第50話:暴走:落とし穴にはまるだけ

門を出て、真っ暗な道を歩いた。

血が収まらない。

指先が真っ赤にジンジンふくれ上がっている。

心臓がバクバク言って、血がビューッと頭にのぼる。

身体からだ中の血管が鬱血していて、今にも外に破裂して血飛沫ちしぶきを上げようとしている。

熱い。

心臓の脈打ちがのどまで出て、舌の根をドクンドクンと言わせ、熱い息が蒸気のように口からボグッとれる。

喉に血がまり、食道の血管をぶわぶわふくらませ、首を絞める。

息がゼーゼーと鳴り始めた。

苦しい。

空気が薄い。

肛門がニョキッと突き出して、ジンジンふくれて、痔が飛び出しそうになる。

ギーンと耳鳴り。

汗が吹き出る。

それが外気に当たって冷水になり、身体を刺す。

刺された痛みで、また身体が熱くふくれ上がる。

顳顬こめかみねじられる。

目がぼやける。

気が遠くなる。

だめ……。 

破裂するッ!。

曲がり角を曲がって、家から見えなくなると、たまらずに走った。

走って走って、気絶するまで走って、身体の狂いをおさめようとした。

矢のように景色が流れる。

真っ直ぐな道。

どこまで続くの?。

先の方まで続く綺麗につらなる街灯。

手を伸ばし、つかんで消しても、また次から次へ規則正しく現れてくる。

風。

耳を殴る。

ボウゥボウゥと打ち付ける音。

服がシュバッシュバッとこすれ、夜の道に響き、空に突き抜けて消えては、またき出てくる。

止まらない。

ピュピュッと乳首がブラジャーにこすれて、血がにじむ。

痛たくてかゆい。

風がビュンビュン目の前を飛ぶ。

ほおが切られる。

足が止まらない。

心臓がまわり過ぎている。

過ぎ去っていく家々いえいえの表札。

名前なんて読めない。

カバンを持つ手がしびれる。

捨てまいと、腕がちぎれる。

カッと光。

目がつぶれる。

対向車だ。

誰か止めて。

ぶつかる……。

急ブレーキ!。

「バカ!」と怒声どせい

中年の男の声だ。

毎日会う駅員に似ている。

ガキッとバンパーにひざが当たる。

くずれる……。

腰が落ちそう。

落ちたら顔が叩き付けられる。

走る。

風。

目を開けられない。

ドバドバ顔に当たる。

息が……。

胃が締め付けられる。

炭酸を飲んだように中のものがウゲウゲ盛り上がる。

食道を圧迫する。

何だ?。

甘い。

さっきの紅茶だ。

ゲボッとにぶい音がした。

空にき散った。

顔にぶっかかる。

生ぬるい。

鼻の奥がツーンと生臭なまぐさく酸っぱい。

ドロドロベトベト。

止まらない。

止まれない。

足が勝手に、血が勝手に。

もう道は無い。

大きな交差点に出る……。

車に包囲されたら死ぬ。

死にたい。

死にたくない。

分からない。

止まらない。

近付く。

十字路。

かすかなライト。

やがてく大きく。

振り下ろされる刀のように私の脇腹へ。

急ブレーキ!。

助かったの?。

誰か……。

怖い。

こわれる。

誰か抱いて。

誰か抱き止めて!!。


 白い……。

 真っ白……。

 飛んでる……。


ピタッと時間が止まった。

足がもつれたんだ。

前へ。

まるで飛び込みのようにジャンプして頭から転がって、アスファルトにたたき付けられる。

骨が割れるようなズキンとした痛み。

ゴロンゴロンと巨岩きょがんが不規則に崖に当たって落下していくように地に落ちてくだけた。


「……」

 誰もいない。

 真っ黒な空。

 月明かりに浮かび上がるどす黒い白色はくしょくの夜の雲。

 キーンと耳鳴りだけ。

 あとは音がしない。


止まった。

息してる。

私の意志じゃない。

口に自然と入って来る。

喉がカラカラ。

喉の壁が凍傷とうしょうきそう。

肺が焼ける。

息するたびにキーキー鳴る。

家々が囲んでいる。

何も言わない。

身体が持ち上がらない。

体力が切れたんだ。

今度は凍り付くように冷たい。

私はしばらく死体のように路上に横たわる。

すると、30分ぐらいして脈が正常に動き出した。

息が生温かい。

鼻の下にベトッとこびり付く。

紅茶くさい。

自然と身体が起き上がった。

でも、何考えてるのか分からない。

やっぱり狂いたい。

どうしても狂いたい。

ボロッと溜息を一つ落として、私はやっぱり走って駅へ向かった。


電車に乗っても、血は収まらない。

ユラユラ黙って揺られる。

でも、脈はだんだん激しくなる。

壊したい。

何を?。

分からない。

どんどんどんどん胸の高鳴りは強くなる。

ハアハア言ってる。

膝がガクガクする。

何も聞こえない。

何も目に入らない。

血がのぼって、頭が割れそう。

息が止まった。


「!!!」


ワーッ、と私は正面のガラスを割らんと、大声を張り上げた。

周りがしおのように一気に引いていく。

取り残されて座っている私。

みんな、おびえて私を見ている。

気持ちいい。

ねえ、見て。

ちゃんと見て。

言って。

お前はバカだ、異常者だって。

言って。

じゃないと気が狂う……。

………。

カバンが膝からドカリと落ちた。

音は響かない。

車輪のきしむ音でき消される。

ひろう。

重たさがビビッと肩に走る。

グッと息をむ。

脈の動きが溜息に変わった。

私は、アァ…アァ…と苦く重い、酸欠のように、ただひたすら息を吸って電車に揺られた。

だるい……。

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