【五】選択の価値は

~~~『不運☆品目』とは?~~~

「第X位、XX座。アンラッキーアイテムは・・・」と、星座ごとにを伝えるラジオ番組。明け方に1度だけ放送される。

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【不運☆品目 『メス』 × 剛士ごうし『55歳/しし座』】


『しし座のアンラッキーアイテムはメス! オス、メスのメスじゃないですよお。お腹をパッカリ切っちゃうメスです。関係あるのはお医者さんくらいかな? 今日はメスを避けて生活しましょう!』

 かわいらしい声優の声がラジオから聞こえた。

「ついに、きたか」

 剛士ごうしは独り言をつぶいやいた。ここはある拘置所の一室。トイレと洗面台がそろった独房だ。剛士ごうしは同僚の家族4人を殺害した罪で刑が確定した死刑囚だ。死刑囚に作業や労働はない。死を持って償うために収監されている。そのため独居房で食事と余暇を繰り返すのだ。死刑執行は当日告知される。いつか分からない死をひたすら待つだけの気の狂いそうな生活だった。


 欲しいものを聞かれたとき 「ラジオ」 と答えた。テレビは嫌いだった。 『不運☆品目』 はこの部屋に来てから知った。毎日、アンラッキーアイテムを聞いた。しかし、拘置所で与えられるものは決まっているのでほとんど意味がなかった。


「オレは冤罪えんざいなんだよ」

 また独り言。話し相手がいない独居房では独り言を言わないと気が狂いそうになる。彼は事実、無罪だった。最初の取り調べで刑事に脅されて嘘の供述をしてしまった。その後、否認したが遅かった。直接証拠はないが状況証拠と供述で刑が確定してしまった。


「食事だぞ」

 ドアについた小さな扉から食事が提供された。

「あざす」

 食事は焼き魚とごはん、味噌汁。その横にビニールに入ったはし

「さあ、いただきますか」

 ビニールをやぶいてはしを出した。

「ん?」

 ビニールの中に入っていたのは1本のテーブルナイフ。

「まさかと思ったが本当に来たか。 『メス』 と言われればそう見えなくもねえな」

 自殺防止、凶器になるなどの理由で金属製のナイフやフォークが出されることはない。誤りか、いたずらかは分からない。しかし、ラジオを聞いてから、剛士ごうしにはこうなることが何となく分かっていた。


 剛士ごうしは外の情報から隔離されているので知る由もなかったが、「出会うはずがない場所でアンラッキーアイテムで出会う」 現象はまれにSNSで報告されていた。カメラに映らないようにテーブルナイフをそでに隠して昼寝をすることにした。

 「妻には悪いことをしたなあ」

 寝転がって目を閉じて考えた。剛士ごうしの妻は無実を信じていた。塀の外でひたすら証拠を探して冤罪えんざいを証明しようしていた。面会ではいつも笑顔で 「絶対証明するからがんばって」 と言う。

 無実の人間の人生を狂わせた警察や国には言葉で表せない恨みがあった。1時間後、剛士ごうしは起き上がって小さなちゃぶ台に向かいノートに何か書き始めた。そろそろ、看守が夕食を持ってくる頃だ。


 コンコン。ノックの音。

「夕食だぞ」

 小窓が開き看守の目元がだけがのぞく。


 その先には剛士ごうしが直立していた。手にはテーブルナイフ。

「しっかり見てろよ」

 そう言って剛士ごうしはナイフをそっと喉元に当てた。電灯の光にをナイフが反射して看守の目を照らした。

「おい、何をしている! やめろ!」




― 結末 其の壱

 ナイフは剛士ごうしの首に押し込まれていった。真っ赤なシャワー。その光景を前に看守は言葉を出すことが出来なかった。剛士ごうしの顔は笑っていた。首の中央までナイフが刺さっても手は止まらない。ナイフが首の2/3を超えた当たりで剛士ごうしは笑ったまま仰向けに倒れた。



「警部、本当に自殺なんですよね。どうすればこんなことになるんですか?」

「全くだ。首の皮一枚しか繋がっていない。自殺でここまで切れるか?」

 現場検証が行われていた。彼らの目の前には惨殺体。周囲は血しぶきで真っ赤だ。看守が見ているので他殺は有り得ない。

「何かに相当、恨みがあったんですかね」

「国や警察だろ」

 警部が顎でテーブルの上のノートを指した。部下の刑事が手袋のまま確認した。そこには、冤罪の恨みが延々と書かれていた。そして、こうも書かれた。


―死刑確定から執行までは平均5年。確定しているなら即座に執行しろ。法務大臣の判断で執行が決まるのはおかしい。オレは誰かに命を握られるくらいなら意思ある死を選ぶ


 遺体は首を仮で縫合して妻に引き合わせられた。妻はノートの最期にある 「お前が頑張ってくれているのにスマン。もう限界だ」 との記述を見て泣き崩れた。

 

 ―10年。妻が執念で勝ち取った無罪判決までに掛かった期間だ。剛士ごうしの死後も妻は活動を続けた。子供たちにも見放されたがあきらめなかった。無罪判決が出た直後、妻は小高い丘の上にある剛士ごうしの墓の前にいた。

「これでやっとあなたに会いに行ける」

 その手にはテーブルナイフが握られていた。ナイフは夕日の光を反射して一瞬、キラッと光った。




― 結末 其の弐

「おい、何をしている! やめろ!」

 看守が叫んだ。

「・・・・・・冗談だよ。ダメだろ、死刑囚にこんなもの与えたら」

 剛士ごうしはドアにの小窓越しにテーブルナイフを看守に渡した。

「どこから盗んだ!」

「食事に付いてきたんだよ。ちゃんとチェックしないとあんたの首がとぶぞ」


 その後、しばらく死刑は執行されなかった。剛士ごうしの妻はその間も活動を続け、新たな証拠を見つけた。結果、別の事件の容疑者が犯人だと分かった。こうして剛士ごうしの冤罪は確定した。

「また家族で暮らせる」

 それだけで剛士ごうしは幸せな気分になった。しかし、世間は冷たかった。冤罪だと知っても犯罪者扱いは続いた。仕事は見つからず、妻のパートの稼ぎだけで暮らすしかなかった。子供たちは家を離れ、縁を切って生活していた。


 出所時は 「また一緒だね」 と言っていた妻だったが、最近はめっきり笑わなくなった。今日も夕食時に妻が言った。

「私の人生、なんでこうなっちゃったんだろう」

 返す言葉が無かった。あの時、ひと思いにテーブルナイフで・・・・・・・その方が妻は幸せだったのだろうか。しかし、妻の努力で勝ち取った無罪を終わらせる勇気は無かった。薄っぺらいカツを切るナイフにぼんやりと剛士ごうしの顔が映っていた。



― 結末 其の参

 別の結末はあなたの想像の中に。

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