


「尚武君は前髪を立てた髪型の方が似合うと……あら、傷がありますのね」


 サラリと尚武君の前髪をはらった花ちゃんが、尚武君の額に残る傷痕に触れそうになった。


「花ちゃん! 」


 その傷に触れられたくなくて、思わず大きな声が出てしまう。

 額の傷痕。

 つい、夢に出てきたひとを思い出してしまった。あの人も尚武君みたいに優しい人だったのかもしれない。見えなかった顔に尚武君の面影が重なる。


「ごめんなさい。傷痕に触れられたくはないですわよね。私ったら、配慮が足りませんでしたわ」

「別に、男の顔に傷があってもなくても大差ないさ。額のやつは確か保育園の滑り台から落ちたやつかな。目の端のはこの間の試合で切れたやつだろ。顎の下のは小学校の階段でこけた時のか。手足にも傷なんかウジャウジャあるからな。どれがなんだか覚えてないくらいだ」

「ヤンチャでしたのね」

「尚武は現在進行形で傷痕増えてるな」

「まぁ、道歩いてるだけで、生意気だとかからまれるしな」

「尚武君にからむの?! 」


 見た目でかくて筋肉達磨な尚武君は、見るからに強そうだし、実際に武術をやっているから強い。そんな尚武君にからむなんて、なんて命知らずな……と思わなくもない。


「チンピラみたいな奴等にからまれやすいよな。無駄に目付きが悪いせいだろ」


 花岡君、ちょいちょい尚武君をディスるから本当に不愉快!


「目付き悪くないよ。私は尚武君みたいなシュッとした目元のがいいな。男らしいと思う」

「琴音ちゃん、男臭い方がいいの?!」


 失礼ね!

 尚武君は臭くないし、男らしいであって男臭いじゃないから。男のくせに香水臭いよりも、素の尚武君の匂いのが断然落ち着くんだから。


「ナヨッとしたジェンダーレス男子よりは、がっしりした男の子らしい方が良いよ」

「あら、私はどちらも魅力的だと思いますわ。いわゆるイケメンにもトキメキますし、ワイルドな方も素敵ですわ」


 この場合、イケメンは花岡君でワイルドは尚武君だろう。つまり花ちゃんは花岡君にときめいているということだ。


「私はイケメンは今一。自信満々にグイグイこられるのは苦手だから」

「でも、琴ちゃんにはグイグイくるくらいのタイプじゃないと、付き合うまで進展しないかもしれませんわね。琴ちゃんから行くタイプじゃないですから。」

「僕もそう思う。元から男子と一歩距離を置くタイプじゃん。男子から積極的に行かないとだよね」

「距離を置くというか、男嫌いですわよね。和君や尚武君のおかげで少しは解消されたかしら」


 いや、ちっとも。

 花岡君は今でも苦手なタイプだし、その他の男子にも自分から近寄りたいとは思わないから。例外は尚武君だけ。男とか女とか、そういうの抜きにして、彼は人間として好ましいと思う。

 だからきっと、男の子だからって色眼鏡を取っ払えば、それなりに友達もできるのかもしれない。そうは思うけど、別に男友達を積極的に作りたい訳じゃないから、色眼鏡をかけていようが困ることはないんだよね。


「さぁどうかな。でも別に前も今も特に困ることないし。意地悪してこないで普通に友達してくれるなら、男女関係なく友達になれるんじゃないかな(尚武君みたいにね)」

「でもさ、実際問題男女で友達って、難しいよな」


 花岡君、それは今の私達の関係を全否定してませんか?


「まぁ、恋愛がからんだりしますと難しいかもしれませんわね。でも、和君は今は恋愛よりもみんなで仲良くする方がよろしいのよね? 」

「え……、あぁ、うん。まだ中学生だしね」

「高校生になったら考えていただけるのかしら」

「そう……かな? 」

「高一? 高二? 高三ってことはないですわよね。大学受験と恋愛の両立……ありなのかしら? ありかもしれませんわね。お互いに高め合う関係! 素晴らしいですわ」

「まぁ、そういうのも……あり?かもな」



 花岡君はシドロモドロになり、花ちゃんは珍しく食い気味だ。

 確実に花ちゃんの矢印は花岡君に向いており、花岡君は無難にやり過ごそうとしている感がアリアリで……。


「尚武はどうなんよ」

「は? 」


 花ちゃんをかわしきれなくなってきた花岡君は、尚武君に話を振った。

 宿題は終わったのか、ノートを片付けていた尚武君が、聞かれた意味がわからないとキョトンとしている。


「恋愛だよ恋愛。この間、小学校の同窓会あったろ? おまえ初恋のキララちゃんと話してたじゃん」


 初恋?

 キララちゃん?


「尚武君、好きな方がいらっしゃいますの?! 」

「え? は? 」

「どんな方です? 芸能人で言いますと? 」


 尚武君はポカンと、私は呆然と、花ちゃんはノリノリで、花岡君はニヤニヤしていた。


「うーん、アルバムにいるかもよ」


 花岡君はサッと立ち上がると、本棚から前にも見たアルバムを出してきて勝手にめくった。


「あ、ほらこの子。尚武の初恋のキララちゃん」

「まぁ! 」


 花岡君が指差したのは、細くて小さくて、いかにも女の子女の子した子だった。移動教室だろうか?女の子三人男の子三人のグループの集合写真だったが、尚武君の隣で恥ずかしそうに微笑んでいた。他の写真も、いつも尚武君の隣にいる。


「こいつさ、名前のせいでイジメっつうかバカにされててさ、性格もどっちかっていうと内向的?みたいな感じだったんだよね。あ、僕は可愛い名前だねって思ってたよ。イジメなんかしてないからね。静観してただけでさ」


 表だってイジメなくても、無視してたら同罪だ。第一、こいつって呼び方が好きじゃない。


「ちょっと待て。初恋の意味がわかんねぇんだけど」

「だから、そんなキララちゃんにおまえは普通にしてたじゃん。グループ分けの時とか、声かけたりしてたし。おまえから声かけるってレアじゃん。つまりはおまえの初恋だからだろ。あっちは確実におまえが初恋だな。初恋で両想いってなかなかないぜ」

「先生に頼まれてたからだ。たまたま保育園が一緒で知らない奴じゃなかったから」


 つまりは、尚武君の初恋の相手じゃないってこと?

 ホッとしている自分に狼狽えてしまう。


「この子は尚武君のこと好きなんですの? 同窓会で告白とかされました? 」

「さ、される訳ないだろ」

「何故ですの? 奥手な子だからですか? 」

「矢野は別に俺のことなんか好きじゃねぇよ。女子に好かれるとか、絶対にない。怖がられることはあっけどな。花岡の勘違いだ」


 絶対になくはないよね。

 尚武君の厳つい風貌は一見怖く見えるかもしれないけど、実際は凄く優しくて思いやりがあるし、頭が良いせいか回りを観察して困っている人に適切な手助けができる。

 そんな尚武君の内面に少しでも触れれば、誰だって尚武君のことが好きになるんじゃないかな?

 見た目だって、強面だけど男らしくて凛々しいと思うし。


「あら、尚武君は好かれる要素は沢山あると思いますけれど。背は高いですし、頭も良いですわよね。運動神経も良さそうですし。ねぇ、琴ちゃん」

「えっ?! 」


 私にふらないで欲しい!

 尚武君は好かれる要素しかないと思う……なんて、本当のことは恥ずかしくて言えないもの!


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