第27話 ただそれだけ


 俺が率直に告げると彩花は一瞬何を言われたか理解できなかったかのようにキョトンとしていたが、やがて自嘲気味に笑っていた。


「……そこは慰めるところじゃないかな?」


「慰めて欲しいのか?」


「……ううん」


「それに、彩花が菜奈さんみたいになる必要もないだろ」


「……え?」


「彩花に比べたら確かに菜奈さんは優秀なのかもしれない。でも、それだけだろ?」


「それだけって……私の話ちゃんと聞いてた?」


 彩花は少し怒ったようにこちらを見てくるが、もちろん聞いていた。要するに優秀な姉と比較され続けたせいで誰も自分を見てくれなくなった。だから、高校では自分を見てもらうために優秀な姉を越えようとした。けど、ダメだった。それだけのことだ。そもそもの話として、問題はそこでは無いのだ。


「優秀になったら彩花はちゃんと周りから見てもらえるのか?」


「えっ……」


「姉が優秀なら妹も優秀ってだけで話が終わるんじゃないのか?」


「それは……」


「彩花の見られたい自分ってなんなんだ?」


「……」


 彩花は何も答えない。答えようにも答えが分からないのだろう。当然だ。彩花が目指してきたのは他人から認めてもらえる自分。周りからこう見られたいと思っていたものを俺が否定したのだから答えなんて持ち合わせているはずが無いのだ。つまるところ、彩花は自分自身が1番自分というものを見限っていたのだ。自分には無理だと心のどこかで諦めていた。だから、分かりやすい目標である菜奈さんにすがろうとした。


「そんなの……分からないよ……」


「だろうな。俺も周りからどう見られたいかなんて分からないし」


「!?」


「周りからどう見られてるなんか自分では決められないだろ? ある程度なら意識的にそう仕向けることができるけど、自分のことを相手がどう見るかなんて結局は相手が決めることだ」


 自分以外の他人全員が自分自身に対して同じように思っているなどありえないことだ。俺自身を例にしてみても、クラスメイトの大半は俺の事を陰キャで根暗なやつだと認識しているだろう。これは俺が意識的にそう仕向けていることだ。だが、智也は俺の事を面白い友人だと言ってくれる。菜奈さんは可愛いと俺のことを言う。妹の楓は俺のことを理想の兄だと思っている。俺自身がそれを否定しようにも最終的に判断するのは自分ではなく相手なのだ。その全ての思考を統一したいだなんて人間にはできるわけもなく、それを望むこと自体が傲慢だ。


「でも、だったら私は……どうしたらいいの?」


「別にどうもしなくていいだろ」


「……え?」


「確かに彩花のことを菜奈さんと比較してできの悪い妹と判断する人もいるだろう。けど、彩花が関わってきた人全員が彩花のことをそんな風に見てたか?」


「ううん……そんなことはない……」


 彩花は俺が何が言いたいのかを察したのか、涙を流していた。それを手の甲で拭おうとするが、目から溢れる涙は留まることを知らないようにいくら拭えども溢れて止まらないようだった。


「だろ? 少なくとも俺は彩花のことをそんな風に思ったことは1度だって無いんだからな。智也だって彩花のことを優秀で可愛いって言ってたしな。楓も彩花お姉ちゃんはいつも優しくて素敵だって」


「うん……うん……」


「だから、無理に変わる必要なんてないんだよ。変わりたいと思うことは悪いことでは無いけど、自分を押し殺してまで変わるのは馬鹿のすることだと俺は思う。だって、そんなことしたってしんどいだけだろ?」


「うん……本当に……馬鹿みたいだよ……私……」


「だからそう言っただろ? 彩花は馬鹿だって」


「うん……うん……」


 そう言って彩花はもう堪えられないとばかりに俺の腕に額を押し付けて泣いていた。年甲斐もなく声を上げて。俺はそんな彩花を見守るでもなく、腕だけを彩花に貸して俺は目の前を流れてている川を見つめていた。


 しばらくそうしていると彩花はやがて落ち着いたようで、俺の腕から顔を離して目元を拭っていた。彩花の目元は真っ赤になっており、頬も少し赤らんでいた。


「もう大丈夫か?」


「うん……ありがとね……」


 さて、ここで俺はなんて声をかけるのが正解なのだろうか? 幼馴染とはいえ、泣き終えたばかりの異性に俺はどうすればいいんだ? 泣いていたことは見て見ぬふりをしてあげるのが正解なのだろうけど……。


「なんか、子どもみたいに泣いちゃったよ」


「号泣だったな」


「むぅ……恥ずかしい……」


 まさか、自分からその話題を振ってくるとは。そして、華麗に自滅してしまったようで膝の中に顔を埋めてしまった。……馬鹿なのか?


「悠くんはさ……今の私のままでいいと思う?」


「ん? そうだな。彩花まで菜奈さんみたいになったら俺は1人じゃ対処しきれないしな」


「ふふ。そうだね」


「だろ?」


「なんか、泣いて言いたいこと言ったらスッキリしたよ。本当にありがとね悠くん」


「気にするな」


「でも……私だけ恥ずかしい思いするのも不公平だよね?」


「は?」


 彩花は何を言っているんだ? 不公平も何も俺は何も悪くなくないのではないだろうか? ここでなにかされるなら理不尽でしかないと思う。


「私ね、お姉ちゃんみたいになりたかったのには他にも理由があるの」


「そうなのか?」


「うん。なんだと思う?」


「……わからん」


 少し考えてみるも彩花が菜奈さんに憧れる理由については見当もつかなかった。菜奈さんの優秀であるという部分を省くと何が残るのか? ……少し性格があれなお姉ちゃん? 絶対になりたくないな。それなら、なんだと言うのだろうか?


「悠くんってお姉ちゃんのこと好きだったでしょ?」


「!?」


「ふふ。気づいてないと思った?」


「昔の話だ……」


「私はね悠くんのことが好きだったんだよ? 昔だけじゃなくて今もね」


 そう言って彩花は俺の頬に顔を寄せた。すると、何か柔らかいものが俺の頬に当たる。俺は何が起きているのか理解出来ずにしばらく唖然としていたが、自分の唇に人差し指を当てている彩花を見ると嫌でも状況を理解してしまう。


「な、な、な、なにしてんの?」


「ふふ。悠くんも少しは恥ずかしがってくれた?」


「お前な……」


「今は返事はいらないよ。でも、覚悟だけはしておいてね悠くん!」


 そう言って微笑む彩花は学年一の美少女と評されるだけの魅力が確かにあった。でも、俺にとって彩花は恋仲になるような人物ではなかった。俺にとっての彩花は、初恋相手の妹で学年一の美少女。ただ、それだけなのだから。

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陰キャな俺の初恋相手の妹が、学年一の美少女になっていた。それでも、俺からしたらそれだけだ。 白浜 海 @umisirahama

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